謝罪屋

ということで、私は、おどおどしたスーツ姿で、事務所の中に立っていた。

「すみません。遅くなりました」

「あ、大丈夫ですよ。こんなこともあろうかと」

隣の事務の女の人が、そういいながら、声を掛けてくれた。ちなみに彼女は関係者ではない。あくまでも隣の事務所の事務の人だ。

「そうですか。すみません」

私は事務の人の後ろにいた男性の奥さんという人から、声をかけられた。

「私、あのとき、大変な事件に巻き込まれてしまって、自分が分からないんです。どうすればいいのか、助けてもらっても、警察に届けるのが精一杯でして」

関係のない事務所の人の見ず知らずの奥さんからそんなことを言われても、私は当惑するばかりだった。

「本当は、うちの事務所も被害届を書いたんですよ。けど、まだ、警察には届けておりません。だから、あなたのところにも知らせが行ってないんですよ」

事務の人が教えてくれた。

私は彼女に感謝した。すると、事務員さんは、そういえば、こんなことも言っていた。

「それで、おたくの社員さんが、行方不明になって、うちの社員で探しちゃいました」

「本当にすみません」

私は、奥さんに頭を下げられて、驚いた。私はすぐに、

「なんで、あなた?」

と、不思議そうに、尋ねる。

「だって、それって、私みたいな人の身の危険が、一番大きいからでしょ。わかってますか?」

「いや、だから、それは……」

私が言い終わらぬうちに、奥さんは、私の肩に手をのせる。

「もし、わからないなら、わからなくていい。わかってたら、わかってたっていい。あなたが、それを知って、どう思うか知った時、私にどんなに責任をとっても、償えないけど、それは構わない。あなたはあなたであなたの未来に戻ると決めたのだから、構いやしない」

「え?」

私は思わず聞き返しちゃった。そして、彼女は、私の顔をのぞきこみ、私の目を見ながら言った。

「だって、私の身になってみないと、あなた、後悔するから」

彼女が頷くと、私はドギマギしながら、

「そうですか……ありがとう、ございます」

そう挨拶した。

何ということだ!こんな時に。もう少し、言い訳って、どうすればいいんだろうか。

どうして、こんな態度で、あの事務所にいるの。それに、本当に、どうしようもないじゃないか。私だけが悪いのか。もう、あなたも、私も、どっちもどっちの味方だよ!

「ありがとう、ございます」

そう言って、私は、もう一度、深々と頭を下げる。

もう、こんな私を、こんな調子で、仕事をさせるなんて、許せない。本当、どうして、私は!

「すいません!」と私は、事務の女の人に、謝罪する。

「はい、なんでしょう?」

女の人は、そういって、首を傾げた。私は、この事務所に、入った時からずっと、ずっと、あなたを警戒し続けていた。

一体なんなんだ、あなたは。

あなたは、自分が生き生きとしていることが面白くないの?!

あなたは、どこまでも、それが面白くないと思っているっていうの?!

あなたが、奥さんを焚き付けたのね! でも、それでも、あんなのひどすぎるですよ?! そんなのじゃあ、何のために、私がこの事務所にいるのかわからないじゃないの。それに、あなたも、私をあんな所に入れないでほしいです。

そんな、私を仲間外れにしたって。

どうして、そんなことをするんですか。あなた、おかしいですよ! こんな時に。どうしてそうなるのですか。どうしてなの?! どうして!

知らない、知らない! 行方不明の社員なんて。あなたは、奥さんじゃないの?

私は、あの時、あなたを見てから、あの女の人の前には出ないで、出ないで、ってずーっと願ってた。

あなたが出てこなかったら、奥さんが出てくることは、なかった。

私、どうしてあんな所で、ずっこけたの?

そんな顔しないでよ。でも、どうして、こんなタイミングで。こんなことって。

本当にあり得ないです。いったい何なのですか! あなたは! 私がずっとずっと、あなたを睨んでる間に。

私は、あの女の人が、怖い。私、今、どこに隠れているの?!

あの時は、事務所の中も、人が立っていた、だけで、何もなかった。だけども。もし、あの事務所に、ずっと隠れて、何もないように、隠れていたら、あなたたちは、ぐるだった。あの人が言ってたように、本当にその通りだった。

もう、私。どうしたらいいかわからない。あなたが、あなた、じゃないみたいだよ。

きっと、あの事務所に、私以外の人が、知らないうちに入り込んでいて、何かしていたら、間違いない。あの女の人も、本当に、私のことが、嫌いで、恐がっている。それを、私、私も知っているのに。でも、何もしなかった。

「はい。すいません。私、何か、間違ったことをしてしまいましたか?」

女の人は、頭を下げた私の事を、真剣に、じっと見詰めてくる。

本当に、どうして私だけ、こんな風に大事な所が、どうしようもない気持ちでいっぱいになって、ここまで逃げるように、事務所にいるの?

「いえ。それは、とても、ごめんなさい」

私は、もう何度目かの、それだけを言った。

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