第18話:持て余す感情
エルムとシャルルが会議室に着くと、出掛けているフェイとノーマ、その二人を探しに行ったヴァイオレット以外全メンバーが、既に椅子に座していた。
「エルムも来たのか。調子はもういいのか?」
上座に座っているリーンハルトが、部屋へ入って来たエルムに目を丸くする。エルムはフードの下の目を彷徨わせつつ、小さな声で返事を返した。そして、そのまま二人は指定されている席へと座る。
それを皮切りに、会議は始まった。
「……ここに来た者の中で、詳細を知らない者はいないだろうが、まあ一応伝えておく。ヴァイオレットとノーマが共有している共鳴石が割れたそうだ。今日は、フェイさんの外出にノーマが護衛としてついて行った。その際に何か不測の事態があったのだろう」
「ありゃありゃ、敵さんもお馬鹿さんまうねえ。可愛い可愛いあたし達の同胞に手ぇ出しちゃって☆」
パトリシアはくすくすと笑い声を零し、声を弾ませている。その様子に、彼女の目の前に座っているヨキが、ハァと眉間に寄った皺を指で揉む。
「とりあえず、ヴィオが様子を見に行っとる。昨日二人で予定を組み立てたらしいからな」
「あー、なるほど納得。うん、じゃ、この会議は何の会議?」
「決まってるだろ。ヴァイオレットの報告次第では、こちらから『お礼』をしてやらないといけないからな」
「……それは、僕も大賛成かな」
「お、珍しく好戦的なこと言うじゃんか! いーぞいーぞ!」
にかりと歯を見せて笑うレオンは、そのままの勢いで隣に座るシャルルの背をバシバシと叩く。シャルルは、それを苦い顔をして受け入れる。
普段ならば、軽口と共にその輪の中に混じるエルムだが、今日は上手くその中に入ることが出来なかった。それは、仲間のノーマだけではなく、
「……エル、喋らんけど、調子まだ悪いんとちゃうか?」
「っ! だ、大丈夫やもん! へ、平気!」
声を上げて否定するエルムに、ヨキはそれ以上何も言わずに視線をリーンハルトへと向けた。その視線を受け、彼はにやりと片側の口角を上げて笑む。それはそれは、凶悪さを感じさせる笑みだった。
「でリンさん、その『お礼』は誰にやらせるつもりなんや?」
「決まってるだろ。全員で、だ」
リーンハルトが言い切った、ちょうどそのタイミングで、
『割れた石、見つけました』
会議室全体に、平坦なヴァイオレットの声が響く。
「流石、仕事が早いな。ご苦労だった。では、現場の報告を頼む」
『……了解です。割れた石を見つけたのは、予定に入れていた
呆れ半分といった声音で、ヴァイオレットはそう言った。
「戦闘があったのは確かっぽいな、うん」
「そこに居ないってことは、どっかには連れていかれたってことだよね。……うわ、厄介。てか、面倒臭くなってきたなあ」
シャルルの言う通り、現状少々面倒な状況になっている。
情報収集に関して、組織内で一番の腕を持っているのが、今回フェイと共に消えてしまったノーマである。彼女が地図屋の娘であり、加えて前歴が情報屋であったこともあり、彼女が主にそういった役目を請け負っていたのだ。
そんなノーマに頼れない今、現場に残る少ない痕跡だけで二人の行方を追わねばならないのだ。口に皆出さないものの、手間がかかるということは分かりきっている。そして、そこに労力をかければかけるだけ、フェイとノーマの身に危険が迫るだろうとも。
沈んだ空気になる会議室。しかし、それを打ち破るのは管理長たる男、リーンハルトである。
「ヴァイオレット、その状況を見て、お前はどう思うんだ?」
『……そっすね。ノーマが風の靴を使うってことは、相手は魔物か魔術師だと思います。アイツは、人間相手にマギアは使わないんで。それに、石の破片をノーマが持ってる可能性もあると思うんで、石の共鳴をもうちょっと追ってみます』
「分かった。そちらはお前に任せよう。健闘を祈る」
それで
「やったのは、あたし達夜警のことが嫌いな連中かもねぇ。どうするの、リーン?」
「まあ、我々の仕事というのは、同族から恨みを買うような
リーンハルトの指示に異を唱える者はいない。その言葉が終わると共に立ったのは、レオン。
「うっし、じゃ、シャルロ、行くぞ!」
「はいはい。……頼むから、勝手に一人でどっか行くなよ。フェイちゃんとノーマちゃん探さないといけないのに、お前までそこに加わるとか、僕絶対に嫌だから」
「アッハッハッハ! ま、うん、頑張るわ!」
「そこは絶対に大丈夫だ、くらい言ってくれよ……」
レオンとシャルルの二人はそう言い合いながら、会議室から出て行った。次に席を立ったのは、ヨキ。黙ったまま、事の成り行きを見守ることしか出来ていなかったエルムの傍に立ち、彼の目線の先のテーブルをこんこんと叩き、視線を上へと向けさせる。
「ほら、行くで、エル」
「お、おん……」
いつも通り冷静なヨキ。そんな彼に対して、エルムはどこか上擦った声で言葉を返した。
二人もまた会議室から出ようとしたところで、「エルム」とリーンハルトが名を呼んだ。エルムはパッと振り返る。
「フェイとノーマを、必ずここへ連れて帰って来い。管理長命令だ」
夜警として夜の街に赴く際にも掛けられる声だ。落ち着いたバリトン・ボイスが、ざわついていたエルムの心を宥める。
「わか、った」
「気を付けてねぇ、ヨキ、エル」
ヒラヒラと手を振るパトリシア。ヨキは小さく頷き、エルムを連れて部屋から出て行く。
ぱたりと会議室の扉が閉まってから、ヨキはエルムの頭にぽふと手を置いた。
「体調が悪いなら、遠慮せんでええからな。準備が出来たら、玄関ホール集合。ええか?」
「ん、だ、大丈夫」
エルムの答えに、ヨキは「そうか」と短く言葉を返す。そして、そのまま彼は外出する準備をしに、部屋の方へと向かって行った。エルムも少し駆け足になりながら、自室へと戻っていく。
エルムの場合、準備といっても外套のあちこちに付けているナイフホルダーに、ナイフ型マギアを差し込んでいくだけである。普段と同じ数のマギアを仕込み、最後にベッドの傍の枕の下に手を差し込む。そこから出てきたのは、一振りの小型ナイフ。
普段の投げナイフより、一回りサイズが小さいものだ。その持ち手には、エルムの瞳と同じような、緑色の小さな石が嵌め込まれている。
それは、エルムがこの組織に加入したばかりの頃。リーンハルトから贈られた、お守りのナイフ。だが、お守りといっても特に魔術が組み込まれたマギアでは無い。一般に出回っているナイフだ。それでも、エルムにとっては初めてのプレゼントであり、身を守ってくれる大切なお守りに代わりない。
それを胸元に仕込み、エルムは部屋から玄関ホールへと走る。
ヨキは、既に玄関ホールで待っていた。長身を黒い
「ん、出来たんか?」
「おん、で、出来た!」
「それじゃ行こか。恨みつらみが深い奴らに捕まっとったら、何されるか分からんからな」
「おん」
ヨキとエルムは、玄関の扉を開けて外へと出る。そのまま二人は、並んで歩いていく。パッサージュ・ドゥ・ラ・ルミエールの出入り口に差し掛かったところで、ヨキが口を開いた。
「エル、フェイさんの何が気に食わないんや?」
あまりにも直球な言葉に、エルムはびくっと肩を震わせる。あ、う、と単音を零すエルムに、ヨキは淡々と言葉を続けていく。
「あの人は、お前に刺されても怯まずに助けようとしてくれてた。今度はお前が助けたる番やろ? 何が問題なん?」
「……っだ、だっ、だって! ……だってっ、わ、分からん、分からんのやもん!」
強く己の心を主張するエルムの声に、フードの下のヨキの赤眼が丸くなった。
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