第16話:プレゼント
フェイとノーマの二人の外出も、いよいよ最後。二人は雑貨店へ足を運んだ。
ノーマが選んだ雑貨店は、アンティーク調の家具やファッションアイテム、フェイの見たことのない凝った
「ほあ……」
「ヴィエンヌから出たことない人間からすれば、なかなか珍しいデザインの物が多いんですよねぇ、ここの雑貨。フォルティア国からの輸入雑貨が主らしいです」
惚けた声を零したフェイの傍で、ノーマは簡単に店について説明する。フェイはそれを聞きながら、店の中をぐるりと見回した。
物が、多い。あちこちに似通った物が陳列され、どれもこれも同じようなものに見えてしまう。元々、他人に贈り物をするという経験が乏しいフェイにとって、ここは思っていたよりもずっとレベルが高い場所だった。
ちら、とフードの下から、フェイは隣のノーマへ視線を投げる。その視線に気づき、ノーマはこてりと首を傾げた。
「どうしました?」
「え、えと、その……、ノーマさんだったら、どういったものを贈り物として選びますか?」
「へ? エルさんにですか?」
きょとんと目を丸くするノーマに、フェイはこくこくと大きく頷く。
「その……、お恥ずかしながら、あまり友人がいない幼少期を過ごしてましたので、どういったものがプレゼントに相応しいのか、あまり分からないと言いますか」
「へえ。……んー。拙も贈り物が買えるほど裕福な家に生まれてなかったんで、正しいアドバイスは出来ないと思うんですけど……。そーですねえ」
ノーマはそこで言葉を止めて、手近な場所にあった砂時計を手に取った。中に入っている真っ青に染められた砂が、ノーマが手を動かす度に揺れ動いている。ノーマはしばしその動きを眺めてから、パッと橙の瞳をフェイへと向けた。
「これ、ヴィオくんの部屋に置いたらどうかなって、まず考えますね。彼に似合うとか似合わないとか。彼の趣味に合うとか、合わないとか。そうやって選びますかね」
「なるほど……」
ふむふむとフェイは頷く。ノーマはそんな彼の横顔を見て、ことりと商品を棚に置き直して、にぱっと歯を見せて笑いかけた。
「ま、そこまで相手のことを気にしすぎなくてもいいと思いますよ。基本的には、自分があげたいものを見繕うのが一番。相手のことは二番で問題ないです」
「え、でも、贈り物ですから相手のことを考えるのが大切なのでは……?」
「だって、そういう硬い考えで探してたら、いつまで経っても見つからないですもん。ほらほら、閉店まで時間がないですから、急いで急いで!」
「わっ」
ノーマに背を押されつつ、フェイは店の中の物をあれこれと見て回っていく。彼女に助言を求めようとも、意図的に視線を逸らしたり名を呼ぶ声を聞こえないふりをしたりと、あくまでもフェイに選ばせることを重視しているようだった。
閉店の時間も迫っている。おろおろと視線を彷徨わせているフェイだったが、ふと視界にとあるものが飛び込んできた。思わず足を止め、それが置かれている棚へそろそろと近づいていく。
見た目は、シンプルな小瓶。しかし、その中に広がっているのは、アルトロワでは見ることの叶わない植物が作り出している緑の世界。
フェイが動きを止めたのを見て、少し離れた場所から観察していたノーマが近寄り、彼の視線の先にあるものの名を告げる。
「あ、ウォーディアン・ケースですね」
「うおーでぃあん?」
「ウォーディアン・ケース。あるいは、テラリウムとも言います。簡単に言えば、植物栽培用のケースです。そこまで手間暇かけなくても育つことと、アルトロワが植物がほとんど見られない街だからか、上部階層で流行ってるって話を聞いたことがあります。多分、そっから下りてきた物でしょうね」
「へぇ……。こういったもの、初めて見ました……」
フェイは、目の前のウォーディアン・ケースを眺める。
その小さな瓶の中に作られた世界は、フェイが暮らしていたランソンヌ村では見慣れた風景を切り取ったようなものだった。しかし、この緑溢れる世界のことを、きっとエルムは知らないのだろう。
教えてあげたい。見せてあげたい。フェイはそう思った。
フェイは、そっと両手でその小瓶を持ち上げる。
「これ……。私、買って来ます」
「お、センスいいと思いますよ。決まったならほら、レジ急いでー」
「わわわ」
ノーマはフェイの背を押してレジに進み、二人は何とか閉店間際に店の外に出ることが出来た。そのまま二人は、<
「今日は本当にありがとうございます、ノーマさん」
「いえいえ。だから、お礼はいいですって」
ノーマは笑顔を見せたままそう言い、手を軽くゆらゆらと揺らした。フェイもまた小さく笑いながら、二人は並んで歩く。
あと十数分で施設に辿り着く、といったところで、唐突にぴたりとノーマが歩みを止めた。フェイが不思議そうにノーマの様子を見ている中で、彼女は丸眼鏡のブリッジを押し上げて、目の前の薄暗い路地を観察し始めた。ノーマに倣ってフェイも路地を見つめる。
薄汚れた家の壁と壁に挟まれて出来た道。軒先にはランタンが吊られており、時折吹く風でゆらりゆらりと揺れている。どこにでもあるような、そんな道だ。しかし、ノーマは、ぎらぎらと橙色の瞳を輝かせて見つめている。
「ノーマさん、どうしました?」
「んん……。ね、少し遠回りして帰りません? フェイさん、初めてのアルトロワの中部階層のお散歩でしょ?」
ノーマからの唐突な申し出に、フェイは目を丸くする。フェイが返答を返さないのを見て、ノーマはぐいっと強く彼の腕を引いて、踵を返して歩き出す。フェイは彼女に半ば引きずられるような形で、ノーマの後ろを追って歩いて行く。その雰囲気は先程までの穏やかなものではなく、じっとりと纏いつくようなものに変質していた。
「の、のーま、さ」
「……ところで、フェイさん。靴ってリーダーから支給品された、例の靴ですか?」
「え、あ、はい。一応、履いてた方が良いのかなって」
「ふむふむ、なるほど……」
纏う雰囲気が張り詰めているというのに、対する口調はどこか穏やかで。そのちぐはぐさが、いっそう異質な状況を作り出していた。
ノーマはフェイよりも先に前を進み、路地を覗き込んでひとしきり観察してから、別の路地へ行くというのを繰り返し始める。それはつまり、どんどん<
「の、ノーマさん? 帰り道、合ってます、か? 先程進んでいた方向とは少し違うような……」
「おい!」
不安に駆られたフェイの声を遮るように、フェイとノーマに声がかかる。来た道の方を振り返ると、体格の良い男三人が道を塞ぐように立っていた。ノーマはチッと小さく舌を打ち、フェイを背に庇うようにしつつ一歩前に歩み出る。
「……ハァ、随分手の込んだことしてましたね。どこの辺りまで認識阻害のマギアを仕掛けてたんですか?」
「……チッ、魔術殺し持ちかよ」
「当たり前でしょ? 仕事の性質上、いつ襲われてもおかしくないんで?」
へら、とノーマは男達へ笑いかけ、丸眼鏡のブリッジを軽く押し上げた。
魔術殺し。その名の通り、目から作用させる魔術を跳ね返して無効化したり、魔術を観ることの出来る特殊な魔術が組み込まれたマギアのことである。ノーマの掛ける丸眼鏡はまさにそう。視力補助を目的としたものではない。
「ま、お話はいいです。貴方達のご用件は何でしょうか?」
「決まってるだろ、同族殺し。お前らを殺す為だ」
鋭く尖った殺気に、フェイが思わず小さな声で悲鳴を零す。臙脂色のケープコートのフードの下、ノーマの目がすうっと細められる。
「ただ、お前らみたいな末端の魔術師を捕まえても、意味がねえ。だからよ、殺されたくなけりゃあ、お前らのリーダーのところまで案内しろ」
「却下しまーす」
考えることもしない。即答だった。あまりの早さに目を見張る男達に対し、ノーマはにひひっと笑い声を零して、また一歩距離を詰める。
「拙、貴方達みたいな人の指示に従いたくないですし、そもそも魔術師至上主義ではないんで。というわけでー、交渉決裂ですね?」
愛らしくウインクを一つ。その所作をするのと同時に、男三人の目の前にノーマは立っていた。風の靴を行使した、目にも止まらぬ早さの間合いの詰め方。そして、臙脂色のケープコートの下から現れたのは、真黒の革手袋。それを手近に居た男の腹部へ想いきり押し当てた。すると、バチバチッと電撃音が鳴り、男はがくがくと体を震わせて倒れ伏す。
それに残りの二人が驚いている間に、ノーマは右手側の男に足蹴を繰り出した。風の靴で跳躍力を向上させるのと同じ要領で、足の裏から風を噴射させる。それを正面から受けた男の足が、ぼきりと派手な音を立てて折れた。
そこでようやく応戦態勢に入った最後の一人だが、ノーマの猛攻は止まらない。頬に向けて拳を振るう直前で、それに電撃を纏わせて勢いよく殴り飛ばした。
一蹴。圧倒的な力の差を感じさせる戦闘であった。
フェイは目を瞬かせていたが、はっとしてノーマの元へ駆け寄ろうとした時だ。後ろから何者かに抑え込まれる。すぐに反応して身を捩って藻掻くものの、強い力には敵わず。そして、口元にぷしゅっと謎の液体が噴出される。
途端、ぐにゃりと曲がる視界。
遠くなっていく聴覚が聞き取ったのは、荒々しい男の声とノーマの焦った声。
それを最後に、フェイの目の前は真っ暗に染まっていったのだった。
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