第9話:彼は何者か

「おぅ、何? 知らなかったんか、お前」


 レオンの言葉に、フェイはこくんと頷く。レオンは丸くなっている目を更に丸くして、シャルルの方へそれを向けた。


「シャルロ、お前、こいつに説明してないのかよ?」

「するわけないでしょ。生徒になる奴がちょっとヤバいとか、そんなん聞いても先生になりますって言う人いるかあ?」

「まぁ……そうだな〜」

「あ、あの……。別に、エルムさんはそんな、悪い人じゃない、ですよ? きちんと私の問いかけにも応じてくれますし、話もちゃんと聞いてくれる良い人です。バケモノでも何でもない、ですよ?」


 フェイがしどろもどろにエルムのことを弁明する様を、シャルルとレオンは目を瞬かせる。それから、レオンが大きな笑い声を口から零した。その声を聞いて、シャルルは顔色を一気に変えた。


「ちょ、レオ、ここ書庫! ヨキにバレたらまた僕ら叱られるだろが!」

「あ? 大丈夫、大丈夫。さっき書類出しに行った時、ヨキ寝落ちしてたから!」

「あの……、お聞きしてもいいですか? その、エルムさんのこと、……バケモノって」

「ん、あぁ。別にいいけど。そんな大それたもんじゃないぜ? アイツ、化け物みたいに強いってだけの話な」


 レオンは表情一つ変えずに、淡々とフェイに説明していく。


「アイツ、普通の時も勿論強いけど、ぱちんとスイッチが入った瞬間、視界のもの全て敵だと思って殺し回る。敵も味方も何も関係ない。文字通り、全てを屠ろうとする。実際俺もシャルルも、あいつに刺されたことがあるぜ」


 あっけらかんとした調子で言うレオン。フェイは、あまりの衝撃に口を半開きにしたまま、脳で話を噛み砕くことで精一杯であった。


「それでもここを辞めさせられてないのは、やっぱり突出してる戦闘技術の高さを買われてるからだな、うん。魔術師同士での殺し合いにもつれ込んだ場合、エルの技術は俺らにとっての強みになる。まぁ、味方にも向くことがある扱いにくいもんだけど」

「ではその……、決して悪い意味で言われている訳では無いんですね?」

「当たり前だろ? ……あー、言っとくけど、俺は別にアイツのこと嫌いじゃないからな! マギア抜きに、何もかもを喰らい尽くすみたいなアイツの強さは、かっこいいと思うし認めてる。うん。刺されたことも、すぐ治ったから気にしてないし。だから、俺の言う『バケモノ』は良い意味ってことな、うん」

「それなら、まぁ良かったです」


 ほ、とフェイは息を吐き出す共に、そっと胸を撫で下ろす。それからふと湧き上がった疑問をレオンへぶつけた。


「では、どうやってスイッチの入ったエルムさんを止めているんですか?」

「大体は物理だな」


 物理、とフェイは言葉を反芻してから首を捻っていると、シャルルが横から「力技で捩じ伏せるってことね」と口を挟んだ。思っていたよりもずっと手荒な方法に、フェイは目を丸くする。


「え、あ、そうなんですか。ええと、他には……?」

「あー、睡眠弾を撃ち込むとかか? 拳銃を構えた音だけで襲って来るから、一か八かみたいな方法になるけど」

「よくエルと組むパトリシアは、区切りが付くまで野放しで、落ち着いたタイミングを見計らって声を掛けて、ブッ飛んでる意識を呼び戻すって言ってたっけね」

「ど、どの方法もなかなかですね」


 フェイは愛想笑いを浮かべて、うんうんと唸るばかり。どの方法も、万が一エルムの刃の矛先が己の身に向けられた場合の対処法として、フェイが実行することは出来ないであろう。

 つまり、このひと月で何も起こらないことを願うしかない。それしか自分には出来ない、とフェイは強くそう思った。


「……ま、心配すんな。アイツ、案外優しい奴だからそうそう起こらないって、うん」

「そーそー。フェイちゃん、ちょっと心配性なとこあるからなあ。あんま気にしなくても大丈夫だって」


 レオンとシャルルは、フェイに対して口々にそう言う。言葉を掛けられたフェイは、照れ臭そうに頬を掻きながら「ありがとうございます」と口を動かす。そんな彼の様子を見て、レオンはフェイの頭に手を置いて、ぐしゃぐしゃと混ぜるように撫ぜた。その意図が分からないフェイは、きょとんとした顔でレオンを見上げる。


「え、えと、レオンさん?」

「はー……。本当にシャルロの友達なんだよな、お前。類は友を呼ぶって、嘘かもしれんなあ」

「え、えと……?」

「あー、うん、悪い悪い。年下らしい年下を久し振りに感じてるっていうかな、うん。純粋というか素直というか、平たく言えば騙されやすそうよな、お前」


 レオンは腕を組んで、首を上下に動かす。一人納得している様子に、フェイはただただ困惑するばかり。そんなフェイを見かね、シャルルがそっと助け舟を出してやる。


「前にヨキちゃんにも言われたけど、ほんと君ら、僕に対する評価酷くない?」

「当然だろ。と言うか、随分長いことここに居たなー。ほら、店閉まる前に早く行くぞ。お前も要るだろ、煙草」

「僕は、お前と違ってヘビースモーカーじゃないんだけどね……。それじゃ、フェイちゃん。何かあったらいつでも相談してな」


 ぽんぽんと二回。いつの間にかドミニクをトランクにしまい込んだシャルルは、フェイの頭を整えるように撫でてから、レオンの後ろをついて書庫から出て行った。

 一人ぽつんと残されたフェイは、パチパチと目を瞬かせて。それから、ゆっくりと頭を動かしていく。高速回転し始める頭に反比例するように、本の革表紙を撫でる手はのろのろと遅い。


「……うーん。シャルルさんは、別にエルムさんと仲良くしろとは言わなかった。レオンさんもそう。なら、先生と生徒という関係性が上手くいくのであれば、お互いの友好関係はそこまで重視しないということ……? では、シャルルさんがエルムさんのことについて訊いてみろと言った言葉の真意は?」


 革表紙を撫でていた手を顎へ。フェイは緩慢な動きで顎を撫でながら、思考し続ける。深く深く。

 そのタイミングで書庫の出入り口が開き、ひょこっとパトリシアが顔を覗かせる。彼女は考え込むフェイの姿を見るとパッと表情を輝かせ、スタスタと大股で歩きながらフェイの元へとやって来た。


「ここにいたんだねえ、フェイくうん!」


 朗らかに笑いかけるパトリシア。だがしかし、フェイの耳にその声は届いていない。それに気付いたパトリシアが首を傾けた段階で、彼女の背の後ろに立っていた二人が彼女を挟むような形で傍立つ。


「まうむむむ、あれ? フェイくん? フェイく~ん?」

「……パトリシアさん。この人、耳悪いんすか? 全ッ然反応ないすけど」

「いや、この前の顔合わせの時には普っ通に話してたはずなんだけどにゃあ」

「拙としては、話が通じればどういう人でも問題ないけど」


 パトリシアはううんと首を捻り、それからパンッとフェイの目の前で手を叩いた。その音でフェイの意識は急速に浮上し、銀の瞳に光が戻る。目の前の情報を即座に読み込めず、ぱちぱちと瞬きを二回。そして、気の抜けた顔が瞬時に引き締まる。


「す、すみませんっ。む、昔からの癖で考え込むと周りが見えなくなってしまうタイプで、」

「いーよー。気にしてないまう。それよりも、君に伝えたいことがあって来たから」

「伝えたいこと?」


 フェイは首を傾げそうになって、パトリシアの両脇に居る二人のことかと気づき、すぐにその動きを止めた。


「フェイくんもお気づきの通り、この子達の紹介まうね」


 パトリシアはにこっと笑って、両脇の二人の肩にそれぞれ手を置く。そこでフェイはその二人に視線を向けた。

 両者とも、フェイより年下と思しき見目をしている。

 一人は、鳥打キャスケット帽と煤除けゴーグルを頭に乗せた人物。やや気怠げにも見える端正な見目は、少年とも青年とも受け取れるような顔立ちだ。帽子から覗く髪は、ダークブラウン色。目に刺さるのではないかと心配になるほど長い前髪の下からは、澄んだ紫色の瞳がじっとフェイのことを見ている。

 もう一人は、臙脂えんじ色のケープコートを身に纏った人物。肩にかかるほどの長さを持った髪は、灰がかった黒髪という少し珍しい色味だ。そしてその見目は、少女のような柔らかさと少年のような精悍さを併せ持つ中性的な顔。小さな顔に少し不釣り合いな大きめの丸眼鏡の奥の橙の瞳は、興味津々といった雰囲気でフェイのことを見ている。


「……この子達も、ここに所属してる魔術師まう。なんで、紹介するかっていうとぅ、夜警のお仕事がない時に君の護衛を任せるから、まう☆」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る