第20話 アレなゲームの鑑賞会(後編)

「ところで。この中で、裕二君の推しキャラって誰ですか?」


 何とも答えに困る質問だ。

 大体、さっきプレイ始めたばかりだというのに。


「えーとさ、推しキャラ以前に、さっきプレイ始めたばかりなんだ」


 なんでカノジョにこんな事言ってるんだろう。


「ほんとですか?」


 恵ちゃんはなおも疑り深い目線を向けてくる。


「ホントだよ。そんな事嘘つく必要ないでしょ」

「隠さなくてもいいんですよ。スチルをコンプリートしてても」


 いや、スチルって。


「わかった。じゃあ、起動するから」


 といって、『さくらの雲*スカアレットの恋』を起動。

 CG鑑賞モードに移動して、潔白を証明する。


「ほら。まだ序盤なのがわかるでしょ?」


 こういうゲームでは通常、物語が進行するにつれて、色々なCG

 が出てきて、CG鑑賞モードで見られるのだ。


「確かにえっちなCGとかもないですね……」

「あと、セーブデータもだけど、さっき作ったのだけだよ」


 と言って、最新のセーブデータをロードしてみせる。

 何作品か嗜んでいるようだから、説明は不要だろう。


「納得しました。すいません、疑ってしまって」

「いや、いいんだけどね」


 にしても……


「それで、推しキャラが誰か、だっけ?」

「シナリオがまだなら、ビジュアルで。誰ですか?」


 カノジョに推しキャラを聞かれる。非常に困る。

 どうも、メインヒロインは金髪の探偵事務所所長っぽい。

 あとは、ピンク髪のメイドに、黒髪のお嬢様。

 それと、茶色の髪に和服の学生さん、と言ったところか。

 絵柄は全員可愛いっちゃ可愛いけど……。


「君、答えに困る質問してくるね」

「こう、裕二君的には、どの娘にビビっと来るのかなと思いまして」

 

 興味津々な様子のめぐみちゃん。

 彼氏に対してその質問はいかがなものかと。


「うーん、まだ全然キャラ把握出来てないからね……強いていうなら所長?」


 というか、まともに登場してるヒロインがその一人だけなんだけど。


「じゃあ、せっかくなら一緒にプレイしません?」

「……いいんだけど、引かないよね?」

「私も何本かプレイしたことあるから、大丈夫ですよ」

「ほんとに―?」

「さすがに、女の子がひどい目に合わされるようなのはきついですが」

 

 僕もプレイしたことないけど、そういうジャンルのもあるよね。


「ああいうのは、僕も苦手ってか、プレイしたくないし、大丈夫」

「ほっとしました。というわけで、プレイしましょーよ」

「わかった、わかった」


 というわけで、セーブデータをロードしてオートモード。

 何故か、カノジョとエロゲ鑑賞会という羽目になってしまった。


「なんか、この所長ってポンコツなところいいですね!」

「あ、ああ。キャラは立ってるよね。やたら迷推理するところとか」


 まだ最序盤だけど、迷推理+守銭奴ということでキャラは掴めた。


「でも、「ですわ」口調って今だと見かけないですよね。昔は居たんでしょうか」


 彼女が言っているのは、黒髪のお嬢様ヒロインのこと。

 語尾に「ですわ」が付くのが口癖のようだ。


「さあね。男っぽい口調が所長、「ですわ」がお嬢様でわかりやすいけど」

「ゲームの楽しみ方がやっぱり理系というか、理屈っぽいですね」

「ほっといてよ。というか、所長可愛い!とか言ってたら、むしろアレでしょ」

「むしろ、彼氏たる裕二君の性癖を把握したいんですが」


 ヤメテ!


 そして、オートモードで淡々と物語は進む。


「いやー、意外とちゃんと大正時代ものやってるね」

「円の価値とかも納得ですし、当時の政治家の名前とか出てきますもんね」


 うんうん、と二人でうなずき合う。

 この辺り、勉強が出来る者同士、即座に割と本格的だと感じとったのだった。


「こう、所長いいですね。ポンコツだけど、義理に厚いところが、そそります」


 後ろから、弾んだ声で、所長推しを語る恵ちゃん。ん


「君ね。そそるとか。大体、女性だと乙女ゲーやるものじゃないの?」

「もちろん、やりますけど。どっちかというと、男性向けの方が面白いですよ」


 お兄さんとしては色々複雑な気分だ。

 合わない五年以上の間に、そんな趣味を持つようになったとは。


「僕も今の所、一番所長が好感持てるから。お嬢様とメイドはなんかあざといし」


 しかも、シナリオ進行するにつれ、黒い面を表すタイプと見た。


「意外に見方がシビアですね。お嬢様は年下ですし、好みっぽかったですけど」


 主人公に定期的に依頼を持ってくる、裕福な家のお嬢様。

 やたら懐いてくるし、それでいて教養があって可愛らしい。とは思うけど。


「なーんか、腹に一物抱えてそうなんだよね。所長は裏はなさそうだけど」

「じゃあ、メイドさんは?」

「今の所、メイドさんぽい振る舞い以外わからないし。保留で」

「それじゃあ、女学生さんは?」


 茶色の髪の、和服の女学生さんの事だろう。


「この娘は普通に純朴枠ぽくて、いいかも」

「なるほど。裕二君は純朴な娘がお好き、と」


 後ろを振り向くと、何やら恵ちゃんがスマホにメモっていた。


「ねえ、その情報、何に使う気?」

「せっかくですし、デートの時の参考にしようかと」


 しかも、目が割と本気っぽい。


「いやいや、こういうゲームでの好みとは別腹だって。僕は恵ちゃん一筋!」

「な、なんか、そう言われると、ちょっと照れますね……」


 一見するといいシーンなのだけど、背景でエロゲーが進行してるのが難点だ。

 その後は、色々な事件を通して、各ヒロインの人となりや抱えている事情が語られ始める。


「なんか、主人公、異様に頭が切れない?令和の普通の学生なんだよね?」


 どうにも、「現代の知識を使っているからズル」と言いつつ、

 それに収まらない洞察力を備えているような。


「ひょっとして、普通の学生じゃなくて、何か事情持ちかもですよ」

「ああ、そういうのもありがちだよね。そもそも、学生ってのがブラフかも」

「わかります、わかります。なんか、既に伏線張ってある気がしてるんですよ」


 と、シナリオ談義が進む。楽しいけど、カノジョとの夜の一時がこれでいいのか?

 さらに、オートモード進行を続けていくと、なんと、関東大震災が発生。

 主人公も、歴史だとまだ発生していないはずなのに、と動揺気味だ。

 炎に包まれる帝都、明らかになる黒幕っぽいキャラ。

 そして、お嬢様ヒロインの裏の顔(?)

 それらを残して、最初は選択肢も無いままにバッドエンディングとなった。


「あー、並行世界タイプか。そっちに情報わたしてお話が進むと」

「最近ではあまり見なくなった構成ですね」


 と時計を見ると、既に午前0時を過ぎていた。


「そろそろ寝ない?キリがいいところまで進んだし」

「それもそうですね。ところで、今日、お泊りOKですか?」

「来た時にバッグが見えてたからね。もちろん」

「ありがとうございます!」


 というわけで、鑑賞会を終えて、そのままお泊りの流れへ。

 お互いにお風呂に入って、ベッドの横に隣り合う。


「あの。裕二君としては、今日はどんな気分ですか?」


 湯上がりでほんのりと赤らんだ肌に、色気のあるパジャマ。


「ええと。いいの?」


 ちらちらとこちらを見ながらの質問の意図は明白。


「はい。というか、質問の時点で意図、わかりますよね」

「念の為だよ、念の為」

「じゃあ……」


 と言って、そのまま口づけられる。

 ぴちゃ、ぴちゃ、と水音がして、どうにも情欲を掻き立てられる。


「ぷはぁ」

 

 と唇を離した恵ちゃんは、すっかり興奮している模様。


「そのさ、まだ二度目だから。しんどかったら言ってね?」


 別にがっつくつもりはなくて、大事にしたいのだ。


「そう言ってくれる、のも、嬉しいですけど。大丈夫ですよ」

「わかった。それじゃあ……」


 というわけで、行為を色々楽しんでしまった僕たちだった。


「それで、裕二君の推しヒロインは誰なんですか?」


 まだ続いてたの。アレ。


「うーん。やっぱり、所長と、女学生さんかなあ」


 腹に一物抱えてなさそうな点が、安心出来そうだし。


「わかりました。私もこのゲーム買ってプレイしますから」

「いやいや、何を考えてるのさ」

「こう、私は経験ないですし。裕二君の性癖を色々知りたいんですよ」

「ネタじゃなくて、本気だったんだ……」

「だって、友達の体験談とか、裕二君には当てはまらなそうなんですよ」


 ピロートークで何を言ってるのやら。


「いや、僕も普通に男だと思うけど?」

「だってその。今日も優しくしてくれたのは嬉しいですけど、友達に聞くと、もっとがっつかれた、って話が多いですし。その、遠慮してるのかな、とか」


 不安そうな声色で言う恵ちゃん。


「僕にとっても恵ちゃんを大事にしたいだけ。無理強いはしたくないよ」


 そりゃ、受け入れてくれるなら、色々してみたいことはあるけど。


「……そんなところも、昔からなんですね」


 なんだか、やけに優しげに言われてしまった。


「昔、何かしてあげたっけ?」

「教えてあげません!と言いたいところですが」


 なら、思わせぶりにしないで欲しい。


「昔、時々、裕二君が帰らなくちゃなのに、引き止めたことありましたよね」

「ああ。時々あったね」


 家庭教師の時間は、元々特に定めていなかった。

 だから、請われるままに夕食をごちそうになった事も多々あった。


「平日で、翌日も高校あるのに、ワガママに付き合ってくれたこといっぱいあったの、覚えてますよ」


 懐かしげに目を細めて語る恵ちゃん。


「だって、一緒に居たいって思ってくれるのは嬉しかったし。その気持ちは大事にしたかったよ」


 当時から既に大人びていたから、泣いて引き止めるようなことは無かった。

 でも、僕が去る時は寂しそうだったし、高校の成績で困ることもなかったし。


「そういうところが、昔のままだなって思ったんですよ」

「そっか。色々、照れくさいけど、ありがとう」


 こう、妙に甘酸っぱいというかなんというか。


「だから、やっぱり京都に戻ってきてくれて嬉しいです」


 という言葉とともに、チュ、と唇に冷たい感触。


「まあ、僕が戻りたかっただけだから」

「照れ隠しが丸わかりですよ?」

「もう。わかってるなら、それでいいでしょ」


 と話を打ち切って、もう寝ようとしたのだけど。


「それで、推しヒロインの話なんですが」

「まだやるの?」

「たとえば、所長はどの辺りがいいんでしょうか?」


 彼女としては、本気で知りたいらしい。

 割と目がマジである。

 というわけで、推しキャラの良いところを語るという、

 なんとも奇妙なお泊りになった一日であった。


 いや、なんか変な方向に使わないことを祈るばかり。

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