第19話 アレなゲームの鑑賞会(前編)

 さて、六月二日水曜日。とある平日の夜。

 会社から帰って、ご飯を食べて、ゆったりお風呂に入った僕。

 今は、自室でまったりとしている最中。


(でも、こんな姿、めぐみちゃんには見せられないな)


 何故なら、今、僕がプレイしているのはいわゆるエロゲー。

 昨今、衰退久しいエロゲーだけど、大学時代の友人が、


「これ、シナリオゲーで面白いからやってみろよ」


 とわざわざ京都まで宅急便で送りつけて来たのだ。

 まあ、布教が動機とはいえ、ただでプレイ出来るのはありがたい。


(ただ、恵ちゃんが見たら、ドン引きするよね)


 大体、大学時代の友達が布教してくるから悪い。

 悪友の名前は木村彰きむらあきら

 イケメンで、学業成績もよく、腕のいいプログラマーだ。

 気遣いも非常に細かい奴で、彰と一緒に食事に行くと、大概、僕より

 先にメニューを取ってくれたり、水を取りに行ったりしてくれる。

 

 容姿だけでなく、人間的にも優れている彰には当然のように彼女がいる。

 彼女をとても大事にしてるところもいい奴なのだが、一つだけ問題がある。

 エロゲーマニアなのだ。彼女さんも一緒になってプレイしてるらしく、


(彼女さん、我慢して合わせてないかな)


 と友達として心配になるのだけど、一緒に楽しんでいるらしい。

 そんないい奴なのだけど、大学生時代に好みのゲームを布教されてしまった。

 そして、悔しい事にシナリオが良かったので、ハマってしまった。

 世間的には多くの女性が引く趣味なので、自分が嗜む事は隠している。


 ちなみに、彰から送られてきたエロゲーのタイトルは、


『さくらの雲*スカアレットの恋』

(※なお、実在タイトル)


 というもので、友人、曰く「ネタバレ厳禁」だそうだ。

 

(んー、オーソドックスなタイムスリップものにしか見えないけど)


 お話のあらすじはこうだ。令和に生きる主人公が、ある日突然

 大正時代にタイムスリップ。大正時代の帝都で探偵を営む

 英国女性に拾われ、数々の事件に巻き込まれるといった筋書き。


「でも、なかなか、センスのいい始まり方だな」


 桜の木で詩集を読んでいたらタイムスリップなど、なんとも詩的だ。

 出てきた詩も、実在の小説家である梶井基次郎が詠んだもので、

 シナリオの書き手の教養が深いことを感じさせる。


 そして、シナリオ冒頭、ちょうどタイムスリップが起こったところで―


【裕二君。もし、明日の仕事に差し支えなければなんですが、今からそっち行っていいですか?】


 恵ちゃんからのメッセージの通知。

 んー。時計を見ると、まだ午後八時。


(明日は……まあ、午前十一時くらいに出社すればいいか)


 自宅のある千本せんぼん三条さんじょうから、

 今出川沿いの本社まで、自転車で二十分かからない。

 午前二時に寝るとして、十分時間がある。


【いいよ。今夜は二時くらいに寝るつもりだし。好きな時間においで】

【じゃあ、今から行っていいですか?】

【いいよ。場所はもうわかってるよね?】

【はい】


 ということで、彼女が来ること決定。

 そういえば、お泊りかどうかは聞いていないな。

 まあ、彼女の家とも自転車で二十分も離れていない。


(後で聞けばいいや)


 そんな適当な気持ちで、エロゲーのプレイを再開。

 オープニングムービーと曲をなんとなく聞いていると、


 ピロピローン。ピロピローン。インターフォンの音が鳴った。

 というわけで、オートロックの鍵開け操作をした後、部屋に戻った僕。

 

(考えてみると、これ、隠しとかないとまずいな)


 ゲームのショートカットは、インストールしたばかりなのでデスクトップ。

 ショートカットを奥まったところに移動すればいいか。

 というわけで、サクっと「C:\temp」にショートカットを移動。

 彼女は、勝手に人のPCを弄くり回す子じゃないし、大丈夫だろう。


 と操作を終えたところ、今度はピーンポーン、ピーンポーン。

 エントランスでなく、玄関前のインターフォンの音だ。


「はいはい、ただいま」


 と言いつつ、スリッパでパタパタと玄関に急ぐ。


「お邪魔しまーす。裕二君」


 なんか、少し大きめのバッグを抱えた恵ちゃん。

 あ、これはお泊りする気だ、と直感したけど、まあいいか。


「とにかく、入って、入って」


 ということで、ベッドの縁にちょこんと座る恵ちゃん。


「それって、Visual Studio Codeですよね」


 画面に展開しているアプリを指して、一言。


「ああ、うん。よく知ってるね」


 Visual Studio Codeは、Microsoft社がリリースしているエディタ。

 プラグインが非常に豊富でOSSでもあるので、人気がある。


「プログラムを作るのには、やはりエディタが必要ということでしたから、自分なりにお勧めのエディタ探してたら、これがいいってよくヒットしたんですよね」

「まあ、今からプログラミング始めるなら、一番無難かもね」


 基本的には人それぞれでいいけど、情報が豊富なエディタの方が初心者にはいい。


「画面に表示されてる、Rubyプログラム?でしょうか。何書いてるんですか?」

「うーん。一言で言うと、自分専用のプログラムなんだけど……」


 どう説明したものか、と少し考えて。


「たとえばさ、ゲームの発売日予定とか、そういうの見られるページあるよね」

「ええ。そこまでゲームプレイするわけじゃないですが、なんとなくは」


 そうなのか。昔は、もっとゲームをしていた気がしたのだけど。


「で、ブラウザを毎回開くの面倒くさいんだよね」

「そういうものですか?」

「プログラマって基本めんどくさがりだからさ。だから、自動でそういうページ巡回して、毎月の月末に、次の月発売予定のゲームを、メールで一括通知してくれるようなのを組んでみたんだ」

「それって凄いんじゃ?」

「ちょっと出来るプログラマなら、作業を便利にするプログラムは書いてるから」

「そうなんでしょうか?やっぱり、凄いと思いますよ!」


 恵ちゃんの賛辞の言葉にお世辞が混じっていないのがわかるので照れる。

 

「ま、まあ。一応、そこそこは、出来る方、なのかも、ね?」


 職業柄、似た褒め言葉を頂くことは珍しくないけど、彼女からのだと別格だ。

 つい、照れくさくなってしまう。


「なんか、裕二君、こういう方向の褒め言葉に弱いんですね。意外でした」


 と早くも、見抜かれてしまったらしい。


「まあ、好きにからかってよ」

「そういうところも、可愛らしくていいです」


 気がついたら、背中からぎゅっと抱きしめられていた。

 僕は作業椅子に座ったままで、首元に温かさを感じる。


「ちょ、ちょっと。照れるんだけど」

「っ。こういうところに照れるの、萌えます」


 萌える?今どきの女子大生は普通に使うんだろうか。

 僕ですら、言うことは滅多にないんだけど。


「ところで、他にどういうアプリ使ってるんですか?」

「んー。そうだね……」


 と、スタートメニューを開いて、説明しようとした。

 のだけど、さっきのゲームのアイコンがモロに出ている。

 ああ、しまった。デスクトップから消して良しとしてしまった。

 考えてみれば、スタートメニューからも消しておくべきだった。


「あの、このアイコンですけど、なんか可愛い女の子っぽい、ですよね」

「あ、ああ。うん。えーと、ベンチマークソフトで、最近、萌え系っていうの?そいういう、女の子のアイコンの奴増えててね」


 これ自体は事実だ。ディスクベンチマークでもそういうのがある。

 しかし、僕はといえば冷や汗だらだらだ。


「『さくらの雲*スカアレットの恋』って、ベンチマークソフトあるんですか?」


 疑問というより、もはや追い詰めるつもりにしか思えない。


「ねえ、ひょっとして、既にわかってない?」


 後ろから抱きしめられているから、表情はわからない。

 しかし、この言い様は既に確信しているようだった。


「あの、えーとですね。実は、大変言いにくい話なんですけど」

「うん」

「女友達で、何故か男性向けエロゲー大好きな子が居るんですよ。私自身は偏見ある方じゃないんですけど、その子から前に聞いたタイトルだなーと思いまして」


 ああ、つまり、完全にバレていると。


「いや、ごめん。実のところ、大学時代の友達から、布教用に送られて来たんだ」

「ああ、やっぱり。なーんか、そういう匂いがしたんですよ」

「それは、やっぱりそのお友達のせいで?」

「私も、趣味って程じゃないですけど、布教用に何本か押し付けられましたし。一応、何本かはやってたりします」


 それは、喜んで良いのか、悲しんでいいのか。


「じゃあ、その様子だったら、引かれなさそうだし言うけどさ。別にマニアって程じゃないけど、僕も、普通に嗜む方」

「別に隠さなくても、そんなことで軽蔑したりしませんよ」

「理解のある彼女で助かるよ」


 何はともあれ、別に今、この時間にプレイする必要はない。

 彼女とイチャイチャする方が大事。そう思っていたのだけど―


「ところで。この中で、裕二君の推しキャラって誰ですか?」


 なんだか、とても楽しそうな、小悪魔めいた笑み。


「え?」


 スマホで開いたWebページを見せて、なんとも答えに困る質問をされてしまった。


◇◇◇◇後編に続く◇◇◇◇

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