第10話 積極的な彼女

 鴨川でほのぼのとデートしたその直後の事。


「なんか、すっかりよく寝ちゃったね」

「私もついでに寝ちゃって、ちょっと恥ずかしいです」


 西に沈む夕日を眺めながら、さて、どうしようかな、と考えていた。

 東京に居た五年以上の日々。

 僕はめぐみちゃんの事はたまに思い出すくらいだった。

 一方、彼女は健気にもずっと僕の事を想っていてくれた。

 そんな彼女にどう向き合おうかと。


 いや、そんな小難しい話じゃなくて、「この後も一緒に居たい」

 というべきか悩んでいるのだ。先週彼女を泊めた時は、

 再告白の勢いというのもあった。

 ただ、今日は普通にほのぼのデートをした帰り。


(明日は日曜日だし、別に、いいんじゃ)


 とも思うけど、


(恵ちゃんも友達との予定があるよね)


 とも思う。

 なんせ、再会して日が浅い。

 その間の交友関係についてはまだまだ知らないことばかりだ。

 こういう時に迷うのは、やはり経験値がない証拠だ。


 でも、そのくらいで悩むのも変か。予定があれば断ってくれるだろうし。


「あのさ、恵ちゃん。この後の予定だけど……」

「ひゃ、ひゃい!?」


 夕日を眺めてた恵ちゃんが慌てて振り返る。

 あわあわしてて、色々可愛いというか、女子大生らしくないというか。


「も、もしよければだけど。今日はその……」


 と切り出そうと、家のある方角を見ていると。


「え、ええと。もしかして、その、お誘い、だったり……?」


 顔をうつむけて、何やら、ぼそぼそとしゃべる彼女。

 お誘い、といえば、お誘い、だよなあ。


「うん。泊まっていかない?」

「は、はい。色々、ぎこちないかと思いますが、よろしく、お願いします。ただ、どうせ裕二ゆうじ君の家は近いですし。せっかくなら、ああいうホテルよりも、ゆったりとした気分で寛ぎたいと言いますか……」


 んん?ああいうホテル?と彼女の視線の先を追うと、いかにもなホテル。

 外装が和風なのは、京都らしいけど。つまり、そういう話か。

 先週お泊りの時もそうだけど、なんで、もらわれる気満々なの?

 僕としては、その辺りはもうちょっとゆっくりでいいというか。

 いや、社会人数年目なのに、この考え方が変なのか?


「ええとね。誤解を正しておくと、僕の家にって話ね?それと、そういうことは……もうちょっと待って欲しい」


 なんで、男の僕がこんな腰の引けた返事をしているんだろう。

 言ってて、情けなくなって来た。


「そういう話でしたか。でも、私の方も勇気出して言ってるんですから。据え膳食わぬはなんとやらともいいますし……」


 勇気を出して応えたのに、不発だったのが、彼女としては不満らしい。

 口をへの字にして微妙に不機嫌そうだ。


「もちろん、いずれは、って思ってるよ。ただ……」


 すぐにいい言葉が思い浮かばない。

 ブランクが、とか。もうちょっと空白期間の隙間を埋めてからとか。

 と考えていて、ようやく気付いた。考えてみると、僕の歳になると、

 恋人の先にあるもの、つまり結婚を明確に意識し始める年齢だ。

 特に、肉体関係を持つということは、彼女が妊娠するリスクだってある。

 コンドームだって、避妊率100%ではないらしいし、ピルは女性にとって副作用が大きく、そもそもたやすく避妊のために使うものでもないらしい。


「ただ?」


 返事を待つように、じっと見つめてくる。


「正直に言うね。僕ももう二十代半ば近く。やっぱり、肉体関係云々になると、結婚の話をどうしても意識しちゃうんだ。同僚でも、出来ちゃった結婚した女性がいるしね」

「そういう話も時々聞きますね」

「もちろん、既にお付き合いしてる以上、今でも、そういう事は当然考えるし、覚悟もあるつもり。ただ、勢いのままに……ていうのは、なんか違う気がして」

「そういうところ、妙にロマンチストですよね。そんなもの、感情の赴くままでいいと思いますけど。あ、私も、中学生や高校生じゃあるまいし、お付き合いの先にあるものについては、考えることはありますよ」

「君ならそうだと思った。あと、ぶっちゃけた話なんだけど。色々、が出来てない」


 その言葉に、なんだかムードが急に盛り下がった気がした。


「あのですね。裕二君が、そうなのはいいところでもありますけど。そういうのは、少し興ざめしてしまうので、抑えてもらえると……」


 とても微妙な目線で見られている。しまった。

 確かに、予習してないとか、わざわざ言うことじゃないよね。


「ごめんごめん。次に僕からデートに誘う時は……てことで、どう?」

「だから、そういうのは、その時のムードで……と言っても仕方がないですね」


 はあ、と諦めたように恵ちゃんが息を吐く。


「じゃあ、次はちゃんとお待ちしてますから。でも、考えてみると、初めてってそういうものなのかもしれませんね」


 言ってて、何か可笑しいのだろうか。笑い始めた。


「どうなんだろ。ただ、恵ちゃんの度胸が決まり過ぎてる、とは思うけどね」

「それはもう。五年以上想い続けたわけですから」


 にしても、覚悟決まり過ぎだと思うけど。


「じゃ、行きましょうか、裕二君」


 ようやく機嫌が直ったのか、腕を組んでくる恵ちゃん。


「なんか、君に主導権握られっぱなしな気がするよ」

「そんなことないですよー」

「いいや、そうだね」


 などと言いあいながら、家路についたのだった。


 しかし、そういえば、うちの両親には、言ってなかったな。

 

(ま、その内、連絡しておくか)

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