第6話 お世話になった人へのご報告
我ながらどうかと思う初デートの翌日の事。
僕たちは、「なつかし焼き」を訪れていた。
「まさか、
店主の
五年以上経っているけど、相変わらず元気な人だ。
ちなみに、今日は貸し切り状態……といっても、元々五席しかないけど。
「僕も本当、予想外でしたよ。ずっと、連絡取ってませんでしたから」
「それは、裕二君が連絡取ってくれれば良かったんですよ」
少し、ムスッとしている。
「だから、それはごめんって」
「もう許してますけど」
ここのカウンターに二人で座って、秀子さんと話すのも懐かしい。
「はい。なつかし焼き(大)二つな。今日はサービス」
「さすが、太っ腹ですね。昔も、たまにサービスしてくれましたけど」
なつかし焼きは、小が通常サイズで一つ百円。
お好み焼きというより、クレープに近い薄さだ。
大は、お好み焼きっぽい、厚い皮にたっぷりの豚肉にキャベツ。
二人そろって、はふはふと食べる。うーん。
「やっぱり、出汁が効いていて、美味しいですね」
「出汁が秘訣だからねー」
「うん。美味しい、です」
ちびちびと食べる恵ちゃんはやっぱりお上品だ。
「で、二人の交際はどうなってるの?」
「まだ始まったばかりですよ。ね」
「そうですね。でも、男女交際も楽しいです」
秀子さんを前にした恵ちゃんは、少し幼い感じがする。気の所為だろうか。
「とにかく、二人とも、おめでとう。沢木さんも肩の荷が下りただろうねえ」
しみじみと祝福してくれる秀子さんだけど、少しバツが悪い。
本気の交際とはいえ、お母さんを安心させたい恵ちゃんの要望もあったのだし。
「ま、まあ。そうですね。僕なら安心だそうですよ」
「そうかねえ。裕二君は色々頼りないから。恵ちゃん。しっかり守ってやりな?」
僕がすっかり頼りない前提だ。まあ、初デートがアレだったしね。
「はい。ちゃんと守りますから」
「男としては、僕は恵ちゃんを守りたいと思ってるよ」
男としてはそれくらいの見栄は張りたい。
「ふーん。ま、定期的に報告しに来なさいな。喧嘩した時もな」
「喧嘩は出来るだけしたくないですけど。はい」
秀子さんには、高校時代お世話になったから、頭が上がらない。
ふと、横を見ると、冷蔵されたラムネの瓶。まだあったのか。
「秀子さん、ラムネ、二ついいですか?」
「じゃあ、そっちもサービスで。好きにとってな」
昔のように、ラムネ瓶を二つ取り出して、片方を恵ちゃんに手渡す。
ポンとビー玉を落として、軽くラムネを口に含む。
「懐かしい味です。高校時代は、夏だけでしたよね」
「こういうのは、今はもう少なくなって来たからなあ。季節問わず、懐かしい気分に浸りたい人からの需要があるんよ」
そういうものか。
「私は、今もちょくちょく、ここで飲んでますけどね」
「恵ちゃんは、今も、ここの常連さんだからねー」
「へー、そうだったんだ。道理で」
なんとなく納得していると、ふと、肩を叩かれた。
「どうしたの?恵ちゃん」
「はい。あーん」
なつかし焼きを一切れ取って、差し出してくる。
見ると、恵ちゃんも恥ずかしいらしく、ぷるぷる震えている。
きっと、「恋人らしいこと」にずっと憧れがあったんだろうなあ。
「うん。美味しい」
パクリと彼女の箸から、一口。
「もう。そこは、私から、「美味しい?」って聞くところだったんですけど」
様式美を壊されたせいか、恵ちゃんはご機嫌斜め……に見せて、楽しそうだ。
こういう所は、大学生というより、高校生、あるいは中学生にすら見える。
「二人とも、もう、すっかりアツアツなことで」
しまった。秀子さんの目があることをすっかり忘れていた。
その後も、ひとしきり三人で談笑して店を出た僕たち。
「おばさんに、報告できて良かったです」
「そうだね。お世話になった人だから」
恵ちゃんの気持ちは、とてもよくわかる気がした。
なんと言っても、小六の頃からお世話になった人だ。
第二の育ての親のようなものなんだろう。
「ところで、
元々、「なつかし焼き」は北野天満宮に観光に来たお客さん向けの商売として始まったらしい。だから、すぐ側に立地しているのだ。
「いいですね。まだ、いい感じで桜が咲いてそうですし」
手をつないで、のんびりと歩き出す僕たち。
まだ、キスすらしていないのに、彼女と居ると、安心感がある。
(なんでなんだろう)
そんな事を少し考えたのだった。
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