第5話 初めてのデート

 めぐみちゃんと再会した、三月二十七日の土曜日から一週間たった今日。

 僕は、四条烏丸しじょうからすまで、一人、突っ立っていた。


 ちなみに、京都市内、特に中心部は碁盤の目状に通りが走っているのが特徴だ。

 四条通りは東西を通る大通りの一つで、烏丸通りは南北を通る大通りの一つ。

 この東西と南北の通り名を組み合わせて、交差点を四条烏丸等と呼ぶ。

 方向音痴でも迷わない、親切設計の都市だ。


「しかし、僕の服、ほんとアレだったんだなあ」


 結局、「初デートまでに服買いに行きましょう!」という恵ちゃんの言葉に押されて、僕たちは、市内のユニクロで一式上下の服に靴などを揃えた。


「偏見だけど、ユニクロはそれはそれでダサいイメージあるけど、どうなの?」


 と聞いてみたところ、


「全然そんなことないですよ。なんでも組み合わせ次第ですよ」


 とのお言葉。ともあれ、彼女に全部服を選んでもらうというのは、彼氏としてとても情けなさを感じるのだけど、デートするときに、恥ずかしくないのがわかっているのはそれはそれで気が楽だ。


裕二ゆうじ君、お待たせしました!」


 先週より暖かくなったからか、より春らしい装いだ。

 花柄のブラウスに、ネイビーブルーの膝まであるスカート。

 

「いえいえ。それより、服、似合ってるよ。恵ちゃん」

「それは良かったです。少し、不安でしたから」


 はにかむ恵ちゃんが可愛い。


「あれだけ自信ありげに、僕の服選んでたのに?」

「だって、今の裕二君の好みの服とかわかりませんし。あれこれ悩んだんですよ?」

「そっか、僕のためにありがとね」


 と、つい、また、髪を撫でてしまう。

 しかし、恵ちゃんはと言えば、目を細めて撫でられるまま。ほやーっとしてる。


「……っと、恥ずかしいですよ」

「ごめん、ごめん」


 我に返ったのか、慌てて手を払いのけられる。


「人前だと、恥ずかしいですから」


 え?そういう意図?


「じゃあ、人前じゃなければいいの?」

「昔、撫でてもらった記憶ありますし。嫌じゃないです」

「そっか」


 今の僕と彼女の関係は恋人だけど、大きな大きなブランクがある。

 そう思っていた。でも、変わらないものもあるんだな。


「さ、行きましょうか」


 と、早速、腕を組んで来る恵ちゃん。

 妹のように思っていた子にこうされるのは、とても、嬉しい。

 嬉しいのだけど、とてもこそばゆい。それに、二の腕が……。


「……どうしたんですか?」


 僕が、少し挙動不審なのに気がついたんだろうか。

 不思議そうに見上げてくる。


「いや、恵ちゃんも、大人の女性なんだな、って思っただけ」

「そうですよ。もう、大人の女性ですよ。でも、裕二君は裕二君でいいですから」

「ブランクなんか気にするなって?」

「そういうことです。それに、あの頃のままで居てくれて嬉しかったですから」


 こう、心憎い事を言ってくれる。しかし、あの頃か。


「僕も、少しは成長したと思うんだけどね」


 さすがに、大学生活、それに社会人生活を送れば色々学んだ事もある。


「それは当然です。でも、根っこは変わっていないって、そう思います」


 大きな瞳で、真っ直ぐに見据えられる。

 確かに、学んだのは社会で行きていくための処世術であって。

 その皮を一枚剥がせば、僕は今でも、あんまり変わっていないのかも。


「そうだね。そうなのかも」

「だから、自然体で、のんびり過ごしたいです」


 自然体で、か。確かに、ちょっと堅くなっていたかも。


「じゃあ、自然体ってことで、早速提案。寺町てらまちのPCショップに行きたいんだけど」

「初デート……と言いたいですけど、裕二君らしいですし。付き合いますよ」


 僕が言った寺町は、今居る烏丸四条から、東に十数分行ったところにある、小電気街とでも言うべき場所だ。PCパーツショップなどがあるのだ。


 というわけで、寺町の某PCパーツショップにて。


「何か探しているパーツでもあるんですか?」

「CPU……は、確か、わかるよね」

「昔、裕二君に教わりましたね。パソコン用だと、IntelとAMDでしたっけ」

「スマホ用だと、もっと色々あるけど。そこを抑えてるとは」

「興味を持ったら何でも調べる性質ですから」

「そうだったね。CPUをAMDの第三世代Ryzen 7っていうのに替えようと思って」

「以前は何使ってたんですか?」

「IntelのCore i5。Haswell世代って言って通じる?」

「それは確かに替えたくなりますね」


 通じちゃうのか。この子、実は自作PC趣味も持っているのでは。


「でも、それだと、マザーボードも取り替えないといけないですよね」

「そうなんだよね。だから、一式買って、自宅に送ってもらおうかなって」

「じゃあ、せっかくなら、ケースからオシャレなのにしましょうよ♪」


 最近のPCパーツは光ったり、ケースもMacに似せたりと、色々凝っている。


「じゃあ、見せる用に、色々買おうか」


 というわけで、結局、ほとんど一から組み立て直すくらい部品を買って、自宅に配送してもらうことになった。


「って、なんかごめんね。初デートなのに」

「私もケース見たり、光るパーツ見たりして楽しかったから、大丈夫ですよ」

「そっか」

「でも、ちょっと疲れましたね。喫茶店で休憩しませんか?」

「それもいいね。手近なところに入っちゃおう」


 というわけで、パーツショップを出て、比較的近くにある喫茶店へGO。


 二人で紅茶を注文して、向かい合わせになる。


「なんか、いいですね、こういうの」


 頬杖をついて、ニコニコ顔の恵ちゃん。


「PCパーツショップデートが?」

「そうじゃなくて、こうして二人で向かい合ってるのが、です」

「僕も、恵ちゃんみたいな可愛い子とこうしてて、嬉しいよ」

「も、もう。褒め言葉は本当、躊躇しないんですから」

「だって、実際、そうだから」

「とにかく!」


 照れたのか、強引に話を打ち切られた。


「喫茶店で、こういう雰囲気。憧れだったんです」

「恵ちゃんならいくらでも機会あったんじゃないの?」

「どうにも、私自身がそうなりたいと思える人が居なかったんですよ」

「お眼鏡にかなったようで、光栄の至り」


 少しの間、お互いの間に沈黙が満ちる。


「なんだか、うまく行きそうだね。僕たち」

「だから、言ったでしょう?」


 こうして、初デートは、不思議と落ち着いた雰囲気で。

 ほのぼのとした雰囲気で過ぎていったのだった。

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