第2話

次の日の日曜日。

来てねと言われて行くのは、どうぞ信者にしてやってくださいと、お願いしにいくようなものである。

ましてや、昨夜の今日である。

これで行ったならば、後戻りできないだろうことは、誰だって想像できる。

なのであるが、僕は京阪電車に乗っていた。

昨夜の会話が楽しかったということもあるのだけれど、もう1度管長と話がしてみたかったのである。

昨夜は聞き忘れたが、あの団体の教義とはどういうものなのだろうと思ったからだ。

ご本尊様は、オケケ様と解った。

到底信じがたい話ではあるのだけれど、その真贋は置いておこう。

でも、昨夜に管長は教義などないと言っていた。

信じるだけだと。

それが本当なら、どうやって救われるというのだ。

あそこに集まっていた人たちは、何らかの救いを求めにやってきている筈である。

まさか、お母さんのお茶とお菓子が目的ということはないだろうしね。

それでも集まるというのは、何か教義というか、理屈が存在するからだと考えられる。

そこのところを知りたいという気持ちが、どこか頭の隅っこを、イタズラな僕の好奇心がコチョコチョとくすぐるのである。

少しばかり覗いてみるか。

そう思った。


そう思ったのは間違いないのだけれど、それを行動に移すというまでには決心が出来ていない。

なら、何故に京阪電車に乗っているかというと、そしてお寺のような道場に向かっているかというと、とりあえず、前まで行ってみよう、前まで行って、入るか引き返すか考えようと言う算段なのであります。

以前の僕なら、こういう場合、迷って、迷って、そして結局、止めたという場合がほとんどだった。

迷っている間に時間が過ぎてしまってタイムアップ。

時期を逸してしまう。

そして、何も為さなかったことによる安心感と、何も出来なかったことによる自己嫌悪に、何かの理由をつけて自分自身を納得させようと試みる。

そんな無駄な行為を続けてきた。

つまりは同じ場所に突っ立ったまま、1歩たりとも動いてはいない。

始まりから終わりまで頭の中で終わっている。

そんな自分が嫌で、編み出したのが、とりあえずは、その門まで行ってみようという作戦である。

物理的に動く分、何か行動を起こしているように錯覚することができる。

とはいうものの、その門を叩くことは、やっぱりしない場合がほとんどだ。

でも、それには門まで行ったという立派な理由があるわけで、自分自身も納得するのに便利なのである。

そして、今は京阪電車のシートに座って物理的に移動している真っ最中なのである。

入る必要を感じなければ入らなくていい。

そんな心のガードを作る作業をしいていると、本町のビルについた。

僕はこの入り口を入るのか入らないのか。


そう思っていると、背中をドンと叩かれた。

「昨日のお兄ちゃんやないの。今日も怜ちゃん目当てか。」

昨夜のシマウマ柄のおばちゃんだ。

「いや、たまたま近くまで来ただけなんです。」

「さよか。まあ、お入り。」

道場に入ると、すでに10人ぐらいの信者さんが集まっている。

「あ、昨日のお兄ちゃん。やっぱり来てくれたんや。」

今日は、勤行といわれるものと、簡単な法話があるという。

勤行というのは、昨夜の「ナーム、オーケーケー、ブーツ。」の事だろう。

どうも、あれは意味が分からない。

唱えて、どうなるというのだ。

怜ちゃんは、パイプ椅子を広げたり、いろいろ信者さんの相手をしている。

結構、いい子なんだな。

家族思いなのかな、そんな想像をしながら眺めていた。

「それじゃ、みなさーん。そろそろ勤行を始めまーす。」

怜ちゃんが元気よく言った。

すると、みんな姿勢を正して静かになる。

こんな小さな集まりでも、何か神聖なものに対する畏敬の念と、管長に対する尊敬の念のようなものを、みんなが感じているようである。

オケケ様なんだけどね、本尊が。

神聖な下の毛。


静かになると、すぐに奥のドアが開いて、管長の入場である。

Gパンに白のカッターシャツは昨夜と同じスタイルだ。

大げさな衣装で登場しないのが、また親近感を呼ぶのだろうか。

正面の祭壇には、

20センチほどの小さな茶筒のようなもの

が置いてあって、そこにスポットが当たるようになっている。

ステンレス製と思われるその物体には、ご本尊のオケケ様が入っているのだろう。

「それでは、始めます。」

管長が言うと、一斉に念仏ならぬオケケ様を唱えだした。

「ナーム、オーケーケー、ブーツ。」

「ナーム、オーケーケー、ブーツ。」

シマウマ柄を見ると、彼女もまた真剣に唱えている。

斜め後ろからシマウマ柄の唇が、オーケーケーと動くのを見ていると、笑い出しそうになった。

これは、居場所に困る。

僕は信者じゃないから、オケケ様を唱えるつもりはない。

でも、この場は唱えなきゃいけない雰囲気だ。

どうしたものかと呆然と座っていると、管長が言った。

「はい。みなさん、お疲れさま。」

あれ、もう終わりなのですか。

まだ、10回ぐらいしか唱えていない。

これでいいのだろうか。

わずか10回程度、オケケ様を唱えただけで、何か御利益があるのだろうか。

前を見ると、管長が続ける。

「さて、勤行会も無事終わりましたね。これからは、少しお話をさせていただきます。」

なるほど、法話というものなんだな。

そうでなきゃね、あまりにも簡単すぎる。

「さて、みなさん。昨夜はオケケ様『陰の会』に参加されて、ご苦労さまでした。

来世は昨夜の功徳で精力絶倫でモテモテの人に生まれ変わること間違いがないですよ。

それで、今日はオケケ様『陽の会』ですね。

一所懸命に唱えて、来世はお金持ちになりましょう。」

陰の会と陽の会って何なんだ。

モテモテの人生やお金持ちの人生が功徳とは現実的な利益である。

とはいうものの、来世でというのは、どうもこころもとない。

現実的なのかどうなのか、不明である。

でも、一応はこのお寺と言うか道場のご利益が解った。

ここにいる皆は、来世のモテモテとお金持ちを夢見て集まってるということだ。


白シャツの管長は、今日の法話を続けた。

「今日のお題は、モテモテということについてお話しましょう。みなさんはモテモテになりたいですか。そう、みんなモテモテになりたいよね。でも、ほとんどの人がモテモテじゃない。そう、ごく1部の人たちだけが、モテモテなのです。

羨ましいよね。

でも、簡単にモテる方法があるんですよ。

男性はね、スキのない人は苦手な存在なんです。

だから、声を掛けやすい人になればいいんです。

そのキーワードを教えましょう。」

皆熱心に聞いている。

「それはね、女性も、そして男性もですよ。相手にスキを見せたり、バカだと思わせることなんです。

じゃ、キーワードを言いますよ。

女性のキーワードはね、『うち、あほやから。』というんです。

そう切なさそうにね。

男性は、『それが夢なんだ。』っていって、子供の心を持っている人を演出してください。

はい、それじゃ練習しましょう。

みんなでね、『うち、あほやから。』。はい、みんなで。」

「うち、あほやから。」

みんな声を合わせて言った。

「うん、なかなかいいよ。でも、もっと切なくね。ポイントは鼻から息を抜いてね。

もっと、あほな感じを出さなきゃだめだよ。はい、みんなで。」

「ふーん、うち」

「はい、もっと鼻声で。」

「ふーん、あほやから。」

「いいね、いいよ。これでモテモテだよ。それは僕が100%保証する。」

「じゃ、今度は男性ね。このキーワードの前に自分の夢を付けるんだ。そんでもって、それは大きければ大きいほど子供っぽさが出て相手の母性本能をくすぐるからね。そうだな、今日は、例としてアメリカの大統領を夢にしてキーワードを練習してみよう。『僕はアメリカの大統領になる。それが夢なんだ。』はい。」

やや恥ずかしそうに数名の男性の声が聞えた。

「僕は、アメリカの大統領になる。それが夢なんだ。」

「いいね、これで母性本能バッチリです。」

僕はその法話中、笑いをこらえるのに必死だった。

大真面目に話してるんだものね。


「じゃ、あとは実践あるのみ。このキーワードと陰の会の参加で、きっとモテモテ人生を歩むことができますよ。それでは、今日の法話はこれで終わりにします。」

あれ、法話もこれだけなの。

信者さんは、何かスッキリした顔で、勤行が終った。

こんな笑える話でも、この人たちにとっては有難い話なのかもしれない。

それにしても白シャツ管長も、よくこんな話を真面目に話すことができるものだね。

信者さんは、それぞれ近くの人と雑談をしている。

或いは、この雑談が楽しいのかもしれない。

白シャツ管長も、信者さんと楽しそうに会話をしている。

そして、僕に気が付いて近寄ってきた。


「よ、今日も怜ちゃんに会いに来たんか。」

「いや、まあ。それに、管長に聞いてみたいこともあったから。」

「そうなんや。ほんで聞いてみたいというのは、どういうことなの。」

「いや、この教団の教義って何かなって、単純に思ったから。御本尊はオケケ様と聞いたけれど、それを拝んでどうなるんですか。」

「なるほどな。そういう疑問も当然やわな。」

白シャツ管長は、右手を頭の上に乗っけて、考えるようなそぶりで僕を見る。

「そうやな、今の段階の教義はというと、この御本尊のオケケ様を拝むことかな。それで、来世でモテモテな金持ちになるちゅーことや。今はそれだけなんや。」

「オケケ様を拝むだけって。それで何で救われるんですか。それも現世で救われるんじゃなくて、来世でなんて。」

「普通の人にはね、拝む対象物が必要なんや。それがオケケ様ということや。そして、そのオケケ様の波動にシンクロすることで、そのシンクロした対象物の波動を自分に取り入れられるということなんや。この場合は、オケケ様はブッダの下の毛だから、シンクロすることでブッダになれるという理屈がなりたつのである。」

「ブッダにシンクロじゃなくて、ブッダの下の毛にシンクロですよね。」

「うん、中々鋭いね。下の毛だからね、来世ではモテモテになる訳なんだ。ブッダのようにモテモテで愛人も作ることが出来るちゅーことや。昨夜は、夜遅くに勤行をしていただろう。夜というのは陰の気の満ちた時間帯だからね。

そして下の毛も陰の肉体的な現れなんだ。

だから、夜にオケケ様を唱えることで、陰と陰がシンクロする訳なんだ。」

「それで、モテモテなのか。でも、オケケ様を拝むって、何か変だなあ。」

「何が変なことがあるものか。仏教の世界では、仏舎利と言ってブッダの骨を祀っている寺があるだろう。あれと一緒や。それに、うちの道場はもっと上なんやで。

仏舎利ってブッダを荼毘に付した後に分けられた骨やろ。ということはどうだ。焼いてしまった骨なんやで。言うならカルシュームや。カルシューム拝んでどうするんやってことや。カルシュームにシンクロしたら、どうなる。体硬くなるだけや。そんなん君、体硬くなりたいか。うちはオケケ様やで、ブッダの身体の生の1部分なんだ。だから拝んでシンクロすることに意味があるということや。ブッダの身体の生身にシンクロするからブッダになれるんや。」

「管長、ようそんな理屈考えましたね。でも、オケケ様でしょ。どうも嫌やなあ。というかオケケ様は肉体の1部ですよね。人間が人間の身体を拝むって、どうなのかなって思うんです。」

「中々、鋭いところを見てるね。君、やっぱり僕の後継者になれへんか。怜ちゃんとも毎日会えるで。」

「怜ちゃんは、置いときましょう。」

「それは、僕も悩んでることろや。信者にも言ってない。肉体を拝むというのも、僕も引っ掛かっているけれど、肉体以外でも何かの形あるものを拝むのって、これは的を外れているよね。肉体でも偶像でも、それを拝むのは、僕は否定している。でも、そこが最初に言った、今の段階での教義っていうことなんや。今の僕の徳では、ここまでなんや。

でも、続けていくうちに、もっと高い波動の教義が僕に与えられる筈なんや。始めから1つの完成された教義を持っているなんて、それは違う。僕のレベルがまだ、そこまで達していないということかな。」

それはそうなのかもしれないが、白シャツ管長のこころの素顔を見た気がした。

でも、それはますます管長が気になる話の筋ではある。

それにさ、こんな話を、これから入信をすすめようとする人に話してもいいものだろうか。

フランクというか、無防備というか。


「教義がね、始めから完璧だという宗教は、これは眉唾だと思った方が良いよ。」

白シャツ管長が続ける。「だってさ。ブッダも1人の人間だからね。それも昔むかしの人間だよ。今のようなテクノロジーも何もない時代のさ。そんな1人の人間のいう事を、何も疑わずに盲信していいものだろうかと思うんだ。キリストさんもそうだよ。キリスト教の悪口言う訳じゃないけれど、1人の人間だろう。

その1人の人間の言ったことを、すべて真実だとして、信じ続けてもいいものだろうかと思う。そう思わないか。」

「それは、僕もそう思います。」

「そもそも、宗教って、何かを拝まなきゃいけないものかな。」、

そんなことを聞かれても、どうなんだ。

「どこの宗教でも、何かを拝んでいるよね。仏様だったり、神様だったり、或いはその偶像だったりさ。」

「でも、管長さんも拝んでるじゃないですか。オケケ様を。」

「いや、あれは拝んでるんじゃない。シンクロしているんだ。」

「じゃ、手を合わせなくてもいいっていう理屈なんですよね。でも、みんな手を合わせて、オーケーケーなんて唱えてるじゃないですか。あれは拝んでるように見えますけど。」

「、、、そうやな。拝んでるように見えるわな。でも、手を合わせなきゃ、唱えてる間、手持ち無沙汰じゃないか。それじゃ、どうするのよ。両手をブラブラしながら、オーケーケーって唱えるのも、カッコ悪いじゃない。」

「カッコ悪いって。」

「まあ、そういえばそうだよね。シンクロするのに手を合わせる必要がない。それに、そう言われれば、オーケーケーって唱える必要もなくなっちゃうよね。それじゃさ、それじゃどうするのよ。どうしたらいいのよ。」

「それは管長さんが考えることやし。でも、考え付くまでは今のままでいいんじゃないですか。あんまりコロコロやり方を変えると信者さんも不安になるだろうし。」

「そうだよね。そうだよね。うん、そうだ。やっぱり君はいいことを言う。」

いい加減なのか、融通無碍なのか。


とはいうものの、この道場では偶像を置いていないのが僕には管長さんの考えが伝わってくる。

今じゃ、お寺も神社も、その他の宗教団体も形骸化されている。

その象徴が偶像である。

僕は、観光地へ行って、見物がてらに有名なお寺や神社を訪れることがあるけれど、その時に仏像を見ると腹が立ってくるのである。

叩き割ってやろうかと思う。

そして、この仏像を作った人に腹が立つのである。

仏像を造るって言うのは、相当の覚悟がなくちゃ造れない。

先日も、京都の有名なお寺に行った時のことだ。

本堂の横に小さなお堂があって、そこに不動明王さまか何かの像があった。

その前で、真剣に手を合わせている大学生ぐらいの男性がいたのである。

僕が、本堂やら、その他の重要文化財といわれるものを見物したあとに、そのお堂の前を通ると、果たして先ほどの男性が、まだ手を合わせている。

時間にして20分か30分だろう。

それだけの時間を拝むっていう事は、それだけの悩みがあるということだろう。

悩みや問題には、解決方法がある場合もあるだろうけれど、それでも解決できない悩みや問題もある訳で、そんなどこへも持って行けない苦しみの救いを求める場合に、人は神仏に祈るのである。

自分自身の問題なのか、或いは家族や大切な人が医学では解決できない病気にかかってるとかね。

どうにもできない、でも何とかしたい。

そんなどうしようもない気持ちを抱えて、そのお堂の前に立ち、不動明王さんか何かに、祈っているのだと思う。

そんな風景を見るたびに、その仏の像と、そのオブジェを造った人に問いたくなる。

あなたは、その苦しんでいる思いを受け止めるだけの覚悟を持って造ったのかと。


僕は、どうも今では無神論者になりつつある。

どちらかというと、僕は宗教的なもの、若しくは神秘的なことに興味が強かった。

小学生の頃は、真剣に念力で物を自由自在に操れるって思っていたし、暗闇に幽霊がいるんじゃないかって、いつも怯えていた。

それでも、どうも現実はそうは上手くいかないことに気が付く。

僕の母親がガンになった時、その病室を訪れた。

母親は有名な神社のお守りを患部にあてて、お祈りをしていました。

僕はその光景を見て、何とかその効果を期待したけれど、そんなものは無意味だった。

少なくとも、そこの神社には神様は存在しなかったのだ。

或いは、存在したとしても何の助けにもなりはしない。

ただ、人間が苦しむのを傍観しているだけ。

そんな神様なら、要らないのである。

その時からだろうか、僕は仏像なんかには興味がなくなった。

そして、家にあるお守りを全部捨てたのだ。

それにしても、白シャツ管長の場合は、シンクロだものね。

拝んでるんじゃない。

お願いしてるんじゃない。

シンクロしてるんだ。

管長も大変だね。


とはいうものの、それでも信者さんがいるのは、白シャツ管長さんのおおらかな人柄と気さくな娘さんと、そして常識的で温かみのあるお母さんの3人の魅力なのかもしれない。

「お兄ちゃん、来てくれて、ありがとう。」

そう素直に怜ちゃんに言われるとは思わなかった。

「いや、たまたま時間があったからね。」

「そうなんや。それでも嬉しいわ。」

「えらい今日は素直やなあ。」

「もともと素直やで。あ、ひょっとして私に会いに来た?」

「まあ、そんなところかな。」

日曜日の昼下がりに、人けのない本町のビルの2階にいるのが不思議に思える。

勤行が終わって開けられた窓から爽やかな風が吹き込んだ。

ビジネス街なのに何故か木々の青い匂いを感じさせる空気が道場に広がる。

「兄ちゃん、お茶でもしに行こうか。」

白シャツ管長が言った。

「あ、私も行く。」

「勤行も終わったし、一息つきに行こう。」

「本町で日曜日にやってる喫茶店なんてあるんですか。」

「それが、あんねんなあ。不思議やろ。こんな日にやってる喫茶店って。何考えてるんやろな。」

「いや、本町にお寺っぽいもんがあって、日曜日に何やらゴソゴソやってるのも不思議です。」

「ほんまやわ。おとうちゃん1本取られたで。」


ビルの1本南側に、その不思議な普通の喫茶店はあった。

木製のドアに牛の首につけるような、あれは何ていうのかな、そんな鈴がつけてある。

「お姉さん。アイスコーヒー、ミルクなしで。」

「あたしは、クリームソーダ。お兄ちゃんは。」

「私も、アイスコーヒーください。」

それにしても、気楽な親子だよね。


管長さん、今日の集会はどうやったとお姉さんが聞いた。

「うん、ありがとう。一応無事終わったわ。」

「そら良かった。それにしても怜ちゃんが手伝ってくれるから助かるなあ。ホンマ感謝しやなあかんで。今どきこんなええ子おらんで、ホンマに。」

「そうかなあ。あ、今日は新しいお客さん連れてきたで。」

「へえ、珍しいなあ。管長さんとこに新しい信者さんて。あ、怜ちゃんのお色気作戦かいな。あれ、もともとは考えたん、あたしやで。兄ちゃん引っ掛かったんやな。ご愁傷さん。」

「いや、まあ。そんなとこですけど。でも、信者じゃないんです。」

「そうや、この兄ちゃんは僕の後継者になるかもしれへんのや。エライ人なんやで。」

「あ、もうそんなことになってるの。そしたら、あたしお兄ちゃんのことなんて呼んだらええんやろ。管長はお父ちゃんやし、副館長はお母ちゃんやし。管長その2っていうのは、どう。」

「そうやなあ。その2っつうのもなあ。パッとせんなあ。これからオケケ寺をしょって立ってもらわなあかんからな。管長ドリームちゅうのは、どうや。これからの夢を兄ちゃんに託すわけやから。」

「それええやん。管長ドリームさん。」

怜ちゃんが悪戯っぽい目をして僕を見上げる。

「いや、いや。後継者になるって言った訳じゃないし。信者でもないもんね。」

「あ、そうや。信者やなかったら会費入ってこやへんやん。お父ちゃん、それアカンのとちゃう。」

「ホンマや、それは困るなあ。じゃ、信者ドリームか。」

「いや、だから信者でもないのです。」

信者でも後継者でもないけれど、僕はここにいる。

どうも、何か学生のサークルにでも参加している気分なのではあるのだけれど。

白シャツ管長と怜ちゃんは、僕のことをどう思っているのだろうか。


「お姉さん、日曜日に喫茶店やってて儲かるんですか。」

60歳を少し過ぎただろうお店のお姉さんに聞いてみた。

「ぜんぜん、儲かれへんわ。日曜日やで、そんで本町やで。人も歩いてないし。」

「そしたら、何でお店開けてるんですか。」

「さあ、何でやろ。それでもな、日曜日に出勤して働いている人もいるんや。こんなひっそりとしててもな。そんな人が月に1人とか2人とか、来てくれたりするし。

何やろな、お店におらへんと不安になるっちゅうか。私がおらへん間に、誰か私を尋ねてくれてるんやないかななんて、そんなアホなこと思うんよ。何かの縁で偶然私のお店に来てくれる。あ、勿論男の人やで。私、独身やし。それでも、やっぱり誰も来てくれへんから、お店閉めて帰るんやけど、私何してるんやろって思うねん。でも、結構、管長さんとこの信者さんも帰りに寄ってくれたりするんよ。信者さんみんな優しいしね。」

「そうなんですか。誰かがお姉さんを尋ねてくれる、、、。」

「お姉ちゃん、寂しいこと言わんといてよ。きっと来てくれるよ。うちにもドリームさんが来てくれたんやし。あ、お姉さんとドリームさん、縁で結ばれてたんちゃう。」

「あ、そうなんや。ドリームさん、これからも宜しくね。」

お姉さんも笑うと意外に若く見える。

「いやいや、ドリームっていう名前じゃないし。お姉さんと年が違うしね。僕、40才なんです。」

「あ、嫌やわ。年の話言うて。それにお愛想ぐらい言ってもバチあたらへんのと違う。わたしにも夢見させてほしいな、ドリームさん。」

お姉さんがカウンターから身を乗り出して言った。

「あー、ドリームさん。それはアカンわ。そらお詫びに毎日お姉さんのお店に通わなあかんのとちゃう。」

怜ちゃんは、こういう場合に、すぐに乗ってくる。

「そしたら、お姉さんとドリームさんが出会った記念ということで乾杯しよう。コーヒーとソーダで。」

「わーい。怜ちゃん、ありがとう。」


「いや、ちょっと待って。それは記念というだけで、記念日ではないんだな。」白シャツ管長が突然乾杯を遮った。

「あ、しもた。記念って言ってしもた。そうそう、記念なだけで、記念日やないで。なあ、お姉ちゃん。」

「そうそう、ただの記念やなあ。記念日ちゃうわ。管長さん。」

「そうか、それやったらええねんけどな。記念日っちゅうややこしい日は要らんからな。そう思えへんかドリーム君。」

「はあ。」

「あ、また始まったで。ドリームさん、適当に聞いといてな。ごめんな。」

怜ちゃんが小声で僕に言いながら拝む格好をした。

「記念日がどうかしたんですか。」

「あ、ドリームさん、アカンがな。折角、ただの記念で終わらそうとしたのに。もう。」

「もう。」って言った時の怜ちゃんのほっぺたが可愛い。

とはいうものの、記念日は何故アカンのだ。

「うん。よう聞いてくれた、ドリーム君。」

「いや、聞いてくれたというか、管長さんが振ったんですけど。」

「あれ、そうやったかな。まあ、それはええ。それより、君は記念日をどう思う。そうだ、バレンタインはどうや。」

「バレンタインですか、いやあ、僕は子供のころからモテなかったからなあ。どうも苦手でしたね。苦手っていうより、1日中バレンタインということから逃れたいっていうか。まあ、みんな貰ってるのにね、チョコをね。あんなの要らないよね。でも、悔しいと言うか寂しいと言うか。誰が作ったんでしょうね、バレンタインデーみたいな日を。」

「そうだろう、そうだろう。それが普通の人間としての感情だ。君は実に誠実な青年だ。あんなものは無くなればいいんだ。世間では、誰にあげたとか、誰から貰ったとか。何個貰ったとかね。そんなことを言って浮かれているやつが沢山いてるけど、そんなやつは、駅の階段の1番下のところで足踏み外して、膝からこけて、膝ボンをコーンって打って、擦り傷出来たらええねん。あの擦り傷っていうのは、大したこと無いように見えて、痛いもんね。へへーい。ざまーみろってね。」

「あ、お父ちゃんも、そうとうモテへんかったんやなあ。そうとう根に持ってるで、バレンタインに。」

「そうなんですか、管長。そんなにモテなかったんですか。」

「そうそう、いつも泣きながら帰りの公園で、チョコを貰う必要を否定する理屈を考えとったんや。そんでもって、『チョコ欲しいよー、うぇっ、うぇっ、うぇっ、びえーん。、』って、なんでやねん。まあ、モテへんことは間違いないけどな。いや、そうやない、記念日や。そんで、バレンタインや。バレンタインデーちゅうのはね、全国の男の子、小学生からサラリーマンまでやな、モテない男の子がしょんぼりしながら1日を過ごさなきゃいけない日なんだよ。中年になってもね、家に帰って奥さんから『あれ、チョコは、、、。何や貰われへんかったん。えっ、義理チョコも、、。まあ、いいやん。お父さんの良さは私が知ってるからね。』って言われながらも何故かいつもより苦いビールを飲まなきゃいけない日なんだよね。 子供がいたら「お父さん、チョコのお土産は。」なんて言われてさ、『わーん。』て泣き出してしまうよ。これが子供でもそうなんだよ。そして、大阪の家庭だったら最悪やで。 大阪のオカンから『何や、あんたチョコ貰われへんかったんかいな。情けないなぁ。いつも女の子みたいにウジウジしてるから貰われへんねんで。お母ちゃんチョコ食べたかったのに。』なんて言われるに決まってるんや。 大阪の妹がいたら更に最悪や。『お兄―ちゃんー。チョーコ貰われへーんかったー。えーん。えーん。』なんてわざわざ節をつけて鼻歌を歌うに決まってるんやなあ。考えただけで、寒むうなるわ。怖いなあ、バレンタインデーって、なあ。」

白シャツ管長は、熱弁をふるう。

しかも、大阪の妹のところでは、自分で節までつけて歌っちゃったよ。

「もう、気が済んだ?」

怜ちゃんが、ため息をつく。

「いや、まだや。」

「えっ、まだなんかいな。助けて欲しいわ。」

怜ちゃんも呆れるぐらい熱心な管長なのであるけれども、そこはモテない僕にもその気持ちは解るのである。

「バレンタインデーは、まだええ。最悪なんは母の日や。これは、最悪や。考えただけでも涙出るわ。」

「はあ、涙出ますか。」

「そうや。母の日が近づくにつれて、街中は母の日の赤いカーネーションで彩られるよね。最悪だと思わないか。母の日というのは、全国のお母さんのいない小学生が一日寂しい気持ちで半泣きで過ごさなきゃいけない日なんだぞ。やさしい子だったら、お父さんに見つからないように泣いてるだろう。学校でもさ、『さあ、みんなお母さんに作文を書きましょう。』なんて先生がいう訳。でも、お母さんのいない子供もいるよね。死別したりさ、もっと悲惨なのは捨てられたりってこともあるやろ。そんな子供が作文なんて書けるかちゅーねん。 白いカーネーションを仏壇に供えてる子供を想像したら、、、、。」

「お父ちゃん、どうしたん。また泣き出したで。」

白シャツ先生を見ると、口をへの字にして涙をこらえている。

「くう。なあ君、そんな残酷な日は即刻廃止すべきだろう。」

白シャツ管長は、涙をこらえて出てきた鼻水を、音をたてながら啜り上げた。

「言われれば、そうですね。」

「もう、ドリームさんまでお父ちゃんに話合さんといてよ。話終われへんから。」

「はいはい、こんどのバレンタインデーには、管長さんにもチョコあげるからね。父の日は怜ちゃんがプレゼントくれるよ、きっと。」

お店のお姉さんが、この話に終止符を打った。

「ほんまに?」

吃驚するぐらい嬉しそうな顔を管長がした。


「お姉さん、このクリームソーダ美味しいね。」

怜ちゃんが、話の流れを変える。

「ありがとう、怜ちゃん。そやけど、クリームソーダなんて、どこの喫茶店でも同じような味やろ。それでも、褒めてもうて嬉しいわ。」

「ちょっと聞いて。最近な、あることに気が付いてん。前はな、クリームソーダ食べる時はな、先に上に乗っかってるクリームを半分ぐらい食べるやん。その後、ソーダ飲むんやけど、ストローでチューって吸っててん。」

「それが普通やん。ストローでチューって吸うやろ、普通。」

意外と、管長もクリームソーダが気になるようだ。

「そうやろ。チューって吸うて、その後やん。それをそのままゴクンって呑み込んでてん。」

「そらそうやん。それが普通やろ。」

「そうやんなあ。でも、それやったら美味しい味は1瞬で終わってしまうことに気が付いてん。チューって飲んで、ゴクンって呑み込んだら終わりや。呑み込んだ後に、ちょっとソーダの味が残るくらいやん。でも、最近気が付いてんけど、チューって飲まんと、チュッって飲む方が何度も味わえることに気が付いてん。チュッって、ほんのちょっとやで。ほんのちょっとチュッってストローからソーダを口に入れて、コクッってちょっとだけ飲みこむねん。そしたら、何回も美味しいソーダを味わえることを知ってん。発見と思もわへん。ねえ。」

「へえ、そうかいな。それは発見や。すごいなあ怜ちゃん。僕もやってみよ。コーヒーをストローで、、あ、もう飲んでしもてるわ。」

「そうなんやね。そういえば、チューって吸う人と、チビチビ吸う人といてるわ。そういうことやってんね。怜ちゃんすごい。」

そうなんだ。

そういえば、僕もゴクゴク飲んでしまう方だ。

チビチビ飲む人がいて、そんな人を馬鹿にしていたけれど、そういうことなのかもしれない。

「そう思うとさ。今までの人生でソーダ飲む幸せ、うち大分少なかったと思うわ。これからは、ソーダを思いっきりチュッ、チュッ、して楽しむよ、あたし。」

怜ちゃんは、かなり得意そうに話しているけれど、それに大きく頷く白シャツ先生が、なんだか可愛く見えた。

それにしても、この親子そして母親は、今の生活をどう思っているのか。

娘にしても、明らかに他の家族と違う生活だし、違う父親である。

宗教と言う得体のしれないものを生業としている父親を持つというのは、サラリーマンの父親よりも不安な筈だ。

収入も安定しない。

信者さんだって、いつまでも付いてきてくれるとは限らない訳だし。

そもそも、管長さんは何を思って、この宗教団体を立ち上げたのだろう。

人を助けるためなのか。

或いは、一発逆転の大儲けをたくらんでいるとか。

オケケ様という、真贋の判断もつけることが出来ない物を、偶然手に入れた使命感なのか。

一体、オケケ様は、本物なのだろうかね。

ただ、偶像を置いていないところや、お守りの類を販売していないところを見ると、お金儲けではないことが推測できる。

それに、教義についても悩んでいる風ではあるので、やはり人の役に立ちたいという気持ちは、こころのどこかにあるのではないだろうか。

だからこそ、怜ちゃんも父親の手伝いをしているのだろう。

でなきゃ、若い女の子が父親とこんなに仲がいい訳がない。


「ほな、お父ちゃん、先に帰るわ。お母ちゃんにジャガイモ買って来てって頼まれてるから。」

「あ、そうかいな。そやけど、ジャガイモって、今晩のおかずは何や。」

「ポトフらしいで。」

「ポトフ、、、。なんでや。」

「なんでって、知らんがな。」

「お父ちゃん、ポトフ嫌いって、お母ちゃん知ってるはずやのに。」

「そろそろポトフ作りたくなったんちゃう。」

「そんなあ、、、。」

怜ちゃんは、僕にちっちゃな敬礼をして店を出て行った。

あの敬礼は、管長を頼むでということだろう。


「なあ、ドリーム君。ポトフって意味あるか。」

「意味あるかって、意味あるから料理として受け継がれてるんじゃないですか。」

「じゃ、好きか。」

「いや、好きとか嫌いとかというよりも、食べないです。」

「だろう。僕は、ポトフが好きだと言う男性に、今まで1人も出会ったことが無い。ポトフが好きでないのに、何故嫁は作るんだ。」

「奥さんが作りたいんだから、作らせて上げたらどうなんですか。」

「嫌いなんだ。ポトフがさ。それにしても、ポトフって、一体どういう料理なんだ。

スープなのか、シチューなのか、おかずなのか。勿論、ポトフという料理は知っているよ。

肉やソーセージを、にんじん、玉ねぎ、じゃがいもなどの野菜と、なんや、セロリやローリエなどちゅー香りの引き立つものとを、鍋で煮込んだフランスの家庭料理やろ。僕は夕食を食べる時は、ビールで晩酌をするんだよ。だから基本的に濃い味が好きなんだ。 唐揚げにビールなんて最高だろう。でも、このポトフという料理は、大概にして塩程度の味付けしかしていないので、何とも僕に取っては頼りない味付けになるじゃないか。

だからね、食卓に向かって、まず最初に冷たいビールでキューっとやったあとに、ポトフのたまねぎやジャガイモなどを食べたなら、『さあ、どうする?』という気分になるのが普通だろう。

これが唐揚げだったら、唐揚げを1個食べた後に、何の躊躇もなく2口目のビールを、またキューっとやるよね、それに比べて何ともポトフとは悩ましい料理であると言えるわけだ。 一体このポトフを美味しいと思っている中年男性は存在するのだろうか。」

「はあ。」

白シャツ管長のポトフへの愚痴が続く。

「ソーセージだって、そうだ。ポトフに入っているソーセージは、何か気が抜けた炭酸水のようで、たとえマスタードをたっぷり塗ったところで、残念な気持ちで口に入れることになるんだね。油をたっぷり引いたフライパンで強火で一気にちょっと焦げ目がつくぐらいに炒めて、塩と胡椒をたっぷり振りかけたソーセージとどっちが美味しいと思う、えっ、ドリーム君。 誰に聞いたって90パーセントの人は、後者であるに違いないんだ。

そんでもって、このポトフという料理だよ。

スープなのかというと。スープにしては具とのバランスが非常に悪いし。僕は、汁物が大好きなので、それならいっそ、具の無いポトフにしてくれと思うよ。

ならば、シチューなのかということだ。シチューにしては、味が淡泊すぎる。シチューは大好きだけれど、パンやご飯に合う味の濃さでなくてはならないと思うんや。

ならば、おかずなのか。このポトフは、我が家では、どうもおかずとして食卓に上っているようなんだよね。それなら、何卒ビールに合う味付けにしてほしいんだよ。」

右手を頭に乗っけて、左手の空になったアイスコーヒーの下に溜まった水を、音をたててすすった。

「管長さん、えらいポトフに恨み持ってるんですね。でも、奥さんがポトフ作りたいんでしょ。ポトフはね、美味しいから昔から作られてきたんじゃないんですよ。ポトフは作りたいから作られてきたんです。」

「作りたいからって、そんな。わざわざ嫌いなものをか。」

「まあ、今日は諦めて食べることですよ。ポトフという料理は、美味しい料理であるからフランスを始め日本でも家庭で作られ続けてきたのではないんですよ。きっと。ポトフという料理は、奥さんが作りたいから作られてきた料理なんです。確かに、その名前自体も幸せな響きがしますもん。『ポトフ』、、、女性が好きなフランスの響きがするものね。

日本なら北海道かどこか自然の素晴らしいところで、木の温もりを感じるログハウス。

パパとママ、そして小学生ぐらいの男の子と女の子が、パチパチと木のはぜる音がする温かい暖炉の前のテーブルで、『今日、学校でこんなことがあったんだよ。』って女の子がママに言うんですよね。それを聞きながら家族全員が笑顔で食事を楽しんでいる。そんな光景が目に浮かぶんですよね。でも、そんな幸せな家庭がこの日本に存在しますか。

そんな現実には存在しない幸せな食卓を象徴する料理がポトフななんです。

つまり世の中の女性は、ポトフを作ることで、私は幸せだと錯覚をしたいがために、一所懸命ポトフを作って来たちゅーわけですよ。」

「それは、ほんまか。そんな説初めて聞いたぞ。」

「私の推理ですけど。でも、そう思うと食べてもいいんじゃないかって管長さんも思うでしょ。」

「いや、思わん。」

「考えてみれば悲しい料理ですよね。望まれていないのに、幸せを求めて作り続けられる。 料理本には、『体の芯まであったまる』なんて、書かれてあるけど、そんなイメージだけが先行しちゃっている。 確かに温かい料理やから、口に入れたら温まるような気がするのかもしれないけれど、実際にはすぐに喉元をとおる温度まで冷めて、それが胃袋に入るまでには、熱くもない料理に実際にはなっているんですよね。それなら、焼肉を食べた方が、体の芯まで温かくなるのではないだろうかと思うんです。僕が料理本の作者なら、『体の芯まで温まるような気がする』と書くだろうけど。」

「ほんま、言われてみれば、そうやわ。それにしても、悲しいなあポトフって。」

「そやから、今日は奥さんのポトフを諦めて食べてくださいね。」

「はあ。」ため息のような返事が返ってきた。

店を出ると、誰もいないビルの陰に、突然に強い風が吹き込んだ。

空気の移動。

今の風が元もとあった場所の空気は、風が吹く瞬間、すこし空気の密度が下がるのだろうか。

そんなことを考えていると、黒い野良猫が僕を見ていた。

こんなビジネス街で生きているなんて、大したものである。

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