失楽園
◆メメント
「本当にゴムつけなくていいの?」
ショートタイムで入った一番安い部屋で、私は、初対面の男に抱かれている。
「大丈夫ですよ」
私は平然とそう嘘をついたけれど、大丈夫なわけないじゃない。だってピルも飲んでなければ不妊体質でもないはずだから。私の嘘の一言で目の前にいる男の安堵した表情を見て、ひっそりと軽蔑する。
「あぁ、生ですんの久しぶりだ・・・・・・」
男はそう言うと自分の快感のためだけに腰を降り始める。何がどう大丈夫なのか、相手の知りたいことは私の口からは何も言っていないのに、“大丈夫”その一言で勘違いしちゃうんだがら、男性は惨めだ。詰まるところヤれればそれで良い生き物なんだろうけど、冷静にリスクを考えられないのはどうかと思う。
「気持ち、いいですか・・・・・・?」
私は何となく、それっぽく喘ぎながら、あたかも共感を求めているような声色でそんな質問を挟む。分かってはいたが男の答えは「めちゃくちゃ良い」だった。汗まみれになりながら必死に動いているんだ。問わずとも分かるけど、一応。正常位のせいで男から溢れだした汗が私の顔とか身体に落ちてきて、興奮してもいない身体の体温が尚更下がる。
セックスに関して私は周りの女性よりナカで感じやすいのだと自負しているけれど、体温があがったり、気分が昂ぶったりすることはない。感じはするのに興奮しないのは何故なのか、それはこの行為の主旨が快感の為ではなく、私がここに居ても良いんだと少しでも思えるようにしているからだろう。
気持ち良いとか、好きとか可愛いとか、行為中限定だったとしても私を肯定するような言葉たちは私にとって性病や妊娠のリスクより大切なものだった。
こんなことするなんて第一は承認欲求なのだけれど、ただ、生で良いよと言う瞬間だけは格別に興奮する。そんなこと人には口が裂けても言えないし、興奮だと暗示を掛けているだけで、正直恐怖と不安で押し潰されそうなのが事実だ。妊娠するかもしれないと言うことを、相手は知らない。私だけが知っている。
相手の社会的な立場も、私自身の命も何もかも、避妊しないセックスが全て握っているし、私が本当は危険です、なんて言わない限り、どうしても危険な選択を相手は知らぬ間に選ばされている。結果的に妊娠しなければ何にもならないんだけれど、色々と死ぬかもしれない。そう感じるだけでゾクゾクとして何をするより興奮する。
事後、私はタバコを吸う。「なんか素っ気ないね」なんて言われることもしばしばだが、自分がロクでもない人間だというのは自覚しているし、中に出されたその時点から私を自殺に駆り立てるほどの恐怖は始まっているのだ。せめてタバコでも吸っていなければ、きっと男に怒鳴りつけて殴って、それから死ぬのだろう。
「これ、2万円。置いておくから確認してね」
テレビを見ながらボーっとしていた私に、現金を差し出した男は風呂場へと向かった。今日この男は今までの中では比較的に良識のある人間だったと思う。完全にノーマルなプレイだけで、殴ってきたりだとか、首を絞めたりなんかはしてこなかった。それで物足りなさを感じてしまう自分は異常なのだろうが、ゴミみたいな価値の私なんだから。大切そうに抱かれるのは違和感があった。
◆ルサンチマン
2週間ぶりに学校へ向かった。こうまで行けないとは思っていなかったが、寂しさを埋めたくて、1日に何人と抱かれてきたら2週間経ってしまっていた。
学校には相変わらず友達はいない。勿論学校の外にもほぼいない。小学生の頃仲の良かった友達が1人いて、年に数回会うか否かだ。人と話すことのない学校生活は至極退屈で、疎外感に耐えられなくて、ほとんどの時間を寝て過ごした。
あまり登校していない私は、学年の間で不良として少し有名になっていたようだ。進学校にも関わらず、髪は白く脱色してピアスは開けたいように開けているのだから。それに、こんな特徴的な見た目にしているから、ラブホ街で誰かに見られていたら、一発で私だと分かるだろう。時折ヒソヒソと聞こえてくる私の陰口は、見た目か、態度か、援助交際か。
昼休みに登校した自分の席には知らない奴の荷物が置かれていた。差し詰め、都合の良い物置にされていたのだろう。私がガタンとわざとらしく音を鳴らして席に着くと、持ち主がそそくさと荷物をどかしていた。別にどかさなかったところで、私の枕代わりになるだけなのだけれど。
間もなくして、午後の授業が始まったが、私だけ生徒指導室へと呼び出されていた。
「佐瀬屋、お前そんな髪色になってどうしたんだよ」
あたかも心配そうな表情で男は言う。
「……」
学校の、人気(ひとけ)のない場所にある生徒指導室は、授業中の時間にも関わらず、その気配を感じさせない程に静寂を極めていた。
「あのな、校則違反だぞー?」
「はい」
「はい、じゃなくてな――」
生徒指導の男は、何年か前に生徒への体罰があったらしく、それからは担任を持っていない、保健体育担当のフリーの教師だった。体罰があったのに、教師を続けているのはこの男の父親が政治家の御偉い人間様だったから。実際、男の為ではなくきっと自分の為に、揉み消したに違いない。
「……佐瀬屋、髪色だけじゃなくてな、その」
「はい」
「下着……透けてんだ。高校生がそんな派手な色の下着を身に着けるんじゃない」
あぁ、この男の目線が、私の顔面よりも下を向いて、ずっと上がらなかったのは、このせいか。そう理解した瞬間、この男に抱く軽蔑の念が強くなっていった。
「はぁ」
「はぁ、じゃなくてな、そういうの、気にする奴もいるんだぞ………・・・」
「それは、先生ですよね?」
男の目線が泳ぎだす。「何を言っているんだ」とか「他の生徒がそう思うと思って」とか、寒いし、キモい。
「あのな、お前みたいな生徒はな、そもそもこの学校には相応しくないのよ」
「確かに、そうですね。でも、だからなんです? 私はこの学校に入る頭があったし、現に勉強だって問題ないのですけど」
「だからな、そういうのがな……」
「はぁ、確かに」
ばつが悪そうにしている男が面白くて、古風な説教を垂れる男が面白くて、私はイキっていた。自称進学校なんて、こんなもんだ。勉強なんてきっと然程関係ない。大手の大学へのパイプはあるんだがら、どうすれば楽に進学できるか。それは、如何に教師に気に入られるか、だろう。結局、古臭い慣習があって、校則だとか習慣だとか、その学校のブランドを守れる生徒が評価されているだけ。
「そう言えばこの前、お前をホテル街で見かけたって話も、あるんだぞ」
何かと小言を言っていた男が、ほくそ笑みながらそう告げる。
あぁ、遂に教師まで話が渡ってしまったか。いずれこうなることは予測していたけど、よりによってこの男に伝わっているとは。
「そうですか。見られていましたか」
「佐瀬屋、学校に来ないで、そんなふしだらな格好をして、学校の外では何してるんだ?」
気持ち悪い。声のトーン、間の取り方、私を見る目、男の全てが気持ち悪い。まるでエロ漫画か官能小説を朗読されている気分だ。それに、やっぱりこの目は、私を虐げ抱く男共と同じで何よりも気持ち悪かった。
「何が言いたいんですか? 体罰だけじゃなくて強姦までしてらっしゃるのです?」
「なんで知ってるんだよ」
「何故でしょう」
私が開き直っていたからか、核心をつくと男は本心を隠さなくなったようだ。
「先生のお父さんに聞きましたから」
間をおいてそう言うと、男の顔は青ざめるどころか自信に満ちていたようだった。もう、察した。この長ったるくて、回りくどい説教は――
厭き厭きだ、なんて思った瞬間、私は勢いよく押された長机のせいでドッと後ろに倒れ込む。後頭部を打ってしまって、意識が少し、遠い。
下衆な笑みの男は、じりじりと近付いてきて、馬乗りになって私を見下ろした。
「何、お前親父とも寝てたの? そりゃビックリ。保身的な親父が女子高生と援交してるのさえビックリなのに、息子の不祥事までベラベラ喋る人間だったなんて!」
あぁ、もしかしなくてもこの男に、父親から話を聞いたと言うのは選択ミスだったのでは。そう思っても遅い。
「お前さ、さっきからマジでウザかったんだよね。まーた体罰沙汰にされても困るしー、殴らないでいること、精一杯だったわけ。でも、親父と寝てたなんて事実! 聞き逃せない!! 俺が今からお前をどうしようと、親父を脅せば、親父はこれを揉み消すしかないからな」
私に平手打ちをしながら、男は興奮し、喋り続けていた。唾が飛んで私の顔にかかる。打ち所が悪かったのか、さっきから意識はどんどんと遠くなり、瞼が下がっていった。
殴られ続けた私が、この生徒指導室から出る事ができたのは、校舎から誰もいなくなった時間で、意識が戻った時には、両手を縛られ、パンツを口に詰め込まれその上ガムテープで塞がれて、男に犯されていた。
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