第13話 王都の冒険者ギルド
冒険者ギルドのグランドマスターであるランドールも、王宮からの呼び出しから戻ってきた。王宮は教会の大司教と前後してランドールも呼び出していたのである。
彼もまた憔悴した表情をしていた。
ランドールがグランドマスターの執務室に入ると、すぐにマクリアがカヌムと共に顔を出した。
「どうでした?」
「……状況は最悪だな」
ランドールは呟くように答えた。
ランドールはすでに何度も王宮から呼び出しを受けていた。
最初はエルマイスター辺境伯の襲撃について呼び出された。王宮からは冒険者ギルドのサブマスターであるタルボットが、冒険者のキルティを使って襲撃したと追及してきた。
前回はエルマイスターの冒険者ギルドで組織ぐるみの不正について聞かれ、適当に誤魔化した。ただ、すでに証拠の書類が王宮に持ち込まれ、王宮で証拠の精査が始まっていることも伝えられた。
この時にはレンドから提案のあった、全ての不正を認めて妥協点を探すべきだと書かれた報告書を、何故採用しなかったのかと後悔したぐらいだ。だが、あの時点で採用することはあり得ないと、自分でも分かっていた。
そして今回は予想通りグラスニカでも不正があり、グラスニカ支部のギルドマスターの捕縛と不正の証言したことを伝えられた。その事はすでにグラスニカ支部から連絡が入っており、予想はしていた。
「すでにエルマイスターが提出した不正の証拠は精査も終わったと言われたよ。証拠を精査した報告書の一部も提示された。不正の証拠はエルマイスターに冒険者ギルドが設置された時からの証拠が残っていたようだ……」
「まさか……!」
マクリアも絶句する。誤魔化すのは難しい状況になっていると思っていた。判明した不正が数年単位、長くても10年ぐらいなら仕方ないとさえ考え始めていた。それが百年単位となると賠償金も想像できない金額になる。そして、組織ぐるみだと言われても、誤魔化しきるのは難しくなった。
「グラスニカのこともある……。誤魔化しきれないし、王宮は強制的に調査をすると言ってきた。まずはここを調査すると言っている……」
「それは非常にまずいです!」
カヌムが大きな声を出した。
「そんなのは分かっている。しかし、拒絶できる状況ではない! すでに不正の書類は処分したはずだ!」
「それが……、タルボットが秘かに戻ってきてます」
カヌムの代わりにマクリアが答える。
「なんだとぉ!」
ランバートは焦りよりも怒りのほうが強い感じで叫んだ。
「身分や名前を隠して戻ってきたようです。大きな町を避けて無理をしたようで、やつれたことで見つかることなく戻れたのでしょう。彼はグランドマスターにどうやって会おうか迷って、冒険者ギルドの周辺を徘徊していたようです、怪しい男が居ると私の部署の者が気付いて、秘かに拘束したところ、タルボット殿だと分かりました」
カヌムが申し訳なさそうに話した。ランバートは話を聞くと落ち着いて呟いた。
「そうか、結果的には良かったのか……」
ランバートの反応にマクリアとカヌムは不思議そうな表情をした。それに気付いたランバートが理由を話した。
「王宮からの調査は数日中に始まると思うが、今日すぐと言うわけではない……。調査されることは可能性も考えて対処はしていたはずだ。だから、タルボットの事は問題だが対処は可能だろう?」
ランバートの話しに2人は頷く。そして対処の意味も理解していた。
「計画の失敗について詳細は聞いたのか?」
「いえ、まずはグランドマスターの判断が必要と思いましたので」
マクリアがそう答えると、ランドールは頷いて言った。
「それでは直接話を聞こうか」
ランドールがそう話すと、カヌムの案内でタルボットの所に向かうのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドの地下には様々な部屋があるが、裏職員が管理する一室にタルボットはいた。
カヌムがノックして中に入ってくると、その後ろからマクリアとグランドマスターのランドールが入ってきた。
「マスター、事情はよく分からないが迷惑を掛けた」
タルボットはランドールが居ることに気が付くと立ち上がって謝罪した。
タルボットの姿は王都を出発した時とは驚くほど違っていた。顔は小汚い髭が生え、髭越しにもやつれているのが分かる。体も一回り小さくなったと勘違いするほど痩せていた。
「その辺ですれ違っても、タルボットとは気付かないな……」
ランドールは呟くようにそう話した。
「作戦が失敗して、町だけじゃなく村も避けて、王都に戻ってきたからな。まともな食事はさっきカヌムに用意してもらったのが久しぶりだった。それに野宿じゃ寝ることもまともにできなかったからな……」
タルボットは自嘲気味に話した。目の下には隈ができていたが、目はギラギラとした感じだ。
「お前は国中で手配されている……。戻ってくるとは思わなかったぞ」
ランドールは作戦を失敗したタルボットが逃げ出したと思っていた。戻ってきてもギルドに処分される可能性は高いとタルボットも気付いていると思っていたのである。
「そうか、手配までされているのか……」
タルボットもその可能性はあると考えていた。だが、襲撃の時に見ていた状況では、キルティの仲間はほとんどが殺されたと勘違いしていた。だからタルボットの事を証言する者はいないのではないかと考えていた。
もちろん、そんな甘い考えだけを期待していたわけではない。だからこそ最悪の事態を考えて、町や村に寄ることなく王都に戻ってきたのだ。
タルボットは作戦を失敗した以上、ギルドからどんな処分がされるのか何となく分かっていた。しかし、それでもこれまで尽くしてきた冒険者ギルドに警告だけはしたいと考えて戻ってきたのだ。
「何があったのか説明してくれるか?」
ランドールに尋ねられ、タルボットは作戦内容やエルマシスター一行がどれほど非常識な存在であるのか丁寧に話した。
「絶対にエルマイスターにだけは敵対したらダメだ。そんなことをすれば冒険者ギルドは終わりだ!」
タルボットは最後にそう話すと、ホッとしたような表情になる。彼は冒険者ギルドに処分されるにしても、それだけは伝えたいと思っていた。彼も彼なりに冒険者ギルドを愛していたのだ。
ランドールもタルボットの気持ちは何となくわかった。しかし、それは手遅れだと現在の状況を説明した。
「説明した通り、冒険者ギルドは非常に難しい状況になっている。それでも、エルマイスターが我々の想像以上だということは分かった。ありがとう……」
ランドールの「ありがとう」を聞いて、タルボットは自分の処分がどうなるのか何となくわかった。
「俺のギルドカードに入っている金を家族に渡してくれないか?」
「……」
タルボットは最後にランドールに頼んだ。しかし、ランドールは何も答えなかった。代わりにマクリアが答える。
「ご家族は国に監視されています。ですが全額は無理でも、少しでも渡せるように努力しましょう」
「すまんな……」
タルボットはマクリアの話を聞いて、安心させるためにそう言ってくれたのだと気付いていた。それでも感謝の言葉だけは返した。
ランドールたちはそこまで話すと部屋を出た。
部屋の外にはタルボットの処分のために10人近くの裏職員が待っていた。彼らはある処分をするための専門の裏職員であった。
ランドールは裏職員の1人に声を掛ける。
「後は頼んだ」
裏職員は声を出さずに頷きだけ答える。
ランドールたちが歩き始めると、裏職員が部屋の中に入っていく。抵抗する音が聞こえないのは、タルボットは自分がどうなるか覚悟していたのだと、ランドールたちにも分かった。
「最後の望みを叶えますか?」
カヌムが念のために尋ねる。
「必要ないだろう。彼もなんとなく気付いていただろ」
ランドールの返答にマクリアも頷いていた。カヌムもそう答えが返ってくると思っていたのだった。
タルボットの事をこれ以降、見た者は誰もいなかった。
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