第12話 ハロルドの説明

ハロルド様を呼びにこの町の領主であるグラスニカ侯爵の使いが来た。やっとハロルド様からの説教から解放されると思い、笑顔で顔を上げるとハロルド様が私を見て話しかけてくる。


「これから塩のことを含めて話をすることになっておる。アタルも一緒に参加しないか?」


「お断りします!」


そんな政治的な話にかかわりたくない!


食い気味に断るとハロルド様は溜息を付いて、諦めた表情で話し始めた。


「ふぅ~、仕方ないのぉ。じゃが、絶対にこの町で問題を起こすなよ。自重を忘れるでない!」


「はい、お任せください!」


初めての町を探索できると思うと嬉しくなり、笑顔で元気よく返事をした。


「その笑顔が不安にさせるのぉ。できれば出かけないで、ずっとここに居て欲しいがのぉ……」


それは受け入れられない!


何のためにここまで来たのか分からなくなる。ハロルド様は何度も未練がましい視線を送りながらも領主の屋敷に戻っていった。


さあ、町を堪能するぞぉ!


私は急いで自分達のテク魔車に戻り、ラナとクレア、そして子供たちと一緒に町中に繰り出すのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ハロルドが侯爵の屋敷に戻ってくると、エドワルドとカークと一緒に会議室に移動する。会議室に入るとメイドがお茶を用意して、メイドが部屋を出ていくとハロルドが行動を始める。


収納から結界の魔道具を取り出す。

この魔道具はテントの魔道具と同じような結界を張ることができる。音を外に漏らさず、侵入を拒絶して物理、魔法の防御も広さも最大で10メルほどまで調整できるものだ。


ハロルドは取り出した魔道具をすぐに起動すると2人に説明する。


「これは結界の魔道具じゃ」


ハロルドは簡単に魔道具の説明をする。しかし、2人はハロルドが収納を使ったことに驚き、見たことも聞いたこともない魔道具に絶句している。


「これから話すことは、家臣だけでなく家族にも暫くは話さないでほしいのぉ。だから、結界の魔道具を使ったのじゃ」


ハロルドは真剣な表情をして2人にお願いする。


「な、なにから尋ねて良いのか……」


エイブル伯爵のカークは驚いて混乱しているようだった。


「ハロルド、エルマイスター領で何が起こっている? あの馬ゴーレムのウマーレムや30人に襲撃されたのに全員無傷で襲撃者を捕縛したこと、この魔道具やそれを取り出した方法も含めて驚きのことばかりだ!」


グラスニカ侯爵のエドワルドは驚きながらも、ハロルドが町に来てから疑問に思っていたことを質問したのだった。


「そうじゃのぉ、この数か月でそんな驚きが儂には次々と起きたのぉ」


ハロルドは遠い目をして、この数か月の間に起きたことを思い返していた。そのハロルドの様子に2人は驚きの表情でハロルドを見る事しかできなかった。


どんな事態が起きても、能天気に暴走すると思っていたハロルドが、そのような表情を見せるとは2人は思っていなかったのだ。


「それで、何を話すにしても、まずは秘密を守る約束をして欲しいのじゃ。2人が儂を裏切るとは思っていないが、約束を破れば儂は2人と敵になることになるからのぉ」


ハロルドは2人ならほとんどの事実を話したうえで、協力してもらえると思っていた。そして、それは絶対に必要なことだと考えていたのだ。しかし、裏切られたら友人であろうとも絶対に許すことはないと決意を固めて話したのだ。


2人もハロルドがそこまで話すことの意味を理解していた。エルマイスター領から流れてくる噂を考えても、普通では考えられないことが起きていると改めて理解したのだ。


「約束は守ろう。お前がそこまで話すということは、それなりに大きなことだと理解できる。そしてお前が俺達の不利益になるようなことはしないと、私は信じている!」


エドワルドは真剣な表情で答えた。


「私も約束を守りましょう。ただし、その内容が国や領地にとって脅威になるようであれば、ハロルド殿と敵対しても約束を守ることはできません!」


カークも真剣な表情で答えた。


「ふむ、基本的に国やお主たちの領地の脅威にならないと思うのぉ。じゃが、対応を間違えると大変なことになる可能性もある。それこそ国や我々の領地が、これまでと全く違った形になるのじゃ。

実際にわがエルマイスター領は日々新しく生まれ変わっておる。だが、その代わり方は良い変わり方だと思っておるのじゃ」


2人はハロルドの話を聞いて唾を飲み込む。それほどの話だと改めて納得した。


「わかった! だからいい加減もったいぶらずに話してくれ!」


エドワルドが我慢できずに要求する。


「そうです! 覚悟はできていますから話してください!」


カークも我慢できずに要求する。


ハロルドは2人が昔と変わらず信じられると思っていた。そして、これまで大変な思いをしてきた自分を思い出しながら、お前達もそうなるのだと笑いが込み上げてくるのを我慢する。


そしてハロルドは2人にこれまでのことを話し始めるのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ハロルドは大賢者かそれ以上の人物に出会ったことや、その人物により様々な魔道具や改革をしてきたことを2人に話した。2人は信じられないといった表情を何度もしていたが、信じられないような魔道具を幾つもハロルドが出したことで、信じないわけにはいかなかった。


思った以上に説明の時間が掛かり、精神的にも疲れた3人は昼食を挟み、引き続き話を続けるのだった。午後からは公的ギルドの説明を、ハロルドが資料を見ながらしたのだ。


「最後に説明をしたのが、実際にお主らが公的ギルドを導入する場合の方法の例じゃな。当然エルマイスター領とは事情が違うから、同じようにはできないはずじゃ。だから、簡単に導入できる部分や時間を掛けての導入方法に分けてある」


ハロルドが公的ギルドの説明を終える。3人共疲れた表情はしているが、目は真剣そのものだった。


「確かにすぐにエルマイスター領と同じことは不可能だな。いくら不正があるといっても、現状では冒険者ギルドを排除するわけにはいかないだろう。それに商業ギルドはそれ以上に反発がありそうだな」


カークが資料を見ながら話した。


「わが領も同じだな。結局は時間を掛けるしかないし、人材も育成しないと無理だろう」


エドワルドも同意するように話した。


「まあ、そのために導入方法の想定が細かく書かれているはずじゃ。それぞれで検討してくれれば構わない。しかし、グラスニカとエルマイスター間の人や物を運ぶ、公的ギルドの一部を先に導入したいのじゃ」


「それも資料にあったな。確かに我が領でも問題になり始めていた。エルマイスターのダンジョン素材が手に入ると話が出ているのに、護衛が見つからないと報告は上がっていた。商業ギルドからも相談されていたしな。

そちらで人材を揃えるなら、協力は可能だろう。結果的に我が領にも利益がでるのは間違いない。協力させてもらおう!」


エドワルドも悪くない話なので協力を了承してくれた。これでハロルドは少しホッとするのだった。


「我が領も前向きには検討するが、すぐには無理だなぁ」


カークは少し残念そうに話した。


「これで話は終わりか?」


いい加減疲れてきたエドワルドがハロルドに尋ねる。


「いや、本題はこれからじゃ」


「「なんだと!」」


ここまででも予想を超える話ばかりで、2人は理解するのが大変であったのだ。まさか、他にも話があるとは思いもしなかったのである。


「塩会議の話があるだろう。それについての話がある。これは2人にとっても朗報といえる話じゃ」


2人はハロルドの話に驚く。

確かに先程までの話は悪い話ではないし、信じられない話ばかりであった。しかし、2人としても一番の懸念事項である塩会議の朗報となれば、もしかしたらという思いが浮かび上がっていた。


「すまん。少し休憩を挟まないか? 色々と信じられないような話ばかりで疲れた。それに塩会議の話だとすると、一度気持ちを切り替えないと考えられそうもない」


エドワルドの提案に2人は了承して休憩を取ることにしたのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



結界の魔道具を止めて、メイドにお茶の準備させるとお茶を飲み始める。


3人は頭を休めてホッと息をつく。


「そういえば、昔ハロルド殿が酔っぱらって、大賢者は召喚されたのではなく、使徒として神様が遣わしたと言ってましたなぁ」


カークが何かを思い出したように呟く。


「そうだったなぁ。確か私も一緒に聞いた覚えがあるなぁ」


エドワルドも思い出したように呟いた。


「な、なに、儂が話したのか!? 儂は憶えてないぞ!」


ハロルドは露骨に動揺する。これまでエルマイスター家のごく一部の者にしか話したつもりがなかったのである。それが2人には酔ったときに聞いたと言われてしまったのである。


「それで、ハロルドはその人物が使徒だと考えているのだな?」


エドワルドがさらに尋ねる。今回の話を聞いていると、すべてに大賢者かそれ以上の人物が話にでてくる。それについて2人が尋ねても、ハロルドは誤魔化すだけであった。


「そんなのはわからん! ただ、そうだったことを考慮しているだけだ!」


ハロルドの答えに2人は考えを巡らす。昔話を聞いたときは夢物語だと思っていた。しかし、現実にハロルドの話を聞いた2人は、もしかしてと思い始めたのである。


「その人物を私達には会わせてはくれないのか?」


エドワルドが尋ねると、カークも身を乗り出してハロルドの返事を待つ。


「それは無理じゃな。本人は目立ちたくないみたいじゃ。特に政治的な思惑の絡むことは嫌いのようじゃな。今朝も一緒に来るように話したら断られてのぉ」


「そうなのか? だけど公的ギルドなんか政治が大きく絡むと思うけどなぁ」


カークは不思議そうな顔で答える。


「ま、待て! 今朝と言ったな。もしかして我が領に来ているのか!?」


「あっ!」


エドワルドがハロルドの話で気付いて尋ねた。カークも遅れて気が付いて声を出した。


「し、知らん! 儂は何も知らん!」


ハロルドは失敗したと露骨に動揺して誤魔化そうとする。しかし、エドワルドがさらに何かに気付いたようだ。


「おい! まさかお前が説教する相手とは……!?」


エドワルドの話にカークも驚きの表情をする。


これまでの話で、その人物が神の使徒と言われても信じたくなるほど、知識や力を持っていると2人は感じていたのだ。


そして、あのハロルドに自重できないと説教される大馬鹿の話を2人は思い出したのである。


それが同一人物だとすると、それは……。


そこに部屋の扉を叩かれる大きな音を聞いて、3人はビクッとする。すぐにエドワルドが返事をして入ってくるように言った。


執事が中に入ってくると、ハロルド達を気にする。エドワルドは目で問題ないと執事に伝えると執事が報告する。


「町中で騒動が起きているようです」


2人はすぐにハロルドの顔を見る。ハロルドはしまったという表情をするのだった。

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