第5話 混乱する

ヤドラスは馬車に戻ってくると、表のギルド職員に馬を世話するように指示する。そして、馬車の中で3人の裏ギルド職員と話し始めた。


「お前達には細かい事情を説明していなかったが、話しておくことにする。情報を知ったうえで協力してもらわないと対処できそうにないからな」


ヤドラスの真剣な表情に彼らも深刻な状況だと判断する。


ヤドラスは冒険者ギルドの不正の件は詳細には話さなかった。だがタルボットがハロルド暗殺を計画していることは話した。


彼らも裏ギルド職員である。冒険者ギルドを守るためには、法を逸脱する行為も選択肢のひとつでしかないと知っている。これまで情報収集がメインの彼らも、殺人を含めて違法行為を実際にしてなくても、その覚悟は持っていた。

しかし、国の貴族、それも辺境伯と言う高位の貴族を襲撃するなど聞いたことがなかった。それほど冒険者ギルドが追い詰められていると理解したが、混乱もする。


「では、先程の辺境伯様を襲撃し、その混乱を利用して情報を収集するのですね?」


比較的年配の職員は落ち着いて質問する。


「その予定だが……。失敗する可能性が高い気がする。人数的には襲撃メンバーの方が多いが、予想以上に護衛の騎士が優秀な感じがする。それにあのウマーレムがあれば苦戦することもありえる。さらに他の魔道具が存在する可能性もある。装備も初めて見るものばかりだ。

私なら今回の襲撃は見送るだろう」


職員たちは息を飲む。失敗すればことが公になる可能性がある。さらに冒険者ギルドが追い詰められるのだ。


「それにあの馬車も新品だった。馬車も我々の知らない魔道具の可能性もある」


「では、作戦を中止するようにタルボット様に知らせてはどうでしょう?」


「命令はできない。しかし、話しだけはする必要があるだろう。お前は馬車の中から出なかったはずだな?」


ヤドラスは馬車に残っていた裏ギルド職員に尋ねた。


「は、はい」


「ではお前が1人で村に戻ってタルボットに情報を伝えろ。中止するかどうかの判断はタルボットに任せるのだ。立場上私から命令はできないから仕方ない。ただし、中止を推奨していたと伝えればよい」


「わかりました」


「もし、中止しないようなら同行して結果だけ持ち帰れ。作戦には参加するんじゃないぞ! 危険を感じたら即座に離脱しろ!」


「はい!」


そして今度は一緒に挨拶にいった、裏ギルド職員2人に向かって話す。


「お前達はどちらの場合でも大丈夫なように考えておけ。どちらにしろ、エルマイスター領に行って状況を見てみないと対策も考えられないがな」


裏ギルド職員たちはヤドラスの的確な判断と指示に混乱する。

彼は冒険者ギルド本部から来てからというもの、尊大な態度と他人任せでやる気のない態度ばかりだったのだ。


ヤドラスは頭の回転の速い、優秀な職員として冒険者ギルド本部で出世していた。しかし、出世争いで敗れてこの国に左遷させられたのである。

出世の見込みのなくなった彼は、いい加減な仕事をしながら、無難に儲けられる方法を探していた。


この国で今の立場でも仕方ないと諦めていたのだ。


今回の任務を言われたときも、半信半疑でしかなかった。そして本当だとしてもグランドマスターが手柄を奪おうとしていることも理解していた。それくらいの謀略は本部に居れば当然だったのである。


しかし、ウマーレムを見て全ての報告が真実だと確信した。

そして、真実ならこの国の冒険者ギルドが追い詰められようと、その技術を手に入れれば冒険者ギルドに損はないと考えた。

その実績があればそれこそ本部に返り咲くことも、自分をこの国に追いやったあいつを見返すこともできると考えたのである。


そうなると、これ以上裏ギルド職員と敵対するのはまずいと考えたのである。

ヤドラスは出世のために頭を下げることも、グランドマスターをハロルドに差し出すのも、もう一度やり直すために必要だと考えたのである。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ハロルド一行はまもなく宿泊予定の村に到着した。ウマーレムに乗った騎士が2騎先行すると村の警備兵に声を掛ける。


「エルマイスター辺境伯の一行です。本日、村に宿泊する予定ですが、よろしいでしょうか?」


騎士の1人が普通に先触れとして、いつもの形式的な挨拶をした。しかし、警備兵は驚いた表情で返事をすることはなかった。


彼は見たことのないウマーレムに驚いて、話を聞いていなかったのである。


「すまない、エルマイスター辺境伯の一行なのだが、何か問題でも?」


ふたたび騎士が確認すると、ようやく警備兵は慌てて答えた。


「えっ、だ、大丈夫です。あっ、でも、たくさん人が来ていて……」


騎士は慌てふためく警備兵に、苦笑を浮かべさらに質問する。


「宿泊施設が空いていないということですね? なら、馬車3台で野営できる広場はありますか?」


「はい、すみません! え~と、兵士の野営地が空いてます!」


「ではそこを使わせてもらいます」


「はい、すみません!」


警備兵は舞い上がって答える。


混乱する警備兵に声を掛けると、一行に合流しながら文字念話で報告する。


村は特に検問があるわけではないので、ハロルド一行は指定された場所に門から入ると向かった。


警備兵は見たことのないウマーレムを含む一行を、呆然と見送っていたのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



タルボットたちは部屋で手下のリーダーを集めて作戦を説明していた。最初に報酬が上乗せになると話したので、全員がやる気に満ちていた。


大体の説明が終わり、後は相手の人数や戦力によって作戦を調整するだけだ。作戦を聞いてほとんどの者が楽な仕事だと安堵していた。


そこに手下の1人が部屋に来て報告する。


「エルマイスターの一行が到着したようです!」


タルボットは予定より相手が早く到着したと思ったが、準備が間に合ってよかったとホッとする。そして、予定通りの指示をした。


「よし、計画通り宿に出発すると伝えてこい! 全員に出発だと連絡させろ!」


タルボットとしては相手が時間的に早めに到着してくれて幸先が良いと思っていた。これなら暗くなる前に、襲撃予定地点まで移動できると考えたのである。


「相手の戦力はどれぐらいだ!」


さらにキルティが手下に確認する。


「馬車3台と騎士が12名ほど馬に乗って……」


手下は報告したが、最後は口籠る。しかし、キルティは嬉しそうに話した。


「予想の範囲内の戦力だな。これなら計画通りいけそうだ!」


「えっ、いや、それが、馬のような馬に全員が乗っていると……」


手下は自分の聞いた内容が良く分からず、混乱してわけがわからないことを言う。


「なんだ、騎馬が12騎とそれ以外にもいるのか?」


「いえ数はそれだけです。ですが馬のような馬は、馬じゃないと……」


キルティは意味の分からない報告に怒ろうとしたが、タルボットが指示をだす。


「とりあえず出発の準備をさせろ。相手の戦力は直接見に行くぞ!」


キルティもそのほうが早いと決断する。すぐにタルボットと宿をでたエルマイスター一行を見に向かうのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



タルボットはキルティの手下から、エルマイスター一行が野営地にいると聞いて向かった。


しかし、何故か野営地の周辺には沢山の村人たちが集まっていた。


タルボットとキルティは理由が分からず混乱したが、エルマイスター一行を見てその理由がすぐに分かった。


「あ、あれはなんだ!?」


「知らん!」


キルティの質問に、まったく理解できないタルボットも端的に答える。そしてさっきの手下の報告が間違っていないと思った。


『馬のような馬は、馬じゃない』


その通りだと2人も見て思ったのである。2人が呆然としていると、村人同士の話が聞こえてくる。


村人A「あれは馬ゴーレムのウマーレムというそうだ」

村人B「なんでそんなこと、知ってるんだ?」

村人A「警備隊長が教えてくれたんだよ」


2人も馬ゴーレムのことは知っていたが、見たことはなかった。それでも貴重な情報が入ったので戻りはじめる。


「兵士も予定通りの人数だ、皆殺しにしてあれを手に入れられそうだ。あれは売れば高いよな?」


キルティは嬉しそうにタルボットに尋ねる。


「あんなもの売れるわけねえよ。絶対に足が付く」


タルボットはそれ以外のことが気になるのか、簡単に答えた。


「ああ、でもそういうのを欲しがる奴もいるし売りさばく奴もいる。どうやって運ぶかだな……」


キルティはすでに手に入れた気になって、あれこれ考え始める。


「あんなのがあるということは、計画を練り直さないと無理だ」


「おいおい、今さら計画を中止とか言い出すなよ!」


タルボットは馬ゴーレムを見て、報告にあった魔道具のことを考えていた。そしてエルマイスターに未知の魔道具が次々と出てきていることで、慎重に行動すべきだと考えていたのである。


自分達の知らない戦闘用の魔道具があるとしたら。

馬ゴーレムの能力はどれほどあるのか。相手が逃げに徹したら追いつけるのか。

そして、戦力差が思ったより少ないかもしれない。


そんなことをタルボットが考え、中止を含めた延期を決断しようとしていた。


「タルボット様」


そこにはタルボットに声を掛ける見知った男が立っていた。


「お前は……」


男は疲れた表情をしているが、ヤドラス配下の裏ギルド職員であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る