第32話 現在の周辺状況

朝起きて朝食に行くと、当然のようにエルマイスター家の面々が普通にテーブルに付いている。


「おはようございます」


挨拶をするとハロルド様やレベッカ夫人、アリスお嬢様やセバスさんなども挨拶を返してくれる。


なんだかなぁ~。


子供たちは自分達で食べるのか屋敷には来ていない。


「朝食が終わったら会議室へ直行じゃ」


ハロルド様は気合十分である。


しかし、自分は少しお疲れ気味であった。

昨晩はラナの日だったのだが、昼間にレベッカ夫人と秘密会合が開かれたようで、新兵器(新魔エッチ)の情報が漏洩してしまった。ラナはその情報を元に、新兵器の実践訓練を始めてしまったのである。


レベッカ夫人ほどではないが、ラナも初日から少しは使えるようになったので、経過時間の割に元気であった。


本日はクレアを秘密会合に参加させるようで、自分の知らない所で兵器関連の話が進んでいるようだ。


まあ、不器用で恥ずかしがり屋のクレアは簡単には覚えないだろう。



   ◇   ◇   ◇   ◇



朝食が終わると、お茶は会議室で飲めばよいと言われ、引きずられるように会議室に連れて行かれた。


会議室にはルークさんがすでに待っており、大量の資料を用意している。


「早速だが、まずはお願いじゃ」


ハロルド様がルークさんから資料を受取、それを渡してきた。資料には魔道具名もしくは魔道具の機能が書かれており、その横には数字が記載されていた。


「そこに記載のある魔道具を優先度の高い順に作って欲しいのじゃ」


え~と、10頁以上あるんですが……。


「最初の1枚目は王都に送りたい魔道具じゃ。冒険者ギルドから押収した証拠品を届けるのもあるが、今後は王家とも連絡が必要になる。

ここは王都まで距離があるから、どうしても連絡に時間が掛かる。だから、郵便システムが必要になるのじゃ。

すぐに王家にまで提供することは考えていないが、儂の息子経由で王家や宰相とやり取りを考えている」


しかし、新たな魔道具を国が知れば問題になりそうだけど、大丈夫なのかなぁ?


「それに、レベッカの為にも王都と連絡が簡単にできるようにしたいのじゃ」


くっ、その言い方は……。


私が動揺しているとハロルド様がさらに追い詰めてくる。


「アタルが政治的なことも引き受けてくれるなら、儂も問題ないのじゃがのぉ」


「て、提供はします。しかし、政治的な事はハロルド様に任せますし、そのことで問題があればハロルド様が対処してくださいよ?」


「うむ、任せてくれ!」


ハロルド様は自信満々に答えているけど、ルークさんが不安そうにしているのが、気になるぅ!


「それと2枚目から半分以上は公的ギルドで必要な物じゃ。詳細はルークが説明する」


ハロルド様に振られたルークさんが、さらに資料を持ってきて説明を始める。


「すでに冒険者ギルドと商業ギルドとは関係が破綻しています」


えぇぇぇぇ、そうなのぉ~。


「ですが、すでに対処は終わっています。冒険者ギルドは実質的には護衛斡旋だけの窓口となってますし、商業ギルドはこの町の実質的な責任者を味方にしてあるので、領内では問題になることはないでしょう」


いつのまにぃ~。


「すでに住民の利用しやすい場所の建物も確保しました。その場所に公的ギルドの出張所を用意するつもりです」


資料を見ると、門の近くには買取所やATM魔道具、ポーション販売機の設置もある。商業ギルドの近くや屋台街の近くには、公的ギルドの販売所なども設置するようだ。


驚くほど利便性がよく考えられている。設置する魔道具はすでに作製した物ばかりなので、レシピから簡単に作製できるはずだ。素材はスライム溶液以外足りているので、数日で対処できそうだ。


問題は魔法金属を含む金属類が減るばかりで、これではすぐに枯渇してしまいそうだ。シュガの実や海水から不要な素材は分別してあるが、各種金属を抽出するような魔道具を作製して、どれくらいの金属素材が確保できるか確認しないとダメだろう。


他にも気になることがあるので確認する。


「魔道具はこの程度なら用意できますが、人材は大丈夫なんですか?」


「はい、アタル様の作ったシステムで効率的に仕事ができるようになりました。これまで3人~5人でしていた仕事が1人で済むようになっています。

それに、初めて仕事をする人にも簡単に覚えられるので、それほどの熟練度は必要ありません。結果的に人材に余裕ができたことで、公的ギルドを正式に運用を始めることにしたのです」


ルークさんが丁寧に説明してくれると、ハロルド様からも話が追加された。


「それだけではない。これまでエルマイスター家で働いていた女性や、仕事をしていなかった者達も、仕事をしたいと言い出して大変じゃ」


ルークさんも苦笑いして詳細を教えてくれた。


「アタル様の作る下着が欲しいようで、お金も必要になりますから、仕事をしたいという申し出が殺到しています」


ああ、そういうことねぇ。


確かにあの下着は色々な意味で便利だし、女性は間違いなく欲しがるだろう。


「わかりました。とりあえず一番の問題はスライム溶液ですね。現状ではいつもの場所で確保できますが、そのうちスライムがいなくならないか心配な勢いですねぇ」


領都の排水処理場のような場所で、毎回万単位でスライム溶液を確保している。見た目でも少しずつスライムが減っている気がする。


「確かにそうじゃが、最近は冒険者の数も増えてきてるし、ダンジョン素材を町で流し始めたら、さらに人が増えるだろう。そうなればスライムの繁殖も増えるが、アタルが駆除してくれるから、余分な仕事が減って大助かりじゃ」


やはり汚水とかでスライムは繁殖するのかぁ。解体したときに出たごみも回収して、スライムが減りそうならあそこで捨てるのもありかもしれない。


「それではアタル様の日程に合わせて予定を組みます」


ルークさんがホッとした表情をする。


それほど大変だったのだろうか?


不思議そうにルークさんの顔を見ていると、ハロルド様が気付いたようで説明してくれた。


「実はダンジョン素材の販売を早く始めたいのじゃ。商業ギルドとも色々あるから素材を買い取っているが、販売ができない状況でのぅ。エルマイスター家にある現金が底をつきそうなのじゃ……」


確かにダンジョンで素材を買い取っているが、売った話は聞いていなかった。


教会と冒険者ギルドからそれなりに賠償金が入ったらしいが、買取金額の方が多すぎるらしい。


亜空間から金を持ってくることはできるけど、倫理的にやりたくない。いや、やりたくないのではなく、際限が無くなりそうで怖いのだ。


基本的に亜空間のお金を使うのは止めよう!


「あと残りは我が領の分でもないし、それこそアタルに相談したいのぉ」


ハロルド様がそう話すと、ハロルド様とルークさんによりエルマイスター領の周辺の事情と、塩について説明してくれた。


エルマイスター領の隣にはグラスニカ侯爵が治めるグラスニカ領があり、その先にはエイブル伯爵が治めるエイブル領がある。

グラスニカ領と隣国の間にはヤドラス子爵が治めるヤドラス領。グラスニカ領を挟んだ反対側は王都に続くカービン伯爵が治めるカービン領がある。


エルマイスター辺境伯、グラスニカ侯爵、エイブル伯爵の3領主は非常に仲が良く、ヤドラス子爵と仲が悪い。カービン伯爵は中立派だが、最近はヤドラス子爵を快く思っていないらしい。


収穫時期の10月頃に塩会議と呼ばれる塩の取引を決める会議が開かれる。前はエルマイスター辺境伯とグラスニカ侯爵、エイブル伯爵、そしてヤドラス子爵の4人で話し合ってきた。しかし、去年からカービン伯爵も参加するようになったのだ。


この会議は塩の輸入を抑えているヤドラス子爵が主導で話を進めていて、価格を操作してヤドラス子爵が不当に利益を上げていると噂されているが、明確な証拠がないため、現状は言いなりになるしかない状況ということだ。


ああ、それで塩が確保できたと報告した時に、ハロルド様があれほど喜んだのだろう。


「すでに必要な塩は数年分を我が領だけでなく、周辺の分まで確保できそうだ。備蓄も1年分はあるが、それを含めてヤドラス以外と協力をしたいのじゃ」


ハロルド様は今年の塩会議で、隣国からの購入をしない方向でヤドラス以外と協力したいらしい。


「ヤドラスは大丈夫ですか。本当に不正がないなら困るんじゃありませんか?」


「それは問題ない。塩は国の方針で領主が勝手に関税をかけて、利益を上げてはダメな事になっているのじゃ。不正がなければ影響はないはずだ!」


厳密には塩の流通に携わる人には影響があると思うが、そこまでは私が判断することでもない。


あまり深くかかわると面倒臭い話になりそうだぁ。


私は詳しく状況や環境を質問して、幾つかの運用の提案だけして後は任せることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る