第6話 着々と①
今日はダンジョンとその周辺の開発に向かうため、いつもより早く目を覚ます。
隣にいるはずのラナは既に起きていなかった。たぶん早く起きて準備をしてくれているのだろう。
夫婦のリビングに行くとクレアがお茶を飲んでいた。
「旦那様、おはようございます」
「おはよう、クレア」
そう言ってクレアの頬に軽くキスをする。
レベッカ夫人がローテーションに入ってから、クレアが元気になった気がする。
やり過ぎたのかなぁ~。
エッチを覚えたての若者か猿のように、欲望のままに暴走したことを反省する。
それにクレアは騎士団の隊長として毎日が充実しているようで、夜のお勤めが減ったことを一番喜んでいる気がする。
まあ、結果的には良かったのかな?
クレアと1階の食堂に行くと、なぜかハロルド様とレベッカ夫人もいた。
「え~と、おはようございます。こんなに早くからハロルド様まで見送りに?」
レベッカ夫人も外で合流するはずだったと思うけど……。
「アタルに確認を色々とな…」
確認? 何か嫌な予感が……。
「嫌そうな顔をするのぉ。別に大した話じゃないから安心してくれ。毎日連絡をして欲しいということじゃ。
それと、冒険者ギルドとの話し合い次第では、アタルがダンジョンに居る間に探索ギルドを始めるかもしれん。その場合の対応について、今日中には書類が出来上がるはずじゃ。
それをアタルにも早めに目を通してもらい、問題点があれば早めに連絡してほしいのじゃ」
そんなことかぁ~。
「わかりました。早めに確認しますので大丈夫です」
「それと計画にない行動をする時は、早めに連絡してくれ! 書類だけ送って勝手に始めるのじゃないぞ!」
やはりこの前の役所の件とかを根に持っているな。
「だ、大丈夫ですよぉ~」
「お前の大丈夫ほど、信用できないことはないのぉ~」
くっ、やっぱり全然信用されていない。
それから何度も同じような忠告をされて、精神的に疲れた状態で出発することになってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
大賢者区画の出口付近に大勢の人間が集まっていた。
今回はダンジョンに常駐する兵士も多いので数が随分と前回より増えている。それにダンジョン前にも公的ギルドの施設も建てる予定で、その常駐職員も一緒に移動する。
ダンジョンの3層の買取所で常駐する兵士を7人、6層にも7人、10層には20人ほどが常駐する。我々の護衛に15人いるので50人近くの兵士、第7部隊の半数近くが今回の作戦に参加している。
最初の1ヶ月は第7部隊だけの参加だが、恒久的にこの体制を継続することになれば、他の部隊から兵士を集めて、第8部隊としてダンジョンで任務する予定である。
公的ギルドの出張所には、冒険者ギルドから引き抜かれた職員8名と、役所から公的ギルドに移動になった4名で、暫定的に運用する予定である。
前回の出発時よりも人数は何倍にも増えての一団である。
レベッカ夫人がいつもの服とは違って防具を付けて、用意された台の上に乗る。
「みなさん、エルマイスター領は日々進化しています!」
レベッカ夫人の話にみんなは真剣に耳を傾けている。
「今回の任務も、更なるエルマイスター領の発展の為に、非常に重要な任務になります。しかし、だからこそ怪我や命を落とすようなことはあってはなりません。
輝けるエルマイスター領の未来に、あなた達の力を貸してください!」
「「「はいっ!」」」
普通に「はい」という返事だったが、気合が入った女性の声が揃ったので、意外に心に響くものがある。
レベッカ夫人と俺は馬車に乗り、後ろの馬車にギルド職員が乗って出発する。
兵士は数も多いので、歩きで前後を護衛して移動する。
女性兵士だけの一団が真っ直ぐと南門に向かうと、朝早くから仕事をする人々が拍手で見送ってくれる。
女性兵士だけの集団は珍しいのだろう。それに嬉しそうに見送る人の大半が、女性が多いのもあるのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
ダンジョンが近くなると、ざわざわと兵士が騒ぎ出している。
実はダンジョン周辺の様子がまるっきり変わっているのだ。
ダンジョンの入口の左右に、石で作った5メルの高さの壁が真っ直ぐと伸びていて最後に右に曲がっている。
ダンジョンの入口に向かって左側は、その壁に続いて前回作った兵舎まで囲むように、外壁で守られた敷地が広がっている。
ダンジョンの入口から壁に挟まれた道は、右に曲がると木造の2メル程の高さの壁で最後は塞がれている。
右側は壁があるだけで、途中にダンジョンに入るための門があり、門には検問所が隣接しているだけである。
一行は外壁にある正面の門からは入らず、迂回して兵舎に繋がる門から敷地内に入る。兵舎の敷地は広くなり、外壁側と外壁内へ続く入口がある。
我々は広くなった敷地に馬車を止める。
「今日は兵舎で宿泊して、明日の早朝にダンジョンへ入ります。第7部隊は第3部隊に協力して周辺の魔物を討伐してもらいます。ギルド職員は午後から公的ギルドの準備を始めてもらいます、ですから午前中は休んでください」
レベッカ夫人が大きな声で指示を出す。
ダンジョンには明日から入る予定で、今日はこの外壁内を整備する予定になっていたのだ。
それぞれが動き始めると、私とレベッカ夫人は中の指揮官執務室に向かう。カルアさんとブリッサさんも同行している。
カルアさんがノックして執務室に入ると、第3部隊の隊長であるカービンさんと2名ほど兵士が居た。
「レベッカ様にアタル殿、任務ご苦労様です。先に第7部隊との任務の話をさせて頂いて宜しいでしょうか?」
「ええ、お任せしますわ」
レベッカ夫人が返事すると、カービンさんはテキパキと指示して、カルアさんとブリッサさんは部屋にいた兵士と部屋を出て行った。
「あとは彼らが第7部隊と連携して、周辺の魔物討伐に出発するはずです」
カービンさんは前回と違い、無精ひげもないし清潔な感じで、余裕のある雰囲気をしている。
「事前に指示にありました、外壁内には人が入らないように指示してあります。アタル殿、また、驚くようなことをするんですか?」
はい、する予定です!
その為に素材集めと生産をしまくって、今日まで準備してきたのである。そして、その素材集めのついでに、ダンジョン周辺の外壁だけ造ったのである。
外壁を造った時は第4部隊がここにいたので、交代した時には驚いた事だろう。
「まあ、今回は大したことありませんよ」
嘘です!
「そうですかぁ~、団長から指示があった時は、何が起こるのか楽しみにしていたんですが、いつも予想外なことはできませんよね」
「はい、今回は午前中だけですし、あまり期待されても……」
中々の演技だと自画自賛したくなる。
「いやぁ、申し訳ありません。それでも領都も毎日のように様変わりするので、期待してしまいました。領都の兵舎と訓練場に1日で新しい施設が建った時は本当に驚きました。
あの施設は妻も子供も大喜びで、毎日のように行ってますよ!」
確かにハロルド様のお願いであった兵舎の改修は、気合を入れてやった覚えがある。
まあ、やり過ぎてハロルド様に怒られたけどね。
兵舎は造りも古く、改築では中途半端になると考えて本格的に建て替えたのだ。
兵舎と言っても住んでいたのはほとんど女性兵士で、男性兵士は交代で泊まりこむぐらいで、女性用兵舎が完成したので、それほど重要ではなくなっていた。
しかし、女性兵士だけ優遇されているとまた不満を言い出す男性兵士がいて、それでハロルド様に何度も頼まれたのだ。
訓練場もこちらは使われなくなったので潰してしまい、1階に大食堂、2階の半分を大浴場にして、残りを兵士の宿泊施設と休憩室にしてしまったのである。
大食堂と浴場は、エルマイスター家で働く人達の家族も、利用できるようにした。
料金は朝食が銅貨1枚、昼食が銅貨2枚、夕食が銅貨3枚で勤務中の食事は無料で食べられるようにした。さらに追加メニューなども充実していたので、家で料理をしなくなったところが多いらしい。
しかし、そのことで料理人がたくさん必要になり、手の空いた奥様連中が喜んで料理人として働き出したのである。
「時間もあまりないので作業してきます」
「よろしくお願いします」
さあ、ここも本格的に整備しますか!
この場所の整備に関してはハロルド様にも事前に了解を取っているから安心だ。
説明した時は半信半疑のハロルド様だったが、セバスさんに「アタル様のすることですから」のひと言で、諦めた表情をされたのも最近は慣れてきたのだった。
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