第13話 ダンジョン10層

3層と4層の間の階段で一晩過ごして、今日から4層を進んで行く。


昨晩は1人寂しくテントで寝ることになった。

クレアから体力を温存しないとダメだと言われ、クレアは私のテントに入ろうとしなかった。


しかし、1人になると新しい魔道具や改良が非常に進んだ。


まずは亜空間経由の手紙のやり取りである。食堂と同じように亜空間経由で料理の代わりに手紙を送り、公的ギルドカードに通知が表示されるようにした。


これにより報連相が簡単に出来るだろう。


魔力の補充が簡単に出来るようになれば、もっと便利で高機能なシステムの構築も出来るだろう。


実際にシステムの構築はほとんど完成しているが、まだ変更も発生するだろうし、様々な問題を解決しないと、実際に運用を始めるのは難しい。


手紙のやり取りも、ダンジョンを出たら暫定的にハロルド様達だけできるようにすることにした。


公的ギルドカードの進化もまだありそうだし、公的ギルドカードの更新方法も考えないとダメだ。


出発の準備をしてテントを出ると、すでに自分以外のみんなは準備が終わっていた。


獣人冒険者のダルトとキジェンはこれから地上に戻ると挨拶に来ていた。


「アタルさん、孤児院が引っ越したそうでありがとうございます。領都に戻ったら顔を出してきます」


んっ、それは出来ないかもしれないよ?


「お礼はハロルド様に言って下さい。だけど孤児院は入れないのじゃないかな?」


私はクレアに質問する。


「あぁ、確かに暫くは難しいかもしれませんね。孤児院の場所は規制されているので、許可のある者しか入れません」


獣人パーティーの全員が残念そうな顔をする。


「みんな人相が悪いから、捕まっちゃうんじゃないかなぁ」


冗談でそう話すと、獣人パーティーの全員が落ち込んでしまった。


「旦那様、いくら何でもそれは言い過ぎです!」


「いやぁ、ゴメン! 冗談だから気にしないでね」


最後にお互いに挨拶して、我々は階段を降りて4層を進み始めるのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



4層で初めて見る魔物がいた。


ゴブリンだ!


10歳の子供ぐらいの体格で、手には棍棒を持っている。肌は緑色で全身に体毛は一切生えていなかった。


体は小さいが筋肉質の体をしており、素早く動いて棍棒で殴りかかって来る。


「ゴブリンは1体なら問題なく倒せます。2体でも大丈夫ですが、3体では慎重に戦わないと危険です。4層では集団で行動していることはほとんどありませんが、階層が進むと群れで襲ってくることがあります」


でも、みなさんゴブリンを見付けると、嬉しそうに首を切り落としてますねぇ。


ゴブリンからは、魔石以外素材になるものは無いが、訓練になるので兵士は嬉しいらしい。


途中で角ナシボアと角アリボアが現れた時は、何故か全員のテンションが高かった。戦闘が終わって話を聞くと、高級食材になるらしい。


ダンジョン以外で遭遇することは少ないし、倒しても運ぶのが大変で、どうしても価格が高くなるようだ。


解体を始めようとするみんなを止めて収納する。


全員が驚くほど落胆している。クレアまで悲しそうに俺を見てくる。


「食堂で我々用に料理するようにお願いしておく。早ければ今晩にも食べられるだろう」


そう話すと跳び上がって喜んでいた。


5層に入ると予想以上に魔物が多くなり、人の通った後もほとんど分からなくなる。


大雑把な地図を使って進むのだが、地図スキルのお陰で、特に迷う事もなく進む速度は大きく変わらなかった。


魔物の数が増えてもてこずる気配はない。


順調に6層も進み7層に降りる。


「どうしますか、ギリギリ次の階層まで進めますが?」


クレアに相談される。


「止めましょう、無理は良くありません。それにこの階層は誰も居ないのでゆっくりできそうじゃないですか?」


「冒険者のほとんどが3層か4層で泊まります。それ以上進んでも運ぶのが大変で、儲からないようです」


「えっ、それじゃあ探索している冒険者はこの辺にはいないの?」


もっとバリバリと探索していると思っていた。


「上位の冒険者は10層まで進みます。10層にはボス部屋と呼ばれる部屋があり、そこの魔物の魔石は価値が高いですし、10層はボス部屋以外に魔物がいません。安心して泊まることができます」


更に詳しく聞くと10層より下の階層の魔物は魔石の価値が高く、素材も高いが持ち運びが大変な為、冒険者は魔石だけ持ち帰ることが多いそうだ。1回ダンジョンに入ると10日以上いることが多いらしい。


自分の考えていたダンジョン探索とは全く違う感じだ。


確かに収納が使えないと必要な物は運べないし、素材も持ち帰れないだろう。


「大賢者様が40層まで行った伝説が残っていますが、最近は20層まで進んだ冒険者の話は聞いたことがありません」


命を懸けて、夢やロマンを求めないのかぁ。


時間が早いので、班ごとに交代で7層の探索に出かけて行った。7層からあのオークが出るらしい。


オークはボア系より高価で美味しいと言っていたが、2足歩行の魔物を食べるのは抵抗がある。


その日もコツコツと1人で開発を進めるのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



翌朝、目を覚ましてテントから出ると、やる気に満ちた皆さんがいた。


目がギラギラして怖い!


クレアに理由を聞くと、女性兵士は10層まで行ったことはあるが、ほとんどオークとの戦闘に参加させてくれなかったらしい。


昨日は交代でオークを30体以上狩ったらしい。


予想以上に戦えるのが楽しくて、気合が入っているそうだ。


7層を進み始めると、魔物より護衛の方が怖いくらいだった。

集団でオークを取り囲み、笑顔で手や足を切り刻むのは止めて欲しい。


戦闘を避けられる魔物がいても、コースを調整して戦闘しているし、8層になり魔物が増えても状況は変わらなかった。


9層になると3体~5体のオークが集団で襲ってくるようになると、慎重に戦闘するようになったが、誰一人怪我することなく進むことができた。


過剰に戦闘したことで10層に着いたのは暗くなり始めた頃だった。


10層は崖の上のようなところから、橋のようなものがあり、下は海のようになっている。


橋を渡った先に石造りの祠のある塔が海から突き出しており、その祠に入るとボス部屋があるそうだ。


崖には少しだけ木や草が生えているが、そこには既に沢山の冒険者が寝ころんでいた。


テントを出す場所はあるけど、木や草が生えている場所は無理だなぁ。


すると2人の冒険者が我々の方に近づいてくる。


雰囲気的には危険な感じはしないが、ぞろぞろ寝ころんでいた冒険者も後ろから付いて来る。


近づいて来た冒険者の1人が話しかけてくる。


「騎士団の人ですか?」


ダンジョンに長期間いるはずなのに、意外に汚れていない。


たぶん洗浄ウォッシュを使える冒険者がいるのだろう。


「エルマイスター家騎士団第7部隊隊長のクレアだ」


クレアが大きな声で答える。

他の冒険者にも聞こえるように、わざと大きな声で答えたのだろう。


冒険者は溜息を付いている。


なぜに?


「ボス部屋で戦闘はされますか?」


クレアは俺を見てくる。


どういうこと?


「だ、アタル様、どうしますか?」


どうしますかと言われても意味が分からない。


良く見ると護衛のみんなは期待するような目で俺を見ている。


「え~と、どういう事かな?」


「通常騎士団がダンジョンに入る場合は訓練になります。ボス部屋の魔物は1時間に1回しか復活しないので、騎士団が優先的にボス部屋の魔物を倒します」


へぇ~、そんな仕組みなんだぁ。


魔物を倒すのは訓練という事なんだろう。


「みんなは戦闘がしたいの?」


「「「したいです!」」」


その気持ちは私には理解できない。


したいならすれば良いけど……。


なぜか冒険者たちが残念そうにしている。


「彼らはなぜ嫌そうにしているのですか?」


「そ、それは……」


んっ?


「儲けが減るんですよ」


質問してきた冒険者がクレアの代わりに答えてくれた。


あぁ、そう言う事かぁ。


ボス部屋の魔物の魔石や素材なんかは高価なのだろう。


「じゃあ、戦闘は止めましょう。今回は調査です」


冒険者たちは大きな声を出して喜んでいる。


逆にクレアを含む護衛のみなさんは露骨に落胆している。


「アタル様、こんな機会は初めてなんです。戦闘させてください!」


「カルア!」


カルアさんがお願いしてきたがクレアは注意する。


「すみません、ですが今回は調査です。苦労して何日もここで頑張る彼らを無視できません。彼らのお陰で魔石や素材が領に流れるのです。今回は諦めて下さい!」


今回は我慢してもらおう。


悪い冒険者は容赦する必要は無いと思うが、努力する彼らに戦闘がしたいだけで儲けを奪うのは申し訳ない。


んっ、儲け?


「すみません、戦闘する順番とか決まっているんですか?」


冒険者に質問してみる。


「あぁ、ちゃんとルールがあって順番は決まっているのさ」


もしかして?


「彼女らに戦闘を任せて、素材なんかを譲るのはダメですか?」


「「「えっ」」」


護衛のみなさんも冒険者も驚いている。


「それは構わないが……」


おっ、冒険者側は大丈夫そうだ!


護衛のみんなに聞こうとしたが、表情から大丈夫そうだ。


「クレア、悪いけど明日以降に彼らと相談して調整してくれないか? ボス部屋の魔物と戦闘経験するだけでも良いだろ?」


「わかりました!」


露骨に喜んでいやがる。


「そう言う事でお願いできますか?」


「俺達に異存はないけど、本当に良いのか?」


「先程も言ったとおり、我々の目的は調査です。まあ、訓練もしたいようですが、冒険者の皆さんに迷惑を掛けるつもりはありません。別に報酬が欲しいわけではないので安心して下さい」


「わかった!」


冒険者たちは大喜びしている。


護衛のみなさんも喜んでいるようだ。


誰もが喜ぶ方法が見つかり、良かったと思うのであった。

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