第2話 魔力酔い

神託で大賢者の屋敷に呪いなど無い事がわかったが、それをレベッカ夫人にどう説明するか悩んでしまう。


まさか神託がありましたとは言えないよねぇ~。


魔力感知スキルで通りの奥を見ると、赤い霧のような魔力が濃くなっていくのが分かる。


最奥は見えないほど赤い霧が濃くなっている!?


本当に身体強化で大丈夫なんだよね?


「え~と、た、たぶん、原因がわかったと思います」


「本当に!」


だ、だから、近すぎですぅ。


レベッカ夫人がまるで抱きつく勢いで近づいて来る。


「た、たぶんです。か、確認したいので、離れて貰えますかぁ」


ほ、本当に、ま、不味いです。魅了スキル持ってませんかぁーー!


最後は悲鳴のような感じでお願いすると、仕方がない感じで離れてくれる。


少し腰を引いた状態で、原因について説明する。


「お、奥に行くほど魔力が濃くなっているようです。魔力が異常に濃い場所に人が入ると、魔力酔いの症状が出て気持ち悪くなり、最終的には気を失ってしまいます。

大賢者の屋敷が魔力スポット、魔力が噴き出すような場所にある可能性がありますね」


真剣に話をしているのだが、腰を引いた状態で話しているのが情けない。


シャルとクレアさん達は軽蔑するような表情をしているが、レベッカ夫人はまるで気が付かずに、真剣な顔で説明を聞いていた。


「確かにその説明なら、これまでの状況に合致はするわね。……でも、他の可能性がないわけでも……」


レベッカ夫人は、独り言のように話しながら、考えを巡らしている。


「私は濃い魔力でも問題ありません。奥に行って確認してきます」


そう話すと、クレアさんが慌てて止めに入る。


「一人では危険です。もし具合が悪くなって倒れでもしたら大変です!」


確かにそうだけど……、生命の女神様、大丈夫ですよね?


思わず空を見上げて、心の中で呟くと、


『大丈夫ですよ』


絶妙なタイミングで神託が届いた。


まさか心の中を覗いてないよね?


返事の神託は来なかった。でも確認が必要だと心の中にメモをする。


「大丈夫ですよ。最初は様子を見ながら少しずつ奥に行きますので」


「それなら私も一緒に行きます!」


「ミュウもいくぅ」


ミュウはさすがに無理だよ。クレアさんはどうしようかな?


「ミュウはダメだよ。シャル、ミュウを捕まえておいてね。クレアさんもここで様子を見て下さい」


「いえ、私はアタル様の護衛です。アタル様が危険な場所に向かうのに、待機していることは出来ません」


あ~、この顔を説得してもダメな顔だぁ。


まだ様子見だし、少しずつ進めば大丈夫だろう。


「では、ゆっくりと進みますので、ついて来てください」


クレアさんが他の護衛にはここで待機するように指示を出したのを確認すると、身体強化が常時発動になっていることを確認すると、少しずつ前進を始める。


そういえば身体強化は寝る時も常時起動にしていたなぁ。


そんな事を考えながら、魔力感知でそれほど魔力が濃くないので、最初はあまり警戒しないで進んで行く。


3分の1を過ぎると明らかに魔力が濃くなり始める。


「クレアさん、この辺から魔力が濃くなりますので警戒してください」


クレアさんは無言で頷いてくれる。


魔力感知を使うと数メル先しか見えなくなる。しかし、手を顔の前まで持って来てじっくり観察すると、赤い霧は腕に纏わりつくが1ミメル程の所から、腕に近づいていない。


これが身体強化の影響なのかな?


ただ呼吸する空気には濃い魔力が混じっている気がする。


だ、大丈夫なんだよね?


更に進むと手を伸ばしてみると、指先を見ることの出来ないくらい魔力が濃くなっている。不安な気持ちが強くなったが、不思議な事に逆に体の体調は良いくらいで、体が軽く感じる。


これでは周りが見えないので魔力感知を使うのを止めると、先程までの景色が嘘のように、周りが見えるようになる。体に何か纏わりついている感じはあるが、特に問題は無い。


そう言えばクレアさんの事を忘れていたと思い出し振り向くと、少し手前で止まって目の焦点が合っていない様子で、今にも倒れそうになっているのが目に入った。


しまった!


急いでクレアさんに近づくと、クレアさんは後ろに倒れていくので、抱きかかえるように体を支える。


想像以上に軽いのか、軽く感じたのかわからないが、クレアさんの体重をほとんど感じなかった。しかし、体の柔らかさはハッキリと感じることが出来る。


やわらかーーーい!


い、いや、今はそんな事を考えている場合ではない。クレアさんを見ると意識が完全に失っているようだ。


護衛の人達がこちらに走って来るのが見えたので、クレアさんをお姫様抱っこして立ち上がると、元居た場所に向かって走り出す。


「みなさんも戻ってください。皆さんまで倒れたら困ります!」


護衛の人達にそう言って、一緒にレベッカ夫人が待つ場所まで戻る。


「ク、クレアは無事なの?」


「やはり魔力酔いですね」


鑑定でも名前の横に『魔力酔い』と表示されていた。


魔力感知を使ってクレアさんを見ると、全身に斑点のような赤い痣が見える。腕の赤い斑点に魔力操作で魔力を散らすイメージで使うと、すぐに斑点が消えてなくなる。


手や足、頭や顔を同じように斑点を消していくが、クレアさんの意識が戻る気配は無い。


他の皆には赤い斑点が見えていないので、不思議そうな顔で私の行動を観察している。


後は胴体だけに斑点が残っているが、さすがにその部分を触り始めるのは……。


「アタルさん、先程から手や足、頭などを触っていますが、何をしているのですか?」


レベッカ夫人が普通に聞いてきた。


「魔力感知で確認すると、体に魔力が痣のように張り付いて見えるので、その部分を魔力操作で魔力を散らしているんです」


「そうですか、……魔力を散らしても回復しないのですね?」


「そうです。ただ、胴体以外は散らしたのですが、本人の許可なく胴体の部分を触るのは……、それに時間が経てば回復すると思いますので……」


女性に囲まれた中で、女性の体の中心を触れまくるのは……。


「やってちょうだい。治療なら全然問題はないわ。それに今後の為にも治療法が分かっている方が助かるわ」


その提案に驚いて周りを見ると、アリスお嬢さんは頷いていて、シャルは頬を膨らませている。護衛の連中は何故か目を逸らすし、ミュウは気にもしていない。


もう一度レベッカ夫人を見ると、真剣な顔で頷いて、早くしろと目で促してくる。


仕方がないので最初は首の付近の魔力を散らし、鎖骨付近、胸付近を後にして、お腹の辺りを散らす。


「うっ」


クレアさんの声がして、うっすらと目を開く。まだ気分は悪そうだが意識が回復したので、魔力を散らすのはそこまでにする。


「クレア、大丈夫? アタルさんに治療して貰っているわ。まだ、体調が悪いならもう少し治療を続けて貰うわね」


「は、はい」


クレアさんが苦しそうに返事をしたのだが、私はレベッカ夫人を凝視してしまう。


「アタルさん、早く治療を!」


わ、私は悪くないからな~!


再び魔力を散らす作業を開始する。


お腹から胸に向かって散らしていき、右側の下乳の付近の魔力を散らしながら、胸の部分に効果を伸ばすイメージで魔力を散らす。


「うっ、くっ、ううんっ」


無事に胸に触れることなく、胸の辺りの魔力も散らせたようだが、クレアさんは苦しそうに反応する。


同じように右胸の周囲の魔力を散らしながら、隣接する胸の魔力も散らしていく。


最後に右肺の一番真っ赤になっている部分を、極力鎖骨寄りの部分から魔力を散らしていくと、更に激しくクレアさんは呻いて、体まで動かし始める。


無事にその付近の魔力を散らすことに成功する。


クレアさんの顔色は普段通りに戻った気がする。いや、少し顔が紅潮して目に涙を浮かべている。


だ、大丈夫かな!?


「クレア、どんな感じなの。具合は良くなった?」


レベッカ夫人がクレアさんに問いかける。


「は、はい、だいぶ良く、ゲホッゲホッ」


「まだ調子が悪いみたいね。アタルさん、反対の胸の付近もお願い」


おうふっ、継続するの!?


「ま、まって、待って下さ、ゲホッ、だいぶ良くなりまし、ゲホッ」


「まだまだダメね。クレア! 治療することは大切よ。それに今後の為にも治療が可能か確認は必要なの。隊長のあなたが率先して治療を受けないでどうするの!」


レベッカ夫人の𠮟責に、クレアさんは涙目で頷くだけが精一杯のようだ。


嫌がる女性の体に触ることに、逃げ出したい気持ちになるが、諦めて魔力を散らす作業を再開する。


クレアさんも大分体調が戻ったのか、魔力を散らす度に体を激しく動かすので、治療が難しい。特に胸の部分に効果を伸ばすイメージで魔力を散らすと、激しく動いてしまう。


やはり胸の付近は敏感なのかなぁ?


「あなた達、クレアが動かないように体を押さえなさい!」


クレアさんが先程より涙目になり、何か目で訴えてくる。


レベッカ夫人に逆らえませんよぉ~。


体を押さえつけられたクレアさんを見ると罪悪感が押し寄せてくる。


出来るだけ鎖骨に近い所から、肺や心臓、何故か胸の突起の辺りが真っ赤に濃い痣があるのでそこに向かって、全力で効果を伸ばすイメージで魔力を散らす。


「うっ、それはっ、うっく、ああ、さっきより、……そこはダメぇ~!」


完全に魔力を散らすことに成功した。それも出来るだけ胸に触れないように、うまく魔力を散らすことが出来た。


得意顔でニヤニヤが止まらない。


少しクレアさんが苦しそうだったが、鑑定でも『魔力酔い』が消えて安心する。


「クレア、大丈夫?」


レベッカ夫人がクレアさんに問いかける。


「は、はい、体調は完全に回復したと思います」


うん、うん、良かったねぇ。


「それで、治療はそんなに苦しかったの?」


それは私も気になる。


「い、いえ、苦しくは……」


クレアさんは消え入るような声で返事する。


「クレア! これは今後の事にも係わるのよ! そんな中途半端な説明では意味がないじゃない! ハッキリ答えなさい!」


レベッカ夫人は本気で怒り始める。それにクレアさんが返答する。


「は、はいっ! 治療は全然苦しくありませんし、治療後は体調も非常に良好です。しかし、治療された時に手で触れられた場所から、まるでもう一つの手が出て来て、…くすぐったいと言うか気持ち良いというか、正直何とも言えない感じでした!」


あ、あれ~、もしかして、効果を伸ばすイメージで魔力を散らす方法は不味いのかな!?


レベッカ夫人もその説明を聞いて、何となくその感覚が何か心当たりがあるようだ。


さ、さすがは人妻!?


他の皆は不思議そうな顔をしているだけだが、クレアさんはまるで私が酷いことしたみたいに睨んで来る。


レベッカ夫人がジト目で私を見ている!?


私はあなたに言われたからーーー!


最大限失礼にならないように気を使ったのが、目一杯裏目に出ている気がするんですけど~。

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