スマートシステムで異世界革命

小川悟

序章 異世界転移

第1話 異世界女神と転落

新道亘シンドウアタルは、彼が契約しているベンダーテクノ社の屋上にあるベンチで、缶コーヒーを飲みながら五月晴れの空を見上げていた。この場所は元々喫煙所になっていた場所で、機械室など屋上施設の間を抜けてこないとダメで、ほぼ人が来ない場所である。


「あ~、これでやっと次の段階ステップに進める」


15分ほど前に最後のプロジェクト会議が終わり、その会議の中で今回のプロジェクトがすべて終了したことが報告された。それにより自分との契約も終了となる。


高校を卒業してベンダーテクノ社にシステムエンジニアとして入社し、24歳で退職しようとしたが社長に受け入れてもらえず1年近くの話し合いの結果、請負契約で次のプロジェクトに参加することを条件に退職が許された。


そのプロジェクトも期間は1年ぐらいという話だったが、結局2年以上も経ってようやくプロジェクトが終了したのである。


そして今は5月の後半、28歳の誕生日は数日前に過ぎていた。


アタルは視線を下ろし、何もない場所を見つめながら呟いた。


「今この時からこれまでと違う人生を………、もうボッチは卒業してやる!」


無意識に缶コーヒーを握る手に力が入り、強い決意の籠った声で呟いた。そしてこれまでの人生が走馬灯のようによみがえる。


   ◇   ◇   ◇   ◇


幼少の頃は少し物事を深く考える性格だが、大人しいだけの普通の子供だった。この当時は友達とも積極的ではなかったが遊んでいた。


転機になったのは小学6年の10月某日、建築関係の仕事をしていた父親と祖父が現場の事故で帰らぬ人となり、母親は自分との生活のため実家に戻ることにする。母親の実家では祖母が一人で食堂をやっていた。


母親の実家に引っ越して新しい学校に転校するが、すぐに冬休みとなり、またすぐに小学校の卒業で、学校で馴染むことなく友人など作るどころでは無かった。


中学生になり、少しずつ馴染み始めた頃に母親の妊娠が発覚した。相手は母の中学時代の同級生で、祖母からは「旦那が亡くなって寂しかったので仕方ないねぇ」と言っていたのを何となく覚えている。


すぐに再婚となり、義父と同居することになった。義父とは微妙に距離があり、義父はアタルの機嫌を取ろうとパソコンをプレゼントしてくれたのだが、それは義父だけではなくそれ以外の人とも距離を作ることになる。


母親が妊娠してからは、学校は授業が終わるとすぐに帰り、祖母に教わりながら厨房で食堂の手伝いをするようになった。

夜7時頃には自室に戻り、パソコンを触っていた。最初はインターネットでネットサーフィンするだけであったが、すぐに自分でオリジナルのプログラムを作成し始めたのである。


母親は再婚して7ヶ月で妹の美優みゆを産み、アタルは出産の前後から家の手伝いを理由に家族以外の人との付き合いをしなくなった。



高校は家の前のバス停から通えるということで、近くの商業高校の情報処理科に入学する。高校に入っても生活パターンは変わらず、ボッチ人生に比例するようにプログラム作成能力が開花していく。


しかし高校に入って少しすると、自室に引き篭もり気味のアタルを心配した家族に、食堂の手伝いは必要ないと言われ、少しずつ手伝いを減らし始めると、ちょうど祖母が亡くなってしまった。


しかし母親は義父と相談して義父が会社を辞めて食堂を手伝うことにするが、まだ幼い妹の美優に困ることになり、結局はアタルが面倒をみることになる。

妹の美優はアタルがそばに居るだけで大人しかった。パソコンで何か作業していても膝の上に乗り、画面を見たりするが邪魔することはなかった。

アタルもそんな妹の美優が可愛くて仕方がなく、優しく面倒を見ていた。


自室に引き篭もることが大半であったため、特にお金は必要がなかったが、パソコンだけは高性能なものが欲しかった。何か自宅で可能なアルバイトはないかと、ネットで情報を集めていたときに、ベンダーテクノ社のプログラム作成のアルバイトを見付けたのである。


ベンダーテクノ社のアルバイトはホームページからアルバイト登録すると、サイト内で納期や価格の記載されたプログラム仕様書が一覧で確認でき、受注・納品するとアルバイト代が支払われる仕組みとなっており、すべて自宅からネット経由でできるアルバイトだった。


このアルバイトを始めるとアタルのプログラム作成はさらに進化した。仕様書を確認すると完成したプログラムが頭に浮かんでくるため、納期を大幅に短縮して次々と受注、納品を繰り返した。


あまりの受注数と完成度に本当は高校生ではなく、どこかの会社が作成しているのではないかと心配になったベンダーテクノ社の社長がわざわざ確認にやって来て、本当に普通の見た目の高校生だったアタルを見て非常に驚いたようであった。


高校生への支払としてはあまりにも高額になることを心配した社長は、一部を仮想通貨で支払う提案をしてきた。

すでに高性能なパソコンも購入して現金も余っていたから、すべて仮想通貨で支払ってもらうようにお願いしたのである。


それ以降は直接メールで受注、納品するようになり。特に高校生になって始めたスマフォやタブレット向けアプリの開発を優先的に受注した。


アタルは仮想通貨で受け取っていた報酬をあまり気にしなかったが、ずいぶん後になり、当時の時価で3千万円近くを高校生ながら稼いでいたことを知る。


ベンダーテクノ社の社長とは高校2年なったばかりの頃に初めて会ったが、その当時から高校卒業後の就職をオファーされていた。

あまりに早いオファーにアタルは全く取り合わなかった。しかしそれ以降もメールでオファーを続けてきたが、アタルはすべて未読スルーしていた。


高校3年の夏にいきなり社長がやってきて、土下座でもする勢いで就職を懇願してきたのでベンダーテクノ社に就職することを了承した。その場で内定書を渡されたのは驚いたが、好きなプログラム開発を仕事にしようとは思っていたので迷いはなかった。



高校の最後の正月に母親から言われた内容にショックを受ける。


「アンタこのままだと友達も恋人もできないよ!」


アタルはこの時に自分がボッチであることを初めて自覚した。



ボッチ卒業を決意して初出社したアタルは初日にボッチ卒業が非常に困難なことを悟る。


再三の就職オファーのメールをアタルは読んでいなかったが、中々就職の了承がもらえないことに焦った社長はメールで特別待遇の条件を盛り込んでいたようだ。


社員寮のはずが会社から徒歩5分のマンションを会社が用意していた。それもオートロックが完備された2LDKの部屋に家具やパソコン、ネット環境まで用意されていた。


会社ではすでに個室が用意されており、新人研修も自分だけ免除された。


なんとなく、周りから距離を取られていることを感じたアタルは、毎日終業時間になると逃げるように帰宅するようになり、ますますボッチを拗らせていた。


ずっとボッチが続くのではないかという恐怖心で自宅に帰ると、高校時代に始めたスマートフォンやタブレットのアプリを次々開発していく。


1年後には作成したアプリをまとめ、メールやスケジュール管理、経理部などの各部署にも対応しセキュリティにも配慮された社内システムとしてパッケージ化して完成させる。


その社内システムを社長にお披露目したところ、即座に自社での採用を決定する。業務時間外で開発したシステムのため、アタル個人とのライセンス契約となり、その社内システム専用の部署を設立。すぐに色々な会社に売り込みを始め、この社内システムが会社の顔になるほど爆発的に売れたのだった。


アタルは社内システムの専用部署を任されたが、2年後には開発部署に戻り、それから4年間は様々なプロジェクトに参加して成果を上げ続けた。



24歳になったその年の12月最初の週末に突然母親と妹の美優が訪ねて来た。

実はボッチ卒業までは帰省しないと決心していたアタルは入社以来一度も帰省しておらず、ふたりに会うのは久しぶりだった。


母親に突然訪ねて来た理由を聞くと、先々月に義父は署名済みの離婚届を置いて姿を消したようだ。その際にほとんどの現金と預金も引き出して持っていったらしい。


知人にお金を借りて何とかやり直そうとしたが、先月には母も知らなかった借金の取り立てが来るようになり、調べてみたら義父は高額な借金をしており、それも母には何の相談もなく保証人にまで勝手にしていたようだ。


何とかやり直そうとした矢先に1千万円を超える借金でどうにもならなくなったらしい。


アタルはすぐに2百万円をATMで下ろすとすべて母親に渡し、残りは年内に持って帰省すると話した。また自分が帰省するまでに必ず弁護士に相談するように話して2人を帰省させる。


帰り際に10歳になった妹が目をうるうるさせながら、


「お兄ちゃんありがとう、大好き!」


と言われたときは非常にうれしかったが、人生で異性から初めての「大好き!」が妹だったことに複雑な思いがした。


それからすぐにお金を準備しようと行動を開始する。


相変わらずお金には無頓着で特に無駄遣いもせず、定期的に高校の頃に稼いだ仮想通貨を買い足していた。毎年10%以上も価値が上がっているし、深くは考えていなかった。


借金を返済するとなると現金が足りなかったので、この機会に仮想通貨を全部換金することにした。

ネットで仮想通貨の取引サイトで、すぐに全仮想通貨を売却した。


さらに銀行に振込もうと総額を確認して驚愕する。なんと2百億円を超えていたのである。


アタルは特に時価総額などあまり気にしていなかったが、1年前にはすでに時価総額で13億円を超えていた。そしてこの1年で国内でも仮想通貨の投資が一気に爆発、隣の大国でも投資が活発になり、たった1年で16倍近くなっていたのである。


仮想通貨の取引所や銀行でも色々あったが、とりあえずまとまったお金を引き出して無事に年内に帰省することができた。


帰省すると母はすでに知り合いの紹介で弁護士を雇っていたので話は早かった。年内にはすべて片付き、そのまま年末年始は実家で過ごした。


正月に借金の整理で用意したお金の余りを、お年玉といって母親に無理やり渡すと、


「アンタはそれなりに稼いでるようだけど、相変わらず友達も恋人もいないみたいねぇ、アンタに愛情を向けてくれるのが、私と美優しかいないなんて寂しい人生よ!」


そう言われて自分もそうなるかもと一瞬考え、自分がボッチ人生驀進中であることを再び自覚した。


「……よし決めた! 俺は会社を辞める。そして一度リセットしてやり直してみる!」


それを聞いた母は残念な子を見るようにアタルを見た。


会社に退職願いを出すが社長はゴネまくるし、仮想通貨で稼いだお金は税金で半分以上持っていかれ、どこから嗅ぎつけたのか寄付や投資、宗教の勧誘まで会社にまで来るようになった。


それでもめげずに社長を説得し退職にこぎ付け、請負契約として今日まで拘束されてきたのであった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


自分の歩んできたボッチ人生を振り返り、涙が出そうになるのを堪えて立ち上がった。


出口へ向かおうと振り向いたときに視界の端に違和感を覚えた。


なんだろうと違和感を覚えた所に視線を向けると、ビルの窓清掃用ゴンドラへ行くための金網の扉が半分ほど開いているのが見える。


不用心だなと思いながらも作業しているのかと扉のところまで歩いていき、外側を覗いてみる。


そこには自分と同い年か少し年下ぐらいの女性が、たくさんの買い物袋を両腕の肘にかけビルの外側に少し顔を出して下を見ていた。


その場違いな女性にアタルは状況が理解できず固まってしまう。


その女性は少し位置をずらして再度下を覗き込むと「よしっ!」と一言いうと片足を30cmほどの段差に足をかけた。


それを見ていたアタルは扉を開けて外へ出ると無意識にそちらに向かって行く。


女性は足音に気付いてアタルのほうを向くと「しまった!」といった顔をして段差から足を下ろした。


「まずいのじゃ~!見られてしまったのじゃ~!」


えっ、なんでのじゃ言葉とアタルは一瞬思ったが、すでに後3メートルほどの所まで近づいていた。胸は慎ましいが顔は驚くほど整っており、綺麗と可愛いの狭間でせめぎ合っているようだ。


思わず見惚れてしまったが更に無意識に近づいて、


「あの~、あっ!」


まるで誰かに操られるように声が出て、手で触れるほど近づくと女性が少し後ろに下がろうとして段差に足が引っ掛かり、後ろ側へ倒れていく。


アタルは慌てて女性の手をつかんだが、その拍子に女性と共にビルの外側へ落ちてしまった。


「「のじゃ(うわ)ーーーー!」」


しかし3メートルほど落ちると2人の姿は消えてしまった。

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