ペンは剣よりも強い、そして本は命よりも重い

春澤 三輝

序章

第1話 本の始まり。

 日が差さず、暗く静かな場所で一人の男が縄で腕を縛られ膝立ちにさせられていた。その周りには暗い深緑のローブを纏い顔を隠した3人の者達が男を左右後方に囲んでいる。男の前方に立っているのは白いローブに白髪と同じく白い髭を生やした老人であった。他の3人と比べ、一際威圧感と怒りを放っている。


 

  「その者を『』によって罰するっ!」



 告げられた男は予想外の宣告に戸惑い、青ざめ、怒りで興奮した。


「ふざっっ!ふざけるなっ!!!!!!封書だとっ!なら死んだ方がマシだ!!!!!!」


 男は立って老人に飛び掛かろうとするも、周りの者達に頭を床へと抑えられてしまう。


「ぐぅっ!放せ!!!ぶっ殺してやる!!!」


 老人は臆する事なく男に近づき冷たく言い放った。


「御主が最初から素直に答えていれば良いものを‥‥安心せよ朽ちる迄、我らの保護下となる」


 男の前に全て真っ白な一冊の本が投げられた。


「始めよ」


 そう短く言い放ち老人は一歩後ろに下がる。命令された3人はローブの中から各々一冊の本を取り出した。本を開くと同時に男の身体が一気に硬直した、男は必死に止めろと叫んだが、聞き入れてもらえる訳がなかった。


「「「粛然たるもの今こそ目覚めよ。閉じられた心を開け。欲求せよ。渇いた身体を潤す様に、灰色が彩りを持つ様に、未来への希望が見える様に、取り入れよ己の虚無を満たす光を!」」」


 同時に唱えられたその言葉は、男の目の前にある本に投げかけられたものだった。本は言葉をと光をおび、ページがバラバラとめくれて行く。


「よせっ!!!止めろ!やめて‥‥‥くださいっ!!!俺は!違う!わ、私は違うんですっ!!!私の意思じゃない!!!」


 男は途中から人が変わった様になった。釣り上がった眼は垂れ目になり、怒気を孕んでいた顔は今は悲しみに満ちている。まるで中からもう一人の者が出てきたかの様に‥‥


 老人は哀れんだ目で男を見てこう言った。


「やはり、当てられていたか‥‥だが、支配されていたわけではない。御主の意思でやったことだ。御主は狂化が進んでおる。浄化も手遅れだ。もう‥‥こうして罪を償ってもらうしかないのだ。」


「きいてくれ!きのまよいだったんだっっ!あそこまでするつもりじゃなかったんだよ!!!!!!」


 もう話すことはないと老人は目を閉じる。同時に本が浮き上がり、男と同じ目線になった。そしてページ一枚一枚が本から破れて離れ、足から顔へ次々に男にまとわりついた。


「いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!うっぶっ!うぅ‥‥」


 まとわりついた紙が口を塞ぎ、男は眼意外白い紙に埋め尽くされてしまった。眼を見開いて涙を浮かべている。本は束を全て失い、表紙だけになった。


「「「綴とじよ!!!」」」


 最後の言葉が唱えられ、本は真っ直ぐ男の顔に向い、勢いよく当たって張り付いた。男は唸りながら顔を左右に降って本を振り解こうとするも、離れなかった。そして、本は一度放れた束を戻そうと男ごと本の中へ吸い込んでしまった。一瞬の出来事だ。本は床へ落ち、徐々に全体が赤く変化していった。光が消え、そこにあったのは真っ白な本ではなく、鮮やかな赤い色の本。表紙と背表紙には男の名前と09と刻まれていた。


「よろしかったのですか?霊本にしてしまいまして‥‥‥」


 詠唱をした一人が老人に問いかける。


「構わない。彼にはまだ聞きたいことが沢山有ったからな、だがあの様子では口は割らなかったであろう。それに‥‥これ以上狂化すると楽には死ねなくなる。これで良かったのだ。」


 老人は本を拾い上げ、優しく撫でた。


「誓おう。朽ちる迄、守り通すと」


 そう言うとローブの中にしまい、詠唱をした3人に向き直った。


「ご苦労だった、これにて封書の儀は終了だ。私はこの本を解読係と共に読んでくる。追って指示を下す」


「「「承知いたしました!」」」


 3人を残し一人本を持って去る。


(此奴は封書の儀を知っていた。いつ、何処で得た事だ?‥‥‥次は解読作業だな‥‥学院の入学準備もあると言うのに忙しいことこの上ない。だが、火種は摘み取らねばなるまいて)



 図書国家ムーサの一都市、カリオペイア図書魔法学院院長はこれから来るであろう災難に備えるのであった。

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