桜色のバグ

たまごかけごはん

恋心

 廃ビルの屋上。いつも一人きりで、夕焼けを見る。ここは私だけのお気に入りの場所。埃の混じった空気すらも心地よい、私だけの理想郷。


 それにしても、どうして私はここが好きなのだろうか。


 夕焼けが見たいから? 一人きりになりたいから?


 それなら、山にでも登ればいい。わざわざ、こんな心霊スポットみたいな場所に来る必要はない。


 それとも、私に似てるから?


 壁が壊れて、風がビュービューと吹き荒ぶ様は、何もない私を表しているみたいだった。もう誰にも必要とされ無くなって、段々と崩れていくその佇まいも、何だか自分と重ねてしまう。


 あるいは、『好き』という気持ちに理由なんて無いのかもしれない。


 そんな疑問も、橙色に染まった街を見ればどうでもよくなる。


──あぁ。家に帰りたくないな。


 ◇


 けたたましく車が鳴く。冷たい朝の空気は、私を嫌っているみたいだ。全てを照らす太陽さえ、私には興味が無いのだろう。


 登校の時間は嫌い。ランドセルは重たいし、皆の話し声はうるさかった。何百回と見続けてきた地面を、今日も睨みながら登校する。クラスメイト達の談笑は、易々と私なんてものを消し去っていった。


「おはようございます。咲來さくらさん」


 校門の先生が挨拶をする。でも、私は知っている。その笑顔はただの仮面だということを。私がいじめられた時に知らんぷりをした。そんなことを忘れてしまったかのように、平気で笑顔の仮面を被っているんだ。私は先生が嫌いだった。


 ◇


 教室に入るや否や、私目掛けて黒板消しが飛んできた。目の前に真っ白な粉が舞い上がって、たちまち私の服は汚れてしまう。


 その光景を見て、黒板前の女の子たちはクスクスと笑い、教室で走り回っている男の子たちは見てみぬフリをした。私が必死に粉を振り落とそうとしている所に、一人近付いてくる影がある。


「ねぇ、咲來? 黒板消し拾ってくれない?」


 私をいじめている女の子グループのリーダー格である、有雀ありすだ。彼女は可愛い容姿も相まって、私と違って人気者だった。


 私は震えた手つきで黒板消しを拾う。そこに有雀が蹴りをいれる。私がお腹を抱えて苦しんでいると、追い討ちをかけるように別の黒板消しで私の頭を叩いた。


「あ~あ。お洋服が汚れちゃったね。ゴメンね、咲來はそれ以外の服持ってないのに」


 有雀はニヤニヤと口を崩しながら、私を見下す。


 そう、私の服は少ないのだ。別に特段家が貧しい訳じゃない。ただ、買ってくれないのだ。それもそのはず、私の両親は私を残して、理由すら伝えずに心中した。そこで、私を引き取ったのは、ほとんど面識の無かった叔父だった。叔父にとって、私は愛すべき家族なんかではなく、突然やって来た貧乏神だったのだろう。そんな私に、服を買うほどの愛はない。


「ほら! 早く拾いなよ!」


 親がいない。それは有雀たちにとっては十分いじめるに足る理由なのだろう。有雀は私を何度も蹴る。


──だが、私は彼女が好きだった。


 彼女にいじめられると、悦びで身体が震える程に。彼女が揺らす、黒いツインテールを食べたくなる程に。


 私がマゾヒストだから? それとも、唯一私を必要としてくれる存在だから?


 あるいは、『好き』というバグに理由なんて無いのかもしれない。

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