94話 「伏せられた真実」
「よく来てくれたね、楠くん」
「……足利先輩。なんでこの人も居るんですか」
僕が足利先輩に呼び出せれた場所はファミレス。部内戦後の一年の打ち上げで使った場所で、古くは停学中にも男子会で使った由緒正しきファミレスである。
足利先輩から誘われたから来たものの、なぜか王城も居る。その疑問は、尋ねずにはいられなかった。
「まぁ座れ。話はそれからだろ」
足利先輩は軽快にドリンクバーを追加注文する。少しして、新しい伝票に三人分の値段が書き加えられた。
僕としては当然、警戒レベルマックスである。先輩が急に壺やアクセサリーを売り込みに来ても疑問はない。
適当な飲み物をグラスに入れ、足利先輩と向き合うように座る。
「……で、話は何ですか」
「俺はもう諦めたよ」
少ししてから、急に先輩はそんなことを言い出した。
「嘘でしょ!? 先輩はあれだけ執着してたじゃないですか!」
危うく飲み物を吹き出しかけたが、何とかこらえて先輩を問い詰める。人を巻き込んでおいてそれは無い!
「はっきり言うとな、もう俺の計画はガタガタなんだよ」
「……マジですか?」
「お前や周りの成長は想定外に伸びてるし、何よりノリの離反だ。もう俺の出る幕はねぇ」
そんな事……と言いかけた口は足利先輩の次の矢で黙殺された。
「だからサブプランで行くことにした」
「……サブプラン?」
そうだ、と先輩は鷹揚に頷く。僕にはちっとも見えてきていない。
「本音を言うとな、ここでお前を再起不能にする予定だった」
「……え?」
今なんて言った、この人。僕を、再起不能だって? 冗談かと思ったが、先輩はいつものふざけた目をしていない。マジだ。
「めちゃくちゃ悩んでるし、新田とも揉めた。そして支柱だった俺が抜けて、その俺に、『今までのお前の成長や感動は全て俺が作ったんだ』って言えばイけると思ってた」
先輩は劇ノートをパラパラと捲りながらあっさりと言う。僕は驚きっぱなしだ。前にあった、思考がショートする感覚が戻ってきた気がしてくる。
「なんつうか、自分の選択とか努力の結果が全部レールの上にあるって気づいたら不安になるだろ? それをやるつもりだったんだよ」
「相変わらずめちゃくちゃですね」
「貴文を頭脳派と思っちゃいけないよ、楠くん」
「まぁ、俺の頭の限界ってワケだな。……だから復讐する事にしたんだ」
「Why?」
「そりゃノリはぶちのめしてぇからに決まってんだろ。まだ来年があるお前らはともかく、アイツは許してねぇぞ」
「具体的に何するんですか?」
「そりゃ言えねぇな。全国……いや九州までのお楽しみだ」
「キミとビーチで会った時言ったよね。『ここで出会う前から知っている』って」
確かに言った。王城を復活させた時、確かにこいつはそんなことを言っていた。
「全ては、楠くんがボクの眼鏡に適うまで成長する条件だったんだ」
「……どこからがスタート?」
「始まりは……」
足利先輩の方を見る王城。先輩は何も言わない。表情ひとつ変えていないが、何かしらの異を唱えているのは僕にもわかった。
「じゃあ言えるところだけで。貴文は全国に行くために、ボクに取り引きを持ちかけたんだ。必ずボクを復活させるから、緑葉高校演劇部を全国に行けるように鍛えてくれって」
「それが足利先輩の計画の根幹だった……って事か」
「そう。ボクは初め信じられなかったけど、四月の新歓公演の映像を見て賭けてみたんだ」
「これがもう隠す必要もなくなった真実だ。いろいろと調整してみたが現部長の協力を得られないのはどうしようもない」
両手を挙げて降参のポーズをする足利先輩。……さっきも言ったが、先輩らしくない事この上ない。
「そういえば貴文。今年は開催県だから二校出られるよね」
少ししてから、ふと王城がそんなことを言い出した。
「あぁ。今年はチャンスだ」
「……あの、開催県ってなんですか?」
「楠くんは知らないんだったね。そういえば」
「ずっと前から居たような気がするもんな。お前本当に初心者か?」
初心者ですよ。ええ。まだ半年も経ってない。
「軽く説明するとね、ブロック大会は毎年開催する県が違うんだよ。去年は……確か鹿児島だったかな?」
「そう。んで、開催県は何故か二校出られるんだ」
「……あまりにも美味しすぎませんか、その情報」
例年一校しか出られないのに今年に限って二校出られるとかそんな話があっていいのか? うちにとっては都合が良すぎる。
「その代わり、準備大変だぞ」
「まぁ県内演劇部が助けてくれる場合が多いけどね。デカいイベントだし」
「うちの県なら、紅葉、桜花、花園附属は一枚噛んでくるだろうな」
なら……そこまで大変なモノでも無いのか?
経験がない以上、想像でしか語れない自分が歯がゆかった。
「……んな事よりもだ。千尋。お前はちゃんと考えたのか?」
「へ?」
急な先輩の質問に、頭が白くなる。
「王城さんから誘われてたんだろ?」
「な、なんでその事を!」
「お前、俺がここに居るってことはそういうことじゃねぇか」
サブプランの一環だ。と先輩は前置き、僕にニタリと笑ってきた。
「だからよ、俺はお前に第二の矢を放つことにした」
王城に向き直る足利先輩。王城はしっかりと受け止め、僕を真っ直ぐに見て言った。
「楠くん、船での続きだ。ボクの、劇団アンパイアで一緒に演劇をやろう」
あの日、船で言われた勧誘の言葉。それがもう一度、僕に降り注いできた。それはこの小さな両肩には重く重く、逃れられないモノのように思えた。
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