86話 「好敵手宣言(真)」
熱気は一先ず置いておく。先に、この演劇祭を締めくくらなければならない。
『皆様、ありがとうございました』
壇上の司会者が締めに入る。因みに僕らは表彰式で賞状を受け取ったばかりだ。孔井は代表の足利先輩に賞状を渡す間、なぜか僕を見ていた。
他の順位は二位が桜花学園。三位が紅葉高校。奇しくも、美しい色を持つ学校達に、僕ら緑が打ち勝った事になる。向こうは、この悔しさを中央祭に向けてくるんだろう。それはその時に戦えばいい。今は、この嬉しさを噛み締めるのみだ。
『では孔井明奈さん。挨拶をお願いいたします』
『まずは、私はこのような身体でありますので、ステージに上がらずに挨拶する無礼をご容赦ください』
恭しく礼をする孔井。こういう所を見ると、気品というか、美しさを感じざるを得ない。時たま見える挙動不審な部分が無ければ、憧れていたかもしれない。
『知らないという方に一応、私の身分を説明しておきます。私は孔井明奈。紫電学院演劇部の部長をしており、直近であった全国大会では、最優秀賞を頂いております』
「この場にいる奴で知らない奴居ないだろ……」
形式上分かっているとは言え、突っ込まざるを得なかった。普通ならこういう名乗りを聞いたとしても誰かわからない物なんだけどな。
『当初、本日来るつもりは無かったのですが、とある学校の生徒の一人に喧嘩を売られてしまい、仕方なく来るといった心境でした』
皆が一斉に僕を見る。他校のヤツらも見てないか!? 椿、小杉め。覚えろよ。バラすとすればアイツら以外に居ないんだから。しかし、二人に僕が言った記憶無いんだけどな。喧嘩売ったってこと。まぁ、雨宮辺りから聞いたんだろう。
『しかし、来てみて三十分劇や各校の六十分劇を鑑賞させていただき、その考えは浅はかであったと言わざるを得ません』
『どの学校も、特色や強みを充分に活かした物であったと思います。手放しで、素晴らしい舞台しかありませんでした。私は審査員でしたし、優勝校を決定するのに非常に悩みました』
『そんな中、ある種逆境とも言うべき状況で見事優勝を果たした緑葉高校演劇部の皆様に、心からお祝い申し上げます。個人的には複雑な感情ですが、あの演出や演技は我々の劇には確かに無かったものでした。別物のようであるとも言えます』
孔井明奈は改めて僕らを褒め称える。悪い気はしない。少しだけ複雑なのは、向こうの立場に感情移入してしまったからだろう。だがそれは、侮辱でしかない。孔井がそう言うなら、素直に受け取るだけだ。原作者様公認だってな。
ん? 孔井のヤツ、言葉に詰まってるぞ。少し下を向き、顔を上げて座席を一回り見てから何故か奴は僕を真っ直ぐに見ていた。
他校には緑葉高校を見ていると思えただろう。緑葉高校の面々は、楠千尋にその眼が向いてることに気づいたはずだ。
『そして、緑葉高校演劇部の皆様に、心からお祝い申し上げると共に。――――楠千尋、並びに緑葉高校演劇部の皆様におかれましては、来年の全国大会で叩き潰すのでそのつもりでお願いいたします』
ぴしゃりと扇子を閉じ、結びとした孔井。反対にざわめく会場。その中に、微かに聞き取れる声があった。
「如月先輩、あれって……」
「あぁ。事実上の宣戦布告だ」
「緑葉、いや楠ィ。羨ましいぞォ」
耳には聞こえるが、そのセリフは反対の耳から流れて行くだけだ。それ程までに、孔井の発言は、僕の心を支配したと言ってもいい。
『挨拶に有るまじき内容であることは重々承知の上ですが、以上を持ちまして終わりの挨拶とさせていただきます。本日は誠にありがとうございました』
数秒した後に、拍手が鳴る。僕もそれで我に返り、拍手の輪に加わった。次第に大きくなり、遂には会場から割れんばかりの物へと進化していったのだ。
『では……次に王城さん。お願いいたします』
『この後やるのは非常にやりづらいですが、やります。初めは気まぐれで来たような立場であったのはボクも孔井さんと変わりません。しかし、皆さんの熱気や、演劇に掛ける熱い思いを目の当たりにして、恥ずかしながらボクも燃えてきました。そこで、一つ発表させていただきます』
王城は一度言葉を切り、周りを見回した。今度は、僕以外も含まれてる。
『今後、遠くない時期にボクは演劇界に復帰します。そのための第一歩として、舞台を執り行いたいと思います。まだ、詳しい時期は未定ですが、年内に公演を行うつもりです』
もう一度ざわめく会場。当然だ。そろそろ少しは馴染んできた王城だが、元は雲の上の存在。話せるだけでもおかしいのだ。今会場の連中は、その差を感じてしまった。そういった驚きが含まれているのだ。
……まぁ僕は、恥ずかしいコトを語り合ったからな。思い出すだけで死にたくなるような経験だが、そのおかげか王城に対して引け目は無い。
「これ、審査員の挨拶じゃないだろ……二人とも」
何だか自己中心的な挨拶ではあったが、何にせよこれで、大君島夏季演劇祭は、我ら緑葉高校の優勝で幕を閉じたのであった。
*
『せーの、かんぱーい!!』
時刻は夕方、場所は帰りの船の上。行きの海賊部屋が嘘のように、学校格差は無くなっていた。足利先輩は、「ウチが一等客室だろうが」とゴネていたけど。アレは恥なのでノリ先輩と慧先輩と落としました。大変失礼致しました。
僕らは広間に集まって、言わば祝勝会だ。……そしてそれは、三年生の事実上の引退式でもある。
「一時はどうなる事かと思ったわ」
「確かに。楠が孔井明奈に喧嘩を売ったと聞いた時は終わったと感じたよ」
美雪先輩の話に、一条明先輩が乗っかる。僕は立役者であると同時に、責められる戦犯の役も請け負っていた。勝ったのに戦犯ってのはおかしな話なんだが。
しかし、皆僕が努力してた事は認めてくれているのか、男の先輩方も責める言葉は本気じゃない。そりゃ何度も怒られてましたし、それぐらいの見分けは身につきますよ。自然に。
「しかし、千尋の奴。どんどん上手くなってるな、雨宮はどう思う?」
「なんで私なんですか?」
「そりゃあれだけ嫌ってたんだ、成長をどう思うか気になるだろ?」
ノリ先輩ナイス! 僕も気になります。飲み物と料理を楽しみながら、耳だけは二人にしっかり向ける。
「上手くはなってますけど、別に嫌いってわけじゃないです」
「え!?」
あからさまなノリ先輩の反応。雨宮の顔は、みるみるうちに赤く染っていった。
「ちちち違います! 揚げ足取らないでください!」
……これ以上追求するのは辞めておこう。こっちも要らない返り討ちを喰らいそうだ。
「ちひろぉ! てんめぇ何やってんだ! んな所でよぉ!」
「足利先輩!? 酔ってません!?」
こんな場所に酒なんか無かったはずだろ!
「お前は一年のくせによくやってるよなぁ、俺の時代とは大ちげぇじゃねぇか!」
めんどくせぇ、ひたすらめんどくせぇぞこの酔っ払い(酒気無し)!
「美雪先輩! 何とかしてくださいよ!」
「諦めて千尋。こうなったら寝るまで待つしかない」
無情な美雪先輩。せめてもの抵抗をしなくちゃやってらんねぇ。
「この人ホントに酔ってるんですか!?」
「場酔いだ、場酔い」
「便利な言葉で僕に押し付けないでくださいよ!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ僕ら。何だか、新入生歓迎公演の時を思い出す。懐かしさとどこか寂しさを感じながら、僕は足利先輩にもみくちゃにされていた。
「失礼するよ……うわ、凄い状況だね」
ノックに気づかなかったのか、いつの間にか王城が会場に入ってきた。
「王城……さん、何か用か?」
「勿論、君にだよ。楠くん」
何かと思っていたら、王城は出入口を指さした、祝勝会から抜けるのは嫌だったが仕方なく僕は王城に続く。足利先輩は新田に擦り付けてきた。何だか貧乏神を想像してしまった。
船のデッキは夕焼けに照らされ、妖しさを醸し出していた。僕はここで、王城と何を話すのだろうか。
「お待たせ、楠くん。ようやく話すタイミングが得られた」
王城は僕を見てにこりと微笑む。そのどこか底抜けしない恐ろしさが、夕焼けと相まって僕を飲み込む。
負けてたまるかと、僕は祝勝会のムードを振り払う。これで、臨戦体勢だ。かかってきやがれ、王城翔平。
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