82話 彼らの『ライター』
『只今より、緑葉高校によります、孔井明奈作「ライター」の上演を開始致します!』
明かりが消え、視界が真っ暗になる。
だが今日この時、私の感情は少し違う。だって、私は全国優勝校だから審査員としてこの舞台を見に来ていて、これから始まるのは私が書いた作品を他校がやるのだ。
これで、燃えない訳がない。緑葉の『ライター』に、私はほとんど関わってない。そりゃ、少しは私情で関わったけど、アドバイスや作品についての概要を述べただけだ。
それも、全国大会のときに出したフライヤーに書いてることとほとんど同じだ。肩入れしてる、とは言わせない自信がある。しかも、今の私は審査員だ。色眼鏡はおろか、緑葉に関しては厳しめに見ている。
私の作品を、どんな風に扱ってくれるのかということを。
……さて、舞台は開始しましたが、今のところ何も変化はありません。
『おじゃましまーす。って暗! 電気電気!』
『あっ、多分ここね』
部屋に電気が点く。場所は、本棚が沢山並んだ上手側と、テーブル、ソファーのある中央。そしてカウンター席のある下手側。
そこに居たのは、黒いコートを着込んだ三人の男女と、部屋の中央のソファーに座る、本を読む学生服の「小説家」だった。
『ありがとうミズキ、助かった』
会話に気づいた学生服の「小説家」は本を閉じ、三人に向き直った。
『みんな待ってたよ。久しぶり』
……! 違う。私の演出と、「小説家」の解釈が異なっている。私は、「小説家」を生来の明るさを軸として定義した。
つまり、死んだ時に一番良かった時代の状態として、学生服の霊を遺したのだ。遺書に高校時代の友人を呼ぶ程であったのだから、彼にとってはそれが最も良い思い出であるはずだと。
だが、彼らの『ライター』は違う。現時点では理由は不明だが、「小説家」の声は暗い。
『しかし、ここに来るのも久しぶりだな』
『そうね。……掃除でもするべきかしら』
ミズキの失礼な発言に、「小説家」は腹を立てながら返事をする。
『失礼だなミズキ。俺だって掃除ぐらいはしてるさ』
『まぁ良いだろ。それより、目的の物はどこだ?』
リョウタは話を流して本棚を探し始める。それに続いて、ユウコも本をパラパラと捲っている。学生服の男は、その様子を無表情で見ていた。
『皆に見つけられるかね』
少し考えていたミズキが、口を開く。
『確か、カウンターの中じゃないかな』
『よく覚えてるな、ミズキ』
『本当にな。せっかく隠したのが無駄だ』
「小説家」はつまらなさそうに手を後ろで組んだ。それは不貞腐れた学生の様子そのものであった。
『あったぞ。手紙だ』
リョウタが手紙をテーブルに置く。二人は近くへと集まってくる。全員黙っていた。最後に学生服の「小説家」が、先程座っていたソファーに戻った。
『これ、読むんだよな』
リョウタが周りを伺うように聞く。
『当たり前だよ!』
ユウコの声が響いた。ユウコは視線を受けながら、言葉を続ける。
『私たちが来たのは、コレの為じゃん』
『……そうだな。約束だしな』
リョウタは手紙を開き、読み始めた。
『皆さん、こんにちは。お久しぶりです。
今日は、皆にお願いがあって集まってもらいました。
お願いというのは、他でもありません。皆さんにしか頼めないことです。
……どうか、私との思い出話に、花を咲かせて欲しいのです。それを聞く事が、何よりの私の為であるのだから』
沈黙が訪れる。どことなく、皆居心地の悪さを感じているように見える。
『俺はぜひ、皆にやって欲しい。それが俺にとって必要な事だから』
! このセリフは、私の演出では何処にも無かった物だ。つまり、これがキーセンテンス。
『……やるか』
リョウタの声で、二人も決めた様子である。全員、後ろを向いて、コートを脱ぎ始めている。
『しっかし、なんで思い出話なんだろうな』
『さぁね。でも、あたし達にしかできないのは、事実じゃん』
そうだと言わんばかりに、全員が一斉に前を向いた。その服装は、学生服の男の学校のものであった。
明るかった舞台は青く染まり、世界は一変する。場所だけは変わらずに。
*
……。
……見終わってまず一番に思ったのは、楠千尋を問い詰めたい。という思いだった。なぜ、私の劇をあのように変えたのか、そして、どうやってその発想に至ったのか。それを聞かなければならなかった。
回想シーン。「小説家」は、自分の生きる意味について仲間と考察を重ねていった。楽しい思い出を振り返る私の脚本とは違い、ただひたすらに、自分がこの世にいる意味を探していた。
それはまるで、自殺の理由を見つけてようやく肩の荷が降りる瞬間の姿であった。この世というしがらみから解放され、安堵するようであった。
特に強い変更点があったのは、当然ラストシーン。自らの死に納得した「小説家」は、最後に一人だけの世界へと飛び立つ。そこで彼は誰へ向けたものか分からない感謝を述べたのだ。私はここの意味がわからない。
舞台の縁にあった階段を降り、それが途中で外される。「小説家」が降りきった後、階段は真っ白な服を着た黒子、いや白子に退けられ、完全に舞台から降りた。
こうやって言うのはおかしいということを充分に承知しているが、敢えて言う。
舞台を降りた「小説家」は、既に楠千尋へと戻っていたのだ。それまでの演技が全て痕跡その物まで消え去ってしまったように、楠千尋そのものであった。
彼は私たちと同じように最後のシーンを見ている。「小説家」がいなくなっても、何も変わらず進む最初のシーンのリフレイン。楠千尋は前を向いているから、私の席から顔は見えない。
だけどその後ろ姿はどこか満足そうで、彼だけでなく、そこにいない誰かまでもがこの光景と結果に満ち足りた様子を持っているようであった。
幕が降り、楠千尋は最後に備え付けの階段から舞台に上がって礼をする。
惜しみない会場からの拍手を一身に浴びながら、彼は舞台袖へと消えていった。
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