79話 『リアリティ・ショー』

『いよいよ、各校六十分の劇が始まります! まずは本年度の全国大会で準優勝を果たした桜花学園による発表です! タイトルは変わらず「リアリティ・ショー」! です!』


 テンション高く実況する大君島高校の演劇部。そのままアナウンサーになれるんじゃないかと錯覚するほど上手い。


 僕らは既に自分の学校のメンバーと合流し、指定の位置に着席している。緑葉は前列真ん中。悪くない席だ。


『緑葉高校も、学校こそ違いますが、全国優勝を成し遂げた紫電の「ライター」を演じてくれます! まさに、全国大会の再来と言っても過言ではないのでしょうか!』


 アナウンサーの煽りに拍手で答える観客席たち。だが発表するこっちは気が気じゃない。全国優勝校と比べられても困るだけだ!


 見てみろよ孔井の顔! 引き攣ってるぞ!


 そんな僕の思いは歯牙にもかけず、アナウンサーは続けてゆく。もはや独壇場だった。


『もう既に一ベルもなっております! 直ぐに始まることでしょう! それでは、桜花学園によります、「リアリティ・ショー」をお楽しみください!』


 幕が上がる。ワクワクしたのも束の間。すぐに見えたのはパーテーションで区切られた空間と、下手(左側)には木の壁。窓のような物がくり抜かれていて、暗幕が見える。


 区切られた空間の中には、あまり荷物はない。家具もベッドぐらいで、全く生活感を感じさせない。そんな無機質な空間の中に、男が一人座り込んでいた。


 グレーのスウェットが上下。男は何も喋らず、顔を上げない。少しした頃合いだろうか。扉が開く音がして、誰かが入ってきた。音に身体を大きく震わせる。驚くというより、怯えているかのようだった。


『落ち着いて、大葉くん』


 入ってきた女性は言った。大葉と呼ばれた青年は、恐る恐る彼女を見上げている。彼女はくり抜かれた壁、いや窓まで歩いていって、大葉の様子を伺う。


 ――――それが、僕が聞いた『リアリティ・ショー』だった。


 だが、今僕の目の前にあるのはなんだ。聞いた話と、随分異なっているじゃないか。


 ただの高校生の日常。文化祭での発表で揉め、思い悩む実行委員会。賞を取った陰鬱な雰囲気はどこにも無く、創作物の中にしか存在しないような、綺麗な輝く青春がそこにあった。


「足利先輩! どういうことなんですかこれは!」


「……あのバカ。それは自滅だろ」


 周りに配慮して、抑えた声で先輩を問い詰める。先輩も少し驚いて居るようだった。


「先輩!」


「うるせぇ千尋。聞いた話と違うって訳だろ? 今解説してやる」


 先輩は一呼吸置いてから、淡々と説明をしてくれた。いつも通りの、質問を交えた講義形式だ。


「まず、作品名を見てどう思った?」


「そりゃ全国と同じなんだなと」


「そう、俺も観客も思った。『なるほど。桜花は全国のリベンジがしたいんだ』ってな」


 うんうん。納得できるぞ。まだわかりやすい。僕でもわかるし。


「しかも実況の煽りを見てみろ。あれで間違いなく、俺たちは『全国の再来』だと思っちまった」


 でも実際は違った。主人公の名前は同じだけど、内容が百八十度違う。こんな、ありふれた『青春』を描くような薄い話じゃ無かった。


 もっと、自己と世間の乖離に苦しむ哀れな男の話だったはずだ。


 ……ならば、なぜ? 解答に至らぬ僕に、足利先輩は答えを示す。


「つまり、奴はこれを狙ってた。準優勝の俺たちを無視してんじゃねぇぞってな。言わば、つまんねぇプライドだよ」


 吐き捨てるように言う割に、口元は笑っている。そうだ、先輩はこんな反骨心が結構好みなんじゃないか。


「でもこれじゃ、一回びっくりさせるだけで内容はありきたりなんじゃ?」


 実際、観客は既に驚きからは冷めている。内容がありきたりな内容だけに、面白みや目新しさはどこにも無い。むしろ、最初のインパクトが大きかった分、その落差も大きい。


「そう。だから自滅だって言ったんだ。……あのバカ。その為だけに捨てやがって」


 本当にそうだろうか。根拠はどこにも無い。だが藤林京也という男が、たったこれだけの事で終わるのか。全国を見据えていた、あの男が。


 舞台は既に終盤。時間は何分ほどかわからないが、話の流れもクラスが団結しつつある。まとめに入りそうな雰囲気だ。


 全体的に、内容は淡白。色々盛り込もうとして失敗した学園ドラマのような、慌ただしい作品であったとしか言いようが無い。


 問題があって、委員長と主人公が熱血で立ち向かって解決。クラスは纏まり大団円。使い古された手だ。漫画やアニメ。ドラマで腐るほど見てきた青春の縮図だ。


 ――――だが、終わる直前。舞台はあらぬ方向へと進む。


 全員が円陣を組んだ。号令に従って、エイエイオー。重なり合った手が、天へと突き上げられてゆく。


 一頻り喜んだ後。マイクから一言。


『どうだった? 大庭くん?』


 舞台が、暗転する。明るかった空間は暗闇へ。無限のように感じられた暗闇が戻ると。


『クソですね。クソ。何が楽しいのかわからない』


 無機質な空間。パーテーションで区切られた空間と、下手(左側)には木の壁。窓のような物がくり抜かれていて、暗幕が見える。


 区切られた空間の中には、あまり荷物はない。家具もベッドぐらいで、全く生活感を感じさせない。そんな無機質な空間の中に、男が一人座り込んでいた。


 話に聞く、グレーのスウェットを身にまとって。

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