act!! ――緑葉高校演劇部。

中樫恵太

序章 Opening

新入生歓迎公演編

1話 「世界で一番悪い男」


 ――人は皆、自分のための作品を渇望している。


 Prologue 


 夏休み、それは受験生にとっては天王山、普通の人にとっては部活、遊びと忙しい毎日だ。


 そのなかで僕は県外のとある舞台の袖にいる。

 高校演劇人なら誰もが憧れる全国の舞台、まさにその場所だ。


 ふと僕は反対の袖にいる「アイツ」のほうを見る。僕の視線に気づいたのか、アイツは僕の顔を見てニッと歯を出して笑った。


 僕もその笑顔に答えるように笑う、高まる緊張をかき消すかのように。


 !!

 けたたましく一ベルが鳴った。緊張感が高まり、鼓動が早くなるのを感じる。心拍数が上がり、頬や身体に熱が入って呼吸が乱れる。


 いよいよだ。今まで何度もやってきたことをやるだけ。ただ、それだけだ。幕が上がるまで、あと、五分。


 *



 二〇十九年 四月二十三日 放課後


 昔から、スポーツは何をやっても中途半端だった。小学生のときから、サッカー、ソフトテニス、etcといろいろなスポーツをやってきたが、どれも微妙で、大成しなかった。


 中学校で入った卓球部は、市総体でベスト六十四に入ったぐらいだったと思う。言い方を変えると、三回戦負け。その卓球も高校では続けるつもりはない。大した思い入れもないし、楽そうだからやってただけ。


 思えば、運動部が長続きしなかったのも、全てが中途半端だった自分の才能のせいではないかと思う。


まぁ、こう前置きをおいて、何が言いたいのかというと、

どの部活に入るのか迷っているんだ。


 せっかく高校に来たんだから、今までやってこなかったことに挑戦して、自分を変えてみたいって思うのは普通だろ?高校デビューってやつをやってみたいんだ。


 といっても運動部に入る気はさらさらないし、内輪でやってる暗い文化部にも入りたくない。


 楽器はできないし、絵だって上手く描けない。僕には、何の特技もないのだから。

 やってた事は、親に連れられてミュージカルを見てたことぐらいか?まぁそれも、今となってはほとんど観てないが。


 そうこうしてるうちに部活動の勧誘期間は終わり、僕はいま部活強制のうちの高校、市立緑葉高校の職員室前にいる。


 ついさっきまで、というか「中学校〜」あたりまで職員室内でお説教は続いていた。


 以下、記憶から抜粋。


「お前はなんの部活がいいんだ?」


「強いて言えば、帰宅部です」


「お前さぁ〜、うちの校則知らないわけないよなぁ〜。部活は強制だろ〜? 保護者説明会でも言ったし、学校案内にも書いてるんだよなぁ〜」


「はぁ」


「それで〜、お前の言う帰宅部はこの学校には存在しないの〜。OK〜?」


「はぁ」


「で、聞くけど〜、お前はなんの部活に入りた」


 な? 書くほどの内容ではなかっただろ?

 これを放課後すぐ呼び出されて、三十分近くも繰り返されては面倒くさいったらありゃしない。


 最終的には入部届けを今日明日中に出せと言われたが、正直どの部活も入りたいと思えるほどではない。


 さっきも言ったが、何か文化的なスキルをもってない僕が入ったところで、 三年間の放課後の時間を無駄に過ごすことは分かりきっている。


 ……しかし、今日、明日中に出さなかったら流石に先生も本気で怒りそうだな……。入学早々目をつけられるのは嫌だし、届けだけ出して幽霊部員にでもなるか……?


 そんなことを考えながら歩いていると、僕はあまり見慣れない廊下にいることに気づいた。


 あれ? ここどこだ? この学校敷地が広いから迷いやすいんだよな、確かこの辺に地図が貼ってあったはずだが……。おっ、あったあった。


 えっと、この場所はどうやら文化部A棟らしい。ちなみにAとはactionのA。いわゆるダンス部とかの動く文化部の部室棟が集まっている。


 ダンス部って運動部じゃないの?という皆さんの質問は至極真っ当だが黙殺させていただきたい。ダンスってどっちかというと文化だろ? 色んな国でそれぞれ特色あるし。僕はそう思うことにしている。


 まぁこれで居場所はわかった。とりあえず別校舎の階段を目指して帰ろうとしたとき、ふとあるチラシが目に入った。


 それはモノクロながらも綺麗に描写された夕焼けの図書館の絵で、シルエットで人が描かれている。


 一番上に筆記体で「One Day After School」、右下に達筆で「緑葉高校演劇部」と書かれたそのチラシに僕は思わず見入っていた。


 特に意味は無い。ただ舞台っていうのか?それの広告を久しぶりに見たという興味深さが手を止めただけだ。


 何分ぐらい見てただろうか。ふと我に返り、チラシを戻そうとしたとき肩越しに声がかかった。


「あれ? チヒロだ、そんなとこで何してるの? ってそのフライヤー!!」


 忘れるわけない、テンションの高い通る声。

 そう、僕と同じクラスの人気者。


新田にった……秋義あきよし……!」


 新田秋義、市立緑葉高校一年四組出席番号二十四番、県立春陽中学校一年七組、二年四組、三年九組出身。

 ……何でそんなに詳しいかって?それはな、


「そんなに親の仇みたいな目で睨まないでよ! オレたち、小一からの腐れ縁じゃん!」


 こういうことだ、コイツと僕は小学校六年、中学校三年間全部同じクラスだったのだ。


 高校のクラス発表を見たときは驚きよりも恐怖が勝るほどだった。小学校から同じで、家も近く、スポーツ万能、眉目秀麗。


 方や運動音痴、卑屈で根暗。親に何かと比べられ、ずっと僕は劣等感に苛まれてきた。


 しかも新田自身に悪気がない。本当に虫唾が走るほど性格も良いのだ。それが何よりも腹立たしい。

 ……ここまで書けばわかるよな?

 そう、僕はコイツが嫌いなんだ。


「新田……」


 組まれた肩に揺らされながら、僕は新田の名前をつぶやくことしかできなかった。


どうやら今日の放課後の時間は観劇になりそうだ。まぁ、面白そうだからいいか。


 *


 新田に連れられ(連行され)て十分、未だに目的地には着いていない。今通った鏡の前ももう三回ぐらい通った気がする。


つまり、新田のせいで迷っているのだ。

コイツが方向音痴なのは知ってたが、かなり悪化している。この学校が広いのも理由の一つだとは思うが、あまりにも酷すぎる。


「オイ新田、さっきの鏡もう三回はみたぞ」


と愚痴をこぼそうものなら


「そんなわけないじゃんか! まだ二回!

 ってか秋義でいいよ」


問題は回数ではない。


「もう十五分はぐるぐる回ってんぞ。演劇、始まってんじゃねぇのか?」


「まだ始まってない。今五時八分、始まるのは三十分からだよ」


「だとしても、何で演劇? お前中学のときバリバリスポーツやってただろ?」


「あれ? 言ってなかったっけ? オレ、演劇部に入るためにここに来たんだ」

何を言ってるんだこいつは。


「は? 何で?」


「スポーツは小中でとことんやったし、何か新しい事始めようって思ってさ。」


だからって何で演劇なんだよ、と思ったが、表情に出ていたのか新田は答えた。


「オレに文化系スキルはないから」


「は?」


「スポーツばかりやってきたから、新しいことにチャレンジしたくなったんだよ」


「はぁ?」

 つくづくコイツは意味がわからない。新しいこと? チャレンジ? そんなのは「持ってる」ヤツが言うことだろうが。


 天から与えられた才能を十二分に活かす。それは与えられた者への指名だ。それから逃げるなんて許されない。ふざけやがって。


 やっぱり僕はコイツとは相容れない。だけど、このまま一緒に歩き続けるほど時間もなかった。


「そこの角、曲がって階段を上がれ。そしたら着く」

 こんな助け舟、もう二度と出さないぞ。


「えっ」

 えっ、じゃない。なんだその嬉しそうな顔は。


「なんだよぉー。チヒロも見たかったのかぁー。早く言いなよー」


「うるせぇ。そんなんじゃねぇよ。あと僕は楠だ。名前で呼ぶんじゃねぇ」


「えーオレたち小学校からの腐れえ……」


「それはさっき聞いた!ったく、旧校舎にあるなら迷うことないだろうが」


 階段に近づくと、なかなかの盛況なのか声がいくつも聞こえてきた。階段を登りきると、それはさらに顕著になる。


 ライブやコンサート等に行ったことがある人にはわかる、これから始まるショーへの期待感で溢れていた。その熱気に当てられ不本意ながらも少し見入ってしまった。


「結構人気なんだな……」


「え?」


「いや、僕は演劇なんてほとんど知らねぇけど、こんなに客が入るもんなのか?」


「そりゃ宣伝したからね。オレも入ったばかりだけど一年の教室駆けずり回ったよ」


「そういえばHRで言ってたな」


「まぁいいや、本番前だけどチヒロこっち来てよ」


「あ?客席に座るんじゃねぇのか?」


「いやぁ? せっかくだし、特等席で見てもらおうかと思ってさ」

 特等席? 響きはいいがコイツの眼は笑ってない。多分、何かを隠してる。


「別に構わん。そこらでひっそり見るわ」


「まぁまぁ、こっちこっち」

 新田に急かされ、というか背中押してないか!? コイツ、ここまで強引なヤツだったか?


 僕は客席とは真逆の、舞台の右手側にある暗幕の近くに連れて来られた。


「すいませーん! 足利部長ー! 入部希望者連れてきましたー!」

 そう言いながら、新田は暗幕を捲って僕を中へ入れようとする。

 え、入部希望? ちょっと待て、誰もそんなこと言って――。



 ――後に楠千尋は語る。この時見た、見せられた光景を僕は一生忘れられないだろうと。



「部長、こっちどうすか?」


「いや、それはウエストが狭すぎる、破れてしまうぞ。」


「じゃあ部長、これは?」


 ……中では、男たちがほぼ裸で女性用の制服を手に取って唸っていた。


 ハッ!? 僕は何秒意識が無かった?

 落ち着け、時にはクールに時にはホットに。まずやる事は状況の確認。閉じた目を開け、視覚からの情報を得るッ!!


「いや慧。このチャイナドレスはキツいだろ」


「いやいや部長! 似合ってますって!」


「そうっすよ! どんな男もイチコロっすよ!」


「ノリもそう思うか?」


「部長! キマってますよ!」


 僕は条件反射で目を閉じた。意識を失う前の光景もフラッシュバックしたからだ。

 なぜチャイナドレスを男が着ているんだ!?

 いやもうほんと、おかしいだろ!」


「ん?」

 勝手に声が出ていたのか、先輩方が見知らぬ声に振り向く。

 ぐわっ! 当然僕の視界にはチャイナドレスの正面が顕になる。最悪だ。普通チャイナドレスってご褒美なんじゃないか!? これじゃ罰だろ!


 チャイナドレスは古臭いリアクションで身体を隠す。地獄絵図とはまさにこの事か。何が嬉しくて野郎の女装を見て罪悪感を抱かなきゃいけない。


「誰? お客さんが間違えたか?」

 巣に戻ったチャイナドレスが言った。


「お前、誰よ?」

 今度は少し強面の部員が言った。確かノリと言われていた気がする。


「アキが連れてきたんじゃない? さっき入部希望者連れてきましたー! って言ってたよ」


 新田の口ぶりを再現しながら、慧と呼ばれた軽そうな部員が説明する。それで三人は納得したのか、新田を見た。説明しろと顔が物語っている。


「オイ新田。誰だこの変態達は」

 我慢できず、さっきからずっとニヤニヤしている新田を睨みつける。


「三人とも演劇部の先輩。いい人たちだよ」

 そう言って、先輩方に振り向いた。


「先輩、彼がオレが言っていた楠です。面白いヤツなんでこの部に入れさせてください」

 今度は三人が後ろを振り向き、小声で話す。


「これで……二……目」

「……アキと違……タイプ」

「何な……制服……いける」

「これは……何としても……」

「「「入れなければ!!!」」」


 何だ何だ? 先輩方は何を話してるんだ!?


 くるりと勢いよく三人は振り向き、本番前で時間が無いのにも関わらず、とびっきりの笑顔で、


「ようこそ演劇部へ!」と言った。


「あ、客として来たんで入るつもりないです」


 ビキィ!

 先輩方のこめかみに青筋がでてきたのは気のせいだろう。若干笑顔も引きつっている。


「そういえば先輩方、何でチャイナドレス来てるんですか?」

 空気の読めない新田が、核心を着いた質問をする。僕も気になっていた。なぜこの人たちは変態行為を開始直前にやっていたのだろう。


「いやな、奈緒の奴が春休み課題をやってなくて補習になっちまったのさ」


「え、奈緒先輩って今回出番ありましたよね?まずくないですか?」


「そうなんだよ。他の部員もサポートしないといけないから手が足りなくて。そこで、俺たちの誰かが出る事になったのはいいけれど、あいにく服がなくてね」

 軽そうな先輩が答える。つまり、奈緒先輩という人が出られなくなってしまったって事か。それは大変だ。


「倉庫を一通り漁ってみたものの、手に入ったのは女子用制服とチャイナドレスだけだったのさ」

 強面先輩が続く。


「まぁその二択なら身長高くても似合うチャイナドレス一択になって、さっき試着してみたわけよ」


 学校が舞台なのになんでそうなった。


「いやいやいや! おかしいですって! 途中まで良かったんですけど、後半おかしいですって!」

 ついに我慢できず突っ込んでしまった。この人たちは、服への概念がおかしいのか?


「まぁそう言うな新入り。何事も来てみなければ分からん。」


「だから入るって言ってませんって。」


 ……………。急に三人がアイコンタクトをとった。次の瞬間、

 慧先輩が消える→

 強面先輩が僕を羽交い締めにする→

 チャイナドレス先輩が筆記具(油性マジック)を取る→

 慧先輩が紙(入部届)を持ってくる→

 強面先輩とチャイナドレス先輩が僕の手にマジックを握らせ、紙に無理やり署名させる。


「「「入部おめでとう」」」


 あまりにも…… 一瞬の出来事であった。速すぎて暴れる暇もなく、ただチャイナドレス先輩が僕の名前を書いていく様を眺める事しかできなかった。


「ちょっと! 何するんですか!」

 形だけの抵抗だとはわかっていつつも、やらずにはいられない。ひと握りの僕のプライドが許さないからだ。


「まぁまぁ、お前も強制入部しなければいけなかったんだ。それならどこだっていいだろ?」


「だからって納得せずにこんな……!」


「なんだお前、演劇は嫌いか?」


「いや、嫌いじゃないですけど……別にそこまで興味があるわけでも……」


「じゃあ決まりだな」


「いや、まだやるなんて言ってませんよ!」


「そうやって何度も嫌がるな。食わず嫌いは損をするだけだぞ」


「そうそう、案外やってみると楽しいかもしれないよ?」


 チャイナドレスを放課後に着る部活が楽しいのだろうか。僕はその言葉を必死に飲み込んだ。


「はぁ……まぁ……わかりました。そうですね、やらないのに否定はよくないですよね」


「そういう事。よろしく頼むぜ。俺は部長の三年、足利貴文あしかが たかふみだ。こっちは細田則本ほそだ のりもと。そしてこの軽そうなのが」


小此木慧おこのぎ さとし。ノリと同じく二年。よろしく」


「よろしくお願いします。一年の楠千尋くすのき ちひろです」


「よし、早速だが千尋。一つ頼みがある」


「何でしょうか?」

 ん? 三人がにじりよってきた。これは、嫌な予感がする。先輩方がまたアイコンタクトを取るや僕は囲まれた。


「なんですか……!? ホントに分からないんすけど!」


 部長は、今日一番真剣な顔で、僕をまっすぐに見つめて言った。


「千尋、お前が女装してこの演目に出てくれ」


「お疲れ様でした!」


 バッと後ろを振り向き逃げ出した僕の手を、足利先輩はガッシリと掴む。その眼は、完全に狩人のものであった。


「嫌だ嫌だ嫌だ!! 入部五分で女装は嫌だ!どんな罰なんですか!! 新手の虐めですよ!!」


「何言ってんだ。罰なわけあるか」


「そうだよ、むしろやりたくてもできないからいい機会じゃないかな?」

 二年生二人は僕を説得に回る。その手には乗らねぇぞ!


「じゃあ先輩方が着ればいいじゃないですか!」


「千尋、諦めろ」


「やっぱり罰だと思ってますよね!? 今完全に言いましたよね!? 諦めろって!!」


「声が大きいよ千尋。お客さんに聞こえてしまう」


「今更何言ってんですか! 散々大声出してただろ!!」

 僕の反論には取り付く島もない。なんて非道な先輩だろう。


「とにかく千尋。お前しかこれを着られない。身長が百六十ちょいなら、ギリ女でも通る」


「それに、今補習受けてる奈緒と千尋の背格好は似ているし、多分いけるよ」


 二年がさらに外堀を埋めにかかる。


「他のところに回してくださいよ! 後は他の一年にやってもらうとか!!」


「もう開演まで時間が無い。副部長に確認をとってくる。慧の台本を読んでおけ。セリフはあまりないから出てくる前後から重点的にな」


 そう言って、足利先輩は向こうの仕切りの方へ消えていった。

 はぁ……とんだ災難だ全く。


 ……本当に僕が出るの……?


 僕と演劇部との出会いは、最悪であった。マジで。だけど、少し期待もしていた。

 何か、変えられるんじゃないかって思ったからだ。

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