臨死体験

ウゾガムゾル

臨死体験

 まぶしい光を感じ、私は目を覚ました。

 ここはいったいどこだ?

 辺りを見回すと、そこは暗いトンネルの中だった。なぜ、こんなところに?

 そして、すぐそばに出口も見えた。出口からは、強い光が入ってきていた。


 私はトンネルを出た。


 その先には、花畑が広がっていた。赤、白、黄色の花たちが、隙間なく生えている。それがどこまでも続いていた。

 それにしても、明るい。空を見上げると、うっすら虹がかかっているように見えた。


 何なんだ、ここは。


 私は少し移動した。しばらくすると花畑が途切れ、目の前に大きな川が現れた。


 どうなっているんだ。


 私は、死んだのか?


 必死に思考を回す。お花畑に、川。この川は、三途の川なのか?

 そして、記憶をたどる。本当に死んだ? 死んだとしたら、いつ、死んだ?



 川の目の前で考えていると、いつの間にか周りに大勢の人が立っていることに気づいた。

 私を囲むように立っている。老いた男女が多い。しかし若者や子供もいた。みんな白い服を着て、うつむくように目をつむっている。


 彼らはいったい? まさか、死者だというのか。それなら私は、やはり本当に死後の世界に来てしまったというのか。

 すると、彼らのうちの一人、若い女性が目を開け、顔を上げてこちらを見た。

 そして、言った。


「だめ」


 だめ、とは?


 私は川のほうへ進もうとした。しかしその途端、すこし歳をとった男性が言った。

「こっちに来てはだめだ」


 私は振り返る。ある年老いた女性は言った。

「まだその時じゃない」


 私は構わず川に進もうとしたが、集団は私が進むたびに輪を小さくして、私を囲った。


「だからだめだと言ったのに」

 後ろのほうで、そんなことを言っている大勢の声が聞こえた。振り返ると、さっきよりも人が増えていた。


「まだ早すぎたんだ。私たちには到底扱いきれなかったんだ」

 そんな声も聞こえた。



「おい、システムが……」

「だれか止めて!」

 その声とともに、さらに人が増え、今や花畑の花すら見えなくなっていた。


「止めて」


「止めろ!」


「急いで?」

 見渡す限り、最初の輪の外側は、すべて人で埋め尽くされた。

 そして、その中の一人が倒れるのが見えた。それをきっかけにして、輪の外側の人々が次々と倒れていく。


 やがて輪を作っている人以外の、すべての人が倒れた。


 しばし、何もない時間。


 ふと、輪を作っていたひとり、年老いた男性が、ゆっくりと私に近づいてきた。


 彼の歩みと呼応するように、周囲の風景がどんどんと暗くなってゆく。人や花畑は消滅して、赤い海が現れた。

 そして、彼は言った。


「お前は、取り返しのつかないことをした。お前は

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 *


「こうして、暗黒の時代は終わりを迎えたのでした」

 月面プラトン地区小学校で、社会の先生は言った。

「先生!」

 大きな声で手を挙げたのは、ある男子児童だ。

「おお、元気がいいな。何でしょう」

「もう一回言ってください!」

 教室には、笑いが起こった。

「……お前なー。ちゃんと聞いとけよ」

 先生は苦笑い。「もう一度しか言わないからな」

 そして先生は繰り返した。

「……トンプソン暦六十七年、社会を高度に機械化する目的で、中央集権型コンピューター管理システム、ノヴァが導入された」

 児童たちは同じ話を二度も聞かされているので、退屈な顔をしていた。

「これには反対の声も多かったんだ。しかし半ば強引にノヴァは導入されることになった。そして、恐れていたことが起きてしまったんだ」

 先生は熱く語るが、眠っている児童もいた。

「ノヴァは、社会に不要だと判断した人間たちを、次々と殺害していったんだ。若い女性も、中年男性も、年老いた老婆もだ。体に埋め込まれたチップが爆発して死んだんだ。このせいで、世界の人口は」

 今や真剣に聞いている子供は誰もいない。それがわかっていても、先生は続けるほかなかった。

「……その後、必死の作業のかいあってノヴァのメインサーバーは停止された。当時の地球の『日本』という場所に置いてあったものだ。だがその時までには、世界人口はわずか三桁になっていた」

 先生は勝手に続ける。

「そして、生き残った人類は、再びその数を増やし、今や月面移住を果たすようになったわけだ。これを持って、暗黒の時代は終わった」



 誰もが寝静まった静かな教室で、男はつぶやいた。

「人は死ぬとき光を見るというが、コンピューターはその機能を停止するとき、何を見るのだろうか」

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