第45話 接待




 暗き暗き森の中の拠点建設。


 ハンスがベルシュから戻り、必要な資材や道具が揃わないと本格的には小屋を建てたりはできない。

 そのためひたすら道を切り開くことだけを行っていた。

 こちらも本格的な整地した道などではない。単に藪や邪魔な木の枝を切り払うだけだ。

 あまり本格的に道を付けてしまうと、拠点がすぐに発見されてしまうので、あえて切り開くだけに留める。


 それでもヒヨコ岩からは結構な距離があるので、ハンスが戻って来るまでは毎日俺とドノバン先生、ダイクはこの作業に従事した。


 毎日手伝いに来てくれるリューズには、スライム皮膜をもう少し持ってきてもらい、乾燥小屋と乾燥した草木を置く場所を作った上で、乾燥した草木の管理をやってもらった。

 リューズ本人は、道を切り開くことを手伝いたいようだったが、誰か一人は拠点候補地で作業してもらわないといけなかったので、そうしてもらった。


 切り開いた道は雪狼も通れるくらいの広さがあったので、切り落とした枝だの草だのはフデに括り付けて拠点候補地まで運んでもらう。

 他2頭の雪狼にも名前を付けた。この3頭のリーダーはそのまんまボスと名付けられた。最もこの3頭の群れは3頭ともオスだから繁殖行為はできない。寂しいリーダーだ。

 もう1頭は中間管理職だから課長とかにしようと思ったが、日本語だから止めて、マッシュ=バーデン男爵と同じバロンにした。こいつの名が一番カッコいい。


 ボスとバロンは俺たちの作業中は周囲の警戒をしてもらう。

 森の魔物と言われる動物は、魔物らしく瞬足や跳躍力強化など身体強化系の能力を持っているから、アルミラージでも群れで突進されたりすると、マチェットしか得物がない俺たちでは到底防ぎきれないのだ。

 彼らの周辺警戒のおかげで襲われることなく俺たちは作業することができた。


 ハンスが戻るまでの間は毎日日中は代わり映え無く同じ作業の繰り返し。


 ただ、俺は夜の生活は充実させようと決心し、行動に移していた。


 夜の生活と言っても、当然8歳の俺はエロき事をする訳ではない。


 風呂の作成に取り掛かったのだ。


 ダイクが発見した温泉を利用する訳でもない。

 温泉は将来的には村に引くようにしたいと思っている。


 ここ数日で入れる風呂を作ろうと決心したのだ。


 少し前に俺はドラム缶風呂でもいい、と考えていたが、ドラム缶なんぞこの世界にある訳がない。だから代用の物を何か使おうと思っていたが、ふと気が付いたのだ。

 川の水が溜まってるところに、焼いた石入れれば湯が沸くんじゃん。

 ここフライス村では川の水を飲料水に使ってる訳だし、水はきれいなんだからそれでいいはずだ。

 その方が、わざわざ風呂桶に水溜める重労働しなくてもいい。


 そこに気づいた俺は、川の横に人が一人入れる大きさの穴を、土魔法を使って掘った。

 掘り出して出た土は穴の横に積み上げ、浴槽の壁のようにする。

 そうしてできた土の浴槽を、土魔法で陶器のように固めていく。


 一日でやり切るのは体力的に難しかったが、3日でできた。


 川から水を入れる取水口と浴槽までの水路を作り、取水口は浴槽に水を入れない時は木板で塞いでおけるようにした。


 「殿下の入浴にかける情熱は大変な物がありますね」


 ドノバン先生が感心したように言う。


 「ええ、疲れて戻った後に入る風呂は最高ですよ」


 浴槽が完成する予定日は、ちょうどマッシュ=バーデン男爵が食料などを持ってきてくれる日だった。

 俺たちはいつも通り夕方に暗き暗き森から戻ってきたので、マッシュ=バーデン男爵は夕方まで俺たちを待っていた。


 「バーデン男爵、今日はこれから戻ったら夜でしょう。今晩は泊まって明日クリン村に戻られては如何ですか?」


 俺がそう勧めると、マッシュ=バーデン男爵は少し躊躇ためらっていたが、結局泊まることにしてくれた。


 客室はピアが清掃、ベッドメイクをしていたので、ベルシュへ行って不在のハンスの部屋にドノバン先生が一旦移動し、俺とダイクが相部屋になり、3部屋をバーデン男爵とその従者のために空け、使ってもらうことにした。


 「申し訳ありません、ジョアン殿下。私たちのために気を使っていただいて」


 マッシュ=バーデン男爵はそう言って恐縮していたが、


 「気にしないで下さい、バーデン男爵。バーデン男爵には今回、私たちがフライス村に来るのを無理を言って引き受けていただいたようなものですし、今の私はこの村ではデンカー商会の息子、ジョアン=デンカーということになっていますので、バーデン男爵もそのおつもりで話していただいて結構ですよ」

 と伝えた。


 なおもバーデン男爵は恐縮していたが、


 「すいません男爵、実は騎士の一人がベルシュへ出かけていて、男爵たちにも水汲みを手伝っていただきたいのです。私は浴槽を今日仕上げてしまいたいので、ひとつお願いします。その代わり一番風呂はバーデン男爵に入っていただきますので」


 「いえ、水汲みなど容易いことですが、そんな入浴までも私が殿下より先になど」


 「いえ、私が入る前に危険が無いか確認する役割と思っていただければ。では私は浴槽を仕上げて、その後湯を沸かすための火を焚きますので、バーデン男爵と従者の方々には水汲みをお願いします。夕食は私付きの万能なメイドが作ってくれておりますので、入浴後にいただくことにしましょう。では」


 そう言って無理やり話を終わらせた。



 浴槽の縁の部分を土魔法で陶器の様に硬くして、浴槽は完成した。

 完全に野ざらしの、野性味溢れる露天風呂だ。

 ハンスが道具を持ち帰ってきたら、周囲に小屋を作りピアも入れるようにしようと思う。


 水路を開いて浴槽に水を入れたら浴槽の横で火をおこし、そこに両掌で包めるくらいの大きさの石を3つほどくべる。

 程よく石が過熱されたところで、木の板2枚を使って石を掬い、湯舟に投げ込むと、物凄い水蒸気を上げ石が浴槽に沈む。


 水汲みが終わって広間で寛いでいたマッシュ=バーデン男爵に、湯が沸いたことを告げる。


 「男爵、風呂が沸きましたので、お願いします。しっかり感想を教えて下さい」


 そう言って男爵と従者を浴槽へ案内する。


 ピアが男爵の着替えとタオルを持ってきてくれた。

 着替えとタオルを従者に渡し、俺たちは一旦広間に戻った。


 わざわざ今回バーデン男爵に風呂を勧めたのは、バーデン男爵に風呂の良さを知って貰うためというのもあるが、今後のことを考えてバーデン男爵ともう少し距離を縮めておきたい、というのもある。


 これまでマッシュ=バーデン男爵は食料などの援助はしてもらっているが、俺達にはどことなくよそよそしい、一線を引いた接し方だった。やはり王家の王子とそのお付きに対してどう接したらいいのかで戸惑いはあるようなのだ。

 今後長期間ここフライス村を拠点とする可能性は結構大きい。できるだけ統治を任された男爵と距離は縮めたい。


 今考えている近々の課題は、雪狼たちにフライス村周辺の危険な魔物や動物を追い払ってもらったら、フライス村でも畜産を再開させたいので、豚や鶏をクリン村や周辺の他の村から調達するのにバーデン男爵の力を借りたい、というものがある。

 他にも建設の資材調達や人材確保、今後の物資の取引、インフラ整備の協力要請などもあり、男爵の力を借りなければならないことは今後多くなると思われるのだ。


 辺境の代官ながらバーデン男爵は何故か3年前にイザベル母さんから一番最初に製品化したコタツを譲られた経緯もあり、ニールセン王家に忠誠を誓っている。

 それで今回すんなり俺がフライス村に来ることを受け入れてくれたのだが、それでも代官の男爵に対して今後少ない物資や人材を回してほしいと無理な所をお願いすることもあるだろう。


 その時に多少の無理は聞いてもらえる関係を作っておきたいのだ。


 「いや、殿下申し訳ありません、お先に湯浴みをさせていただきました」


 30分程するとバーデン男爵が顔を上気させ、機嫌よく戻ってきた。


 「どうでしたか、危なくありませんでしたか」


 「焼石に肌が当たらないよう気をつけて入りましたが、湯加減は丁度良かったですよ。いや、王都や上級貴族の家でしか入れないと言われている風呂に、まさかフライス村で入れるとは。殿下の心遣いに感謝致します」


 「男爵、そんなに感激されなくても良いのですよ。私の為に危険が無いことを確認して頂いたのですから。では従者のお二人も先にお入り下さい。私たちはその後でいいので」


 「いや殿下、それはあまりに殿下に対して失礼にあたります。そのような訳には」


 「いえ、いいんですよ。私はきれい好きなので、従者のお二人が入ったら湯を入れ替えようと思っているのです。ですから先に入っていただかないと困ります」


 「いえ、ですが」


 「ああ、本当にお湯の入れ替えが出来ないと困るなあ。ピア、タオル従者の方の分持ってきて」

 俺は有無を言わさず話を進めた。


 ピアがタオルを持ってきたので


 「ピア、お二人を案内してあげて」

 そう指示した。


 流石に男爵も従者も断るわけにはいかず、従者はピアに連れられまた浴槽へ行った。


 俺は一度厨房へ行き、ここにいる間誰も飲まなかったハラス産の冷やしてあったワインとグラス、そして自分で飲む分のベリージュースを持ち、男爵の元に戻る。

 ちなみに冷やすと言っても冷蔵庫なんかない。要は暗い地下の物入れに入れてあるだけ。前世日本ほど湿気がなく、日があたるところだけ暑いこのアレイエムは地下の物入れはヒンヤリしている。そこに入れて置いたワインを厨房に用意しておいたのだ。


 そして、男爵の前にグラスを置き、男爵のグラスに開けたワインを注ぐ。


 リューズが保証してくれたが、やっぱり俺には何となく気持ちを雰囲気で伝える力がある。

 俺は心から男爵に感謝している、と自分で強く思い、男爵に語りかけた。


 「マッシュ=バーデン男爵、男爵には本当に本当に私がフライス村に来るためにお骨折りいただき、感謝しかありません。今の私が男爵に感謝の気持ちを表すには、こんなことくらいしかできませんが、どうかお受け下さい」


 「そんな、殿下に手づから注いでいただくなど、臣下として光栄の極みでございます」


 「男爵、今の私はデンカー商会の息子ジョアン=デンカーですよ。単なる商家の息子にとって、男爵からいただいている庇護と便宜は途方もなく大きいのです。ありがとうございます、乾杯!」


 ここもやや強引に乾杯した。


 従者を案内し終わったピアが、つまみ代わりのロールキャベツを男爵の前に置く。

 ドノバン先生とダイクも来て、男爵に代わるがわる酌をしていき、自分たちもワインを飲み、宴会になだれ込む。

 朝の時点で、今日はマッシュ=バーデン男爵を歓待しようという話はダイク、ドノバン先生、ピアにはしてあったので、皆その通りに動いてくれたのだ。


 実はこの後、村長のディルク夫妻と、オーエ教のイクセル=ルンベック牧師など、村の顔役何人かも来る手筈になっている。


 以前からマッシュ=バーデン男爵はフライス村には年数回日帰りで来るだけだったので、村長たちも男爵と胸襟を開いて話す機会が欲しいというのはそれとなく聞いていたので、今回この不意打ちのような歓待の機会を作ろうと思ったのだ。


 しばらくすると男爵の従者たちも風呂から上がってきたので、すぐに駆け付け1杯でエールを渡す。


 そのままなし崩しに宴に参加させる。


 従者たちにもフライス村のことを知ってもらった方が後々都合がいい。

 ピアもこれまでの数日でマールさんに教えてもらった料理を作り、饗する。

 素朴な料理ばかりだが、自分の仕事にしっかり取組み研鑽するピアの作る料理は上等な味だ。


 「教えていただいたフライス村の家庭の味ですが、男爵のお口に合いますでしょうか」


 「いや、村人の食べる料理は今まで食べる機会がなかったが、なかなかこれは味わい深いですな。丁寧に作っておられるようだ」


 「ありがとうございます。男爵に喜んでいただけて何よりです」


 男爵とピアがそう言葉を交わしたが、普通は使用人が男爵にこのように直接会話をすることは無礼に当たる。

 俺の狙い通り、男爵と従者が「無礼講の特別な夜」と思ってくれたようだ。


 「男爵、私は以前から男爵に何か特別な親近感を感じていたのです。男爵はいかがですか?」

 と俺が水を向けると、ワインの酔いが回ってきた男爵は


 「いや、私も殿下には恐れ多い事ですが特別に親しみを感じていたのですよ」

 と答える。



 狙い通り。 



 「男爵が宜しければ、以前からお願いしていた通り、私のことはフライス村に居る間はジョアンとお呼び下さい。間違えて殿下と口に出しても、私の姓はデンカーということにしてあるので大丈夫です。

 それと、私も今後男爵をお呼びする時に親しみを込めてマッシュ、と名を呼んでもよろしいですか?」


 「ええ、かまいませんとも。ジョアン=デンカー、これからは私をマッシュとお呼び下さい」


 「では、マッシュ。フライス村に居る間は、口調もこれからは畏まらずにラフに話しましょう」


 「ええ、デンカーがそう望まれるのであれば、そういたしましょう」


 「お互いの従者、私の従者のダイクやドノバン先生、今は不在のハンスも、男爵にはラフに呼びかけてもよろしいでしょうか。男爵の従者の方も同様に私たちには敬語不要と言うことで」


 「ええ、その方がここで殿下が過ごしやすいのであれば」


 「では今後はそうしていきましょう。

 いや、今日は素晴らしい夜だ。皆、グラスを掲げてくれ。まだこれから村長たちが来るが、ひとまずあたしたちの今夜と言う素晴らしい夜に乾杯!」


 「「乾杯!」」


 そう言って俺がベリージュースを飲み干すと、皆も乾杯しグラスのワインを飲み干した。


 しばらくすると村長夫妻、ルンベック牧師も来訪し、一緒に宴に参加した。


 改めて乾杯し、マールさんが持ってきたとっておきの豚肉をオーブンで焼いた料理も供されて、和気あいあいとした宴となった。

 村長らも、これまでの用事が終わったらすぐにフライス村を後にしてしまう素っ気ない様子とは違って上機嫌で笑う男爵には話をしやすかったようで、陳情ではないけれど、村や教会の現状をそれとなく伝えることができていたようだ。


 夜11時頃になり宴はお開きとなった。


 翌朝、朝食を摂り、クリン村に戻る男爵を見送る。


 「マッシュ、昨夜は楽しかったね。マッシュが良ければ来週物資を持ってきてくれる時も、一晩時間を作ってくれないか? 村長のディルク達も昨夜のマッシュの様子に喜んでいたよ」


 「ええ、ジョアン=デンカー。私も村人らと触れ合う時間は貴重だと思いましたよ。来週も是非。昨夜はデンカー秘蔵のハラスワインをいただいたので、デンカーにはクリン村で作られたベリージュースを、ダイクさん達には私秘蔵の蒸留酒をお持ちしましょう」


 「ああ、そうしていただけると嬉しいよ。昨日は不在だったハンスもきっと飛び上がって喜ぶと思う。

 じゃあマッシュ、道中気を付けて戻ってね」


 「ええ、デンカーも。では来週またお会いしましょう」


 そう言ってマッシュ=バーデン男爵はクリン村に戻っていった。


 マッシュを見送った俺たちは、またいつものように暗き暗き森に行く。


 天気もいい。


 今日もまた草刈だな。




 今夜は昨日入りそびれた風呂に入れるから、それを楽しみに一日頑張ろう。






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