暗き暗き森の拠点

第43話 スライム発見




 リューズに案内され、拠点建設候補地に移動する。


 森の中だから、当然道なんてなく、俺たちは藪をかき分け、蔓を切り開き移動する。

 マチェットが本来の用途で大活躍している。


 リューズは弓なんて持って移動する訳だから、こうした藪などは弓が引っ掛かって困るんじゃないかと思っていたが、弓を上手いことガイド替わりに使い、スイスイと歩いている。

 自分が通れるスペースの把握に上手く弓を使っている感じだ。

 当たり前だがこうした森の中の移動に慣れているリューズは、藪をかき分け切り開きながら移動する俺たちよりも当然移動が速いので、時々俺たちを待ちながら先導する。


 ダイクはリューズの後ろを雪狼たちに歩かせ、ある程度俺たちが歩ける空間を広げてもらおうと思っていたようだが、リューズが結構藪の中や倒木の隙間などを通るため、特に体格の大きい、ボス争いで負けた2頭に関しては、同じ所を通るのが難しく迂回しないといけないため、結局は体格の大きい2頭はニオイを辿って後から来るように、と指示し周辺の警戒をさせることにしたようだ。


 幼体の頃に群れからはぐれた、小柄な1頭のみ俺たちと同行する。


 雪狼は冬になると冬毛になり、雪と同じ白い毛になるそうだ。それで雪狼というのだが、この小柄な1頭は茶色の夏毛に生え変わった今でも、頭の一部に冬毛が残り、その形が毛筆の筆の先に似ている。


 俺の中ではこいつの名前はフデに決まった。


 「おい、フデ。そこ枝が反り返ってるぞ」


 伝わるはずもないが、そんなことをフデに声かけしながら俺もハンス達の後ろについて藪漕ぎしてく。

 藪歩きは人の後ろを歩いている時に近すぎると、前の人間がかき分けた植物が反動で勢いよく戻ってきたりするので注意が必要だ。

 野生の雪狼だったフデにそんな注意する必要はないが、こいつたまにハンスが踏み分けた木の根が反動で戻ってきたやつに当たってびっくりしてたりするから、ちょっと可愛らしい。

 まあ移動方法が違う人間の後について移動するのは初めてだろうから慣れていないのだろう。


 藪をかき分け斜面を登り降りし、30分程進んだころ、水音が聞こえ出した。


 川が近いのだろう。


 「akitro♦ihjihj」


 リューズがエルフ語で何か言った。


 俺たちは周囲が開け、下草が茂った10m程の開けた場所に到着した。


 『リューズ、リューズが言ってた場所ってここでいいのかい?』


 『ええ、そうよ。ここ、拠点にするにはいいと思わない?』


 周囲は木や藪に囲まれており、30m程先には小川が流れている。

 小川からは3m程高くなっており、大雨で小川が増水したとしても水没して流される心配はしなくて良さそうだ。


 『いい場所じゃないか。ちょうどおあつらえ向きだ』


 俺はリューズにそう伝えた。


 とりあえず、藪漕ぎで結構疲れたので、小川へ水を飲みに皆で行く。


 小川は河原になっており、背の高いススキが所々生えているが、全体に草はそんなに生えていない。

 一昨日の大雨の時など、雨が降ったら河原まで水没するくらいの水になるのだろう。

 河原の幅は対岸まで5,6mくらいか。

 そこを今は落ち着いた速さで水が流れている。

 水深はそれほど深くなく、深そうな所で俺が入ったら股のちょっと下くらいまで水が来る感じだ。大体40㎝くらいの深さか。

 水は透明で澄んでおり、川底まで見える。


 各自、両掌で水をすくい、飲む。


 藪漕ぎで渇いた喉に水がしみ渡る。


 持ってきた水筒(湯たんぽとも言う)に新しい水を入れ直す。


 フデの奴は、一応集団の中の序列を理解しているのか、俺たちの中では一番最下流の場所で、ずっと水を舐めている。

 可愛い奴だ。ハグレの雪狼集団の中でも可愛がられているのかも知れない。


 「クウ~ッ、エールもいいけど、この水もウマいっすね~」


 ハンスがジョッキがあったら掲げている、といった様子でそう言う。


 「ハンス、その年でもうエールを飲むのかい?」


 俺は、アレイエムって飲酒の制限年齢とかあるのかな、と不思議に思い聞く。


 「殿下、エールなんざ都市部じゃ皆10になるかならないかで飲み出しますよ。なんせ水みたいなモンですからね」


 「そうなのかい?」


 「ええ、都市部じゃ水は公共の井戸から汲むしかないんですよ。だから水は調理に優先的に使われますし貴重なんです。一人前になった奴は、飲むのはエールが多いんですよ。安いですしそんなに酔うって程アルコール入ってませんからね」


 「なるほどね。ハンスの性格も酒場で培われたわけだ」


 「まあ、親父が立派な人間ですからね。ちょっと息子の俺は外の世界の水に交わって見るのも良いんじゃないか、何て思いました」


 ハンスは第一騎士団長、ゲオルグ先生の息子だ。


 元々領地持ちの伯爵家当主で、厳格な中に優しさが詰まっているゲオルグ先生とは違い、ハンスは表向き軽薄で世間ずれしている様子を装っているが、しっかり周囲を観察、確認して、他者を陰から支える、そういった役割を自然とこなしている。

 ハンス本人は認めないだろうが、ゲオルグ先生の元に居るならばゲオルグ先生を上手く支える副官の役どころが似合っている。多分、ハンス本人も無意識のうちに、リーベルト家が上手くいく役回りを選んだってことなんだろうな。


 「ハンスみたいな人が居てくれると、その集団は上手く回る気がするよ。これからもよろしくね、ハンス。

 まずは拠点作りのための下準備、頑張ってね」


 「殿下のそうゆう人を乗せておいてこき使うところ、敵いませんね~」


 ハンスは照れたように後頭部を右手で掻いた。


 喉の渇きを癒したあと、持ってきたパンをかじり、腹ごしらえをする。

 リューズは森の中に入り、サクランボや桑の実を取ってきて食べている。


 『リューズ、人間が作ったパン、食べてみて』


 俺はそう言ってリューズにパンを一つ渡す。


 『ありがとう、もらうね。お返しに、じゃあ、これ』


 リューズはそう言って桑の実をくれた。

 なかなか見た目がツブツブで微妙だが、美味しく食べられる。

 一気に口に入れ、甘酸っぱい味わいを楽しみ、種をプププと吐き出すお行儀の悪い食べ方で味わった。


 『あらら、人間の作るパンって固いんだね。酵母は使ってないの?』


 俺が渡したパンを食べたリューズの感想。


 『あまり酵母を使ったパンは一般的じゃないみたいだね。エルフの作るパンは違うの?』


 『私たちの作るパンも全部が全部酵母を使ってふんわり、って訳じゃないけど、家によってはけっこう酵母使ってパンを焼いてるよ。私の家はお母さんが酵母作りを趣味みたいにしてるからけっこうパンはふんわりしてるかな。小麦じゃなくてライ麦パンだけどね』


 『それを聞いたらリューズの家に行くのが楽しみになってきたよ』


 王宮で暮らしていた頃は毎日食べていた酵母入りのパンが懐かしい。


 『だったら早く言葉を覚えないとね』


 全くだ。


 そのためにも簡単な小屋でいいから早く拠点を作らないとな。




 腹を満たして一息入れた後、拠点づくりの下準備に入る。


 とはいっても今日は変わらず探索のつもりで来ているので、ノコギリやら斧など、太い木を切る道具は持ってきていない。更に言えば金槌もない。釘だけはマーキングのために色付きの物を持ってきているが。


 下準備として、ヒヨコ岩からここまでの経路を、行き来しやすいように更に下草や藪を切り開く。そんなに立派な道ではなく、とりあえず人が通る時に障害物になる枝や草をマチェットで刈り払うだけだ。

 刈った枝や草は道端にまとめておく。後で拠点に運んで乾燥させれば薪などの燃料になる。


 途中で結構手ごろな太さ長さの倒木があったので、さっきの拠点候補地に運び、ハンスが持ってきた縄で縛り、竪穴式住宅のような骨組みを組み上げた。持ってきたすきで穴を掘り、そこに骨組みの根元を入れて埋め、固定する。

 こうしてできた骨組みに、リューズの持ってきたスライムの皮膜を加工したものを被せ、簡易的な竪穴式住居の出来上がりだ。この中にさっき道づくりで刈った枝や草を入れておけば乾燥が早くなる。


 簡単な乾燥室だ。


 スライムの皮膜は透明で、裏側は水を通さず表側は水を通すという性質があるので、太陽光を通し、乾燥室に入れた枝や草から出た水分は外に放出するので、中に湿気がこもらず乾きが早い。


 これは本当に便利だ。


 道を切り開くのは主にダイクとドノバン先生が行っていた。


 「殿下、殿下! 来てください!」


 ドノバン先生が大声で俺を呼ぶ声がするので、急いでドノバン先生の所に行く。

 ドノバン先生は俺たちが来たのがわかると、藪の一点を指さす。


 ドノバン先生が指さす先を見ると、大きさ直径10cmくらいの551の肉まん型の何かが、藪の根元でプルプルと揺れている。

 色は茶色で、周囲の色に溶け込む保護色になっている。

 そいつはよく見ると白っぽい二つの目のように見える器官と、赤っぽい半月型の器官が、その体の中に見える。ただし、きれいに顔に見えるような配置ではない。


 そいつは俺たちに見られてるのがわかっているのかわかっていないのか。


 俺たちが近づいても全く変わった様子がなくプルプル揺れている。


 『なんだ、スライムじゃない』


 俺についてきたリューズが事も無げにそう言った。


 「先生、そいつがスライムですよ! 今リューズがスライムだって断定しました!」 


 「ああ、絶滅したとされているスライムに、こうしてお目にかかることが出来るとは……神よ、この巡り合わせに感謝いたします……」


 感激しているドノバン先生を尻目に、リューズはスライムに近づきスライムを指でピニョンと摘まむと手に取った。

 リューズの掌の上に乗ったスライムは少しづつ色を変え、青い色になっている。周囲の環境に合わせて色を変えて発見されづらくしているのだろう。 


 『この森なら、スライムは結構いるよ。さっき話したように、私たちはスライムを飼ってるくらいだし』


 リューズは掌に乗せたスライムを見ながらそう言う。


 『ジョアンも持ってみて?』


 そう言ってリューズは俺にスライムを渡した。


 スライムを掌に乗せてみる。


 生温かく、なんとなくねっとりしている。掌の上のスライムはプルプル揺れており、揺れるたびにスライムの中の目や口に見える器官が、まるで水槽の中に入れたプラスチックの玩具のような感じで少しづつ動いている。


 リューズはその間に藪の中を調べ、もう1匹スライムを捕まえていた。


 『こっちにもいたよ。どうする? これも持ってく?』


 リューズはもう1匹のスライムも掌に乗せ、俺に差し出す。

 リューズが持っているスライムの方は、今俺が持っているスライムよりも一回り大きく、直径15㎝くらいだ。


 「リューズさん、私にもスライムを触らせて下さいませんかッ!」


 ドノバン先生がそう言って手をリューズに差し出す。

 リューズは言葉はわからなかっただろうが、ドノバン先生の仕草でわかったのだろう、手に持ったスライムをドノバン先生に渡した。


 「これがスライム……思っていたよりも生温かい生物ですね……」


 ドノバン先生はスライムを感慨深そうに眺め、そんなことを口にした。

 確かに俺もスライムはもうちょっとひんやりした感じだと思っていた。


 『リューズ、このスライム、手に乗せてて大丈夫なの? 手を溶かされたりしない?』


 俺はちょっと心配になり聞いた。


 『大丈夫よ。思いっきり握ってもスライムの皮膜はそう簡単に破けたりしないから。でも伸ばした爪で突きさすように握ったりすると破けるかもね。スライムの中身の体液は有機物を溶かす性質があるから皮膜が破けると手が溶けちゃうと思うけどね。そんなことしなければ大丈夫よ』


 『まさか、そんなアホなことはしないよ』


 流石に外見は子供とはいえ、精神年齢は一応高いつもりだ。そんな子供じみたチャレンジはしたくない。


 『このスライム、持ち帰っていいかい? 生態を知りたいんだ』


 『持って帰ってもかまわないと思うよ。私が聞いているこの森から持ち出してはならないものって、たった一つだけだもの』


 『何だいそれ? 気になるな』


 『それは多分、私の両親に会ったら教えてもらえると思うから楽しみにしてて。それでスライムを持ち帰るなら、大事に育ててね。

 さっきも言ったと思うけど、スライムは生物の排泄物や死骸、堆積物を食べて、植物の成長に必要な養分を排出してくれるんだ。色々と試してみるといいよ』


 『ありがとう、リューズ。大切に育てるよ』


 『ああ、ちなみにスライムって多分単細胞生物だから、一生懸命世話をしたら懐く、みたいなことは無いよ。ただスライムの生存本能に従って行動するだけだから』


 あちゃー、そうか。


 ス ラ イ ム は な か ま に な り た そ う に こ ち ら を み て い る


 何てことは無いのか。残念。


 『スライムを持ち帰るなら、背嚢に入れてっても大丈夫だよ。尖った物を一緒に入れたりしなければね。あと、帰り道で尖った木の枝がスライムを入れた背嚢に刺さったりしないように注意してね』


 結構リューズは色々と気を回して助言してくれる。


 有難いことだ。



 そうこうしているうちに日が大分傾いてきた。


 「じゃあ今日は一旦これくらいで終わろうか。すきは明日も使うだろうから拠点設置予定地に置いてってもいいだろうし、そろそろ戻ろう」


 俺が皆にそう声を掛けると、ドノバン先生は大事なことを思い出したようだ。


 「ああっ、村長宅に行ってピアさんが料理を運ぶのを手伝わなければ!」


 デスヨネー、早くしないとドノバン先生、またピアに心をグッサリやられるかもだ。




 俺たちはリューズと別れ、急いで森を出た。








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