尤もらしい理由がほしいんでしょう?




 面会室で男が2人、アクリル板越しに面会をしていた。

 面会時間は30分。狭い個室でその2人が顔を合わせるのは2回目だ。

 片方は記者、片方は23人を殺害した男。


「今日もお願いします」

「はいよ」

「前回はあまり時間もなかったので、よく聞けなかったですけど、今日は事件のことについて質問させてもらいます」

「気が滅入るな……まぁ、いいけどさ」

「どうして、こんな事件起こしたんですか?」

「なんて答えても、誰も納得できないと思うけど」

「直接的な理由はなんですか?」

「直接的な理由か……理由とかはないかな」

「何か理由がなければ、23人も殺してバラバラにして遺体を弄んだりしないでしょう」

「本当に、別に特別な理由はない。お金の為とか、性欲の為とか、憎かったとか、邪魔だったとか、そういうことは一切ない」

「…………あなたの生い立ちを教えてもらえますか?」

「まだ会って2回なのに、随分踏み込んだ質問をしてくるんだな」

「答えたくないですか?」

「……別に、変わったところはない家庭だよ。両親がいて、兄弟がいて、両親とも働いてて、虐待とかもなかったし、学校でもイジメることもなかったし、イジメられることもなかったし、友達も悪いやつとつるんでたわけでもないし、俺も大学出てから普通に働いてたよ」

「強い孤独感を感じたことはありますか?」

「ないな。人付き合いはぼちぼちって感じ」

「小さい頃にショックなことはありましたか?」

「精神科医みたいなこと聞いてくるな……うーん……育ててた花が枯れちゃったときかな」

「花を育ててたんですか?」

「あぁ。俺は花が好きなんだ。薔薇とか百合、ダリア、マーガレット、パンジーとか色々育ててたよ。花は綺麗だし、世話をしてると答えてくれるように咲くんだ。花育てた事ある?」

「なくもないですけど……あまり得意ではなくて。枯らしてしまいました」

「ふーん……」

「話を戻しますが、幼少期に祖父母の死とか……そういうショックなことはなかったんですか?」

「物心つくかつかない頃に両家祖父母は全員いなかったから。特にそういうのはないな」

「動物などは飼ってましたか?」

「猫を2匹飼ってたよ」

「猫を虐待したりは?」

「あんた……失礼なやつだな……そんなことするわけないじゃん」

「ますます分かりません。どうして23人も殺して何人もバラバラにして、弄んだんですか? 被害者の遺体の肉を食べたりもしたそうですね」

「どんな味するのか、気になったから。シカとかイノシシとかクジラとか、メニューにあったら“どんな味するのかな?”って思うじゃん。思わない?」

「それでも人間の味は気になりませんよ。食べようとも思わないですし」

「別に、どうしても食べたくて食べたわけじゃなくて、ちょっとどんな味か気になったから食べてみただけだよ」

「じゃあ、まず1人目の話を聞きますね。初犯が23歳のときでしたが、そのときなにか大きな心境の変化があったんですか?」

「いや?」

「1人目との関係性は友人でしたね? いさかいがあったとか、お金の貸し借りがあったとか、お酒を飲んでいたとかありますか?」

「別に何もないよ。ちょうど近くに紐があったから、お互いふざけて相手の首絞めてみたら死んだ」

「元々憎いとか、そういうことはありましたか?」

「ないよ。普通にいい奴だったし」

「友人を手にかけて悲しかったですか?」

「そりゃ、悲しかったよ。だって友人が死んだんだから悲しむのが普通だろ」

「なぜそのときに救急車を呼んだり、救命措置をしたり、自首したりしなかったんですか?」

「だって明らかにもう死んでたし。でも死んだっていう実感は全然なかったな。悲しいんだけど、実感がないっていうか。殺したって実感もあんまりなかったから、自首するって気持ちはなかった」

「それで、バラバラにしたんですか?」

「そのままにしておけないし。肉って常温で放置すると腐るじゃん? 腐ったらマズイかなって思って一先ず冷蔵庫に入れた」

「食べる為じゃないんですか?」

「友人を食おうとは思わないでしょ」

「それから、あなたは遺族の人に焼いた後の骨を送ってますね」

「行方不明で探し続けるっていうのは可哀想だから。死んだってことは知らせないとさ。向こうの親とも俺仲良かったから、ずっと探してるの可哀想だろ」

「殺された方が可哀想に思いますが」

「葬式は俺も出たけど、泣いたよ。やっぱり友達が死んだって実感が出てきて悲しかったから」

「……でも、自首はしなかったんですね」

「死んだって実感は生まれてきたけど、殺したって実感がなかったからな。なんか……急にどっかいっちゃったような気がしたよ」

「あなたのせいですよね?」

「理論的にはそうなんだけどね。今でも時々泣くんだよな。悲しくて」

「後悔していますか?」

「いや、殺した実感がないから後悔するとかはないかな。説明するのは難しいんだけど」

「……自分がサイコパスだと思いますか?」

「よく言われるけど、サイコパスって相手の気持ちとか分からないやつのことだろ? 俺は映画とか本とか読んでても普通に感動して泣くし、可哀想って思うし、悪いことしたら良心が痛むよ」

「もう一度聞きますが、殺したことについて罪悪感はあるんですか?」

「申し訳ない気持ちで殺したりしたことはあるよ。やっぱり泣いて“やめてください”とか言われると良心が痛むから」

「思いとどまらなかったんですか?」

「思いとどまらなかった」

「どういうことなのか……想像できないんですけど……」

「可哀想に思いながら殺した」

「可哀想だと思ったらその行為をやめると思うんですけど……被害者の生い立ちとか生き様とかに同情して、死んだほうが幸せだと思って殺したんですか?」

「それは別に。生い立ちとか知らなかったし」

「…………次に、5人を毒殺した件ですが……こちらはどうしてしたんですか?」

「ヒ素が手に入ったから、同じアパートのおすそ分けで入れてみた」

「どうしてですか?」

「なんで……? 持ってたから」

「何か憎しみがあったり、あるいは殺すことで快感を感じたりしましたか?」

「なんもない。別に生きてても良かったし、死んでても良かったし、直接手を下したわけじゃないから殺した実感はなかった。別に殺しに対して快感はない」

「それによって、あなたではない別の人が容疑者として逮捕されましたね。それについてはどう思ってますか?」

「酷いことをするなって思った。その人の人生が滅茶苦茶になって、警察の対応も“申し訳ございませんでした”くらいだったから、改善した方がいいなって」

「自分のしたことは酷くないんですか?」

「遺族の会見とか見て、可哀想になって泣いた」

「これも殺した実感がないから罪悪感はないってことですか?」

「罪悪感は殺す前からあったし、今も持ってるよ。殺した実感はない」

「結局、何で殺したのか分からないんですけど」

「理由はないよ。興味本位とかそういうのでもない」

「でも、ヒ素を入れたら食べた相手が死ぬって解ってましたよね?」

「かもしれない程度かな。別に殺そうって確固たる決意みたいなのはない」

「なんで自分が殺人をしたのかわからないんですか?」

「俺は別に、殺したいって明確な願望もないし、逆に殺したくないって明確な願望もない。道歩いてるときに、地面見て蟻を避けるか、気にせず歩いて殺すかの違い……みたいな」

「でも、23歳まで人殺しはしてませんでしたよね?」

「してなかったね」

「その境目が分からないんですけど」

「境目とかないよ。俺と一般人の境目がないのと一緒だよ。俺のこと、必死に一般人との差を探そうとしてるけど、例えばサイコパスだとか、例えば小さい頃に虐待を受けて育ったとか、相手に憎しみを持ってたとか、精神病があるとか、そういう殺人者に当てはめやすくて分かりやすい傾向を見つけようとしてるけど、そういうのないよ。俺に1つ2つ異常な部分を見出しても、何をもって異常って判断するのか、分からない」

「一般的な人は殺人なんてしないです。駄目だって小さい頃から教えられますし」

「海のない県に住んでる人がサーフィンするかしないかくらいの違いしかないと思うんだけどな」

「……趣味で人を殺したってことですか?」

「趣味とかじゃないんだよね……別に楽しいとかないし、悲しいし」

「支離滅裂で分からないんですけど。罪悪感もあって、悲しいって気持ちもあって、でも思いとどまらず、殺したという実感もわかないんですよね?」

「そう」

「人格が複数あったりしますか?」

「ないよ。24人のなんとやらみたいな感じか? ないない。酒もやらないし、違法薬物もしないし、そういうのなんもない」

「…………」

「きっと、俺の異常性について記事にしたいんだろうけど、そういう煽り方は良くないと思うよ。俺の正常なところを書いても読者は納得しないかもしれないけど、殺人者と殺人者じゃない人の境目を探すのは無駄だよ。再発防止の為って言ってたけど、俺の場合は参考にならないと思う」

「犯罪者を出さないように支援・配慮したり、犯罪を犯してしまった人を支援するのは社会にとって必要なことです」

「うん。それはいいと思うんだけど、例えばさ……前に見かけたんだけど、殺人者に花を育てさせるのは更生プログラムになるとか……そんなわけないと思う。俺、花好きだけど、それと殺人とは無関係だし。それが効果的な人もいるかもしれないけど、俺の場合は違うし。家庭環境に問題があったとして、家庭環境のせいにする風潮もあるけど、家庭環境悪くても犯罪に走らない人もいるわけじゃん? 一概に○○のせいかもって疑ってかかると結局何が本当の原因なのか分からなくなっちゃうと思うよ」

「理由がないってことはないと思うんですけどね。私は真実を知りたいんです」

「俺が話してることが真実だよ。理由のない殺人。それが事実」

「…………」

「多分さ……俺とこうやって面会続けていくなら、俺に感情の転移とかすると思うんだよね。それと、これが原因かもっていうバイアスがかかるから正確な解釈は考えるほど難しくなっちゃうんじゃない? 結局、健常者同士でも理解し合えないのに、異常者と健常者じゃ理解できないのは普通だと思うけど」

「自分が異常者だという自覚はあるんですか?」

「別に自分が特別異常だとは思わない。何をもってして異常って言うのかっていう定義をしないと、この話は不毛だろ」


 面会の終わりを告げるアラームが鳴った。


「また次も来るの?」

「……考えてはいます」

「まぁ、せいぜい俺を一生懸命異常者にしたてる為の記事を書くんだな」

「…………」




 ***




「【2回目】岡山市23人殺人事件の被告人と面会」


荒巻あらまき竜輝りゅうき被告は終始落ち着いている様子で話をしていた」


「殺害した事実は自覚しているものの、“殺害した実感がない”ということを繰り返し主張していた」


「死体を食べたことに対して、“興味があったから”と軽薄な理由を述べた」


「動機について聞いたが、明確な殺害動機を述べることはなかった。“理由はない”と何度も述べていた」




 後の裁判でも荒巻被告の殺人動機については明確にならず、「死刑」という結果だけが残った。




 END



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