第3章 九条琢磨 1
ここは『ラージウェアハウス』のオフィス―
5月の太陽が心地よく社長室を照らし・・デスクを挟んで興奮気味の琢磨が二階堂を見下ろしている。
「え?今・・何て言ったんですか?」
琢磨は額に手を当てながら言った。琢磨の目の前にはデスクに座り、品の良いスーツを来た二階堂が肘掛け椅子に寄りかかっている。
「何だ?聞こえなかったのか?お前、もう難聴を患ったか?その若さで?」
二階堂はニヤリと笑みを浮かべながら言う。
「あいにく、難聴なんか患っていませんよ。それより社長こそ頭は大丈夫でしょうか?」
琢磨は失礼を承知で言った。いや、それ位言っても構わないレベルだと思ったのだ。
「俺?頭はいたって正常だが?」
「なら・・・おかしいでしょう?そんな事を俺に言ってくるなんて・・幾ら業務命令とは言え、そんな事聞けるわけないじゃないですか!」
琢磨は二階堂のデスクをバンバン叩きながら言う。
「だから、最初に言っただろう?これは業務命令では無く・・先輩後輩としてのお願いだと。」
「だ、だからと言って・・・!」
するとすかさず二階堂は言った。
「どうせ暇なんだろう?」
「うっ!」
「土日は特に何の予定も無く、1人マンションでネットで動画を観ているか、もしくは1人で朝からドライブに行くか・・・それ位しかする事が無い男のくせに?」
「うぐっ!」
琢磨は胸を押さえた。
「本当にお前・・モデル並みの容姿をしているのに・・恋人は愚か、休日に一緒に遊ぶ友人もいないとは・・寂しい男だな?」
二階堂はより一層口元に笑みを浮かべる。
「べ、別に友人がいないわけじゃありません!た、ただ・・・皆恋人がいるか・・家族がいるか・・そのどちらかなので・・・。」
最後の方はしりすぼみになってしまった。
「ほら見ろ。結局暇だって事だろう?それに明日の予定は特に何も無いって最初にお前、言ったじゃないか?」
「ですけど!そんな事を頼まれるなんて知っていたら予定を入れていましたよ!大体何でいきなり明日の事を今日言うんですかっ?!」
「そんなのは簡単だ。事前に話していたらお前、絶対に予定を入れるなりして断って来るだろう?まぁ・・・そういう訳だから明日はよろしく頼むよ?静香も腕を振るって弁当を作って来るって言ってたぞ?言っておくが・・うちの静香は料理がプロ並みにうまいぞ~?」
「何ですか・・・?またいつもの惚気ですか・・?結婚して5年になるって言うのに・・。」
琢磨はうんざりしたように言う。
「そういうお前はいつまで引きずっているつもりだ?」
突然真顔で二階堂が尋ねてきた。
「え?」
「そうっていつまで朱莉さんの事を引きずってるんだ?もう彼女は各務修也の妻になって半年が経ったんだぞ?」
「べ、別に俺は引きずっているわけじゃ・・・。」
琢磨は二階堂から視線を逸らすように言う。
「嘘つけ。俺が御膳立てしようとしてもお前はいつも断って来るじゃないか。九条、お前・・もう32だろう?そうやって一生独り身を通す気か?」
「・・・別にそう言う訳では・・。」
「だから、俺が家族を持つとはどういう気持ちになるか疑似体験させてやろうと思って、明日行われる愛娘の幼稚園の運動会に招待したんだろう?」
「だから、それが納得いかないんですよ!何故俺が社長の娘さんの動画を撮影しなくちゃならないんですかっ?!」
「当然だ!両サイドから娘の雄姿を動画に収めるためじゃないかっ!静香はPTAの役員の仕事で忙しい。だから俺がこうしてお前に頭を下げて撮影を頼んでるんだ!」
「頭なんか一度だって下げていないじゃないですかっ!いい加減な事言わないで下さいっ!」
すると二階堂が言った。
「そう言えば・・・最近インドに進出しようかと考えていたんだが・・・。」
「え?」
「あそこは中々現地に就任する人間が拒むんだよな・・。最近は夏場は40度はざらに超える暑さみたいだし・・。」
「う・・・。」
琢磨の背中に嫌な汗が出てきた。
「妻帯者を出向させるのは中々こちらとしてもな・・・。」
「ま、まさか・・・。」
琢磨の顔色が青ざめていく。
「ここはやはり独身の人間を行かせるしか・・・。」
「わ・・分かった!分かりました!明日・・喜んで参加させて頂きますっ!」
とうとう琢磨は二階堂のプレッシャーに負けて・・・明日開催される二階堂の愛娘の運動会に、動画撮影の為に駆り出される羽目になるのだった―。
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