第2章 京極正人 12

「あ、あの・・つまり専属秘書というのは・・?」


飯塚はただの家政婦でいるのは嫌だった。すると京極はまるで飯塚の気持ちを汲んでいるかのように言う。


「ええ、その名の通り家事以外にも・・僕の仕事の手伝いをお願いしたいと思っています。実は今僕が新しく作ったIT企業はベトナムで立ち上げたんですよ。本社は今のところベトナムですが、僕は日本に戻ってきたのでこちらで日本の企業を立ち上げて本社にしたうえでベトナムは支社に変更しようと思っていたところです。今現在日本に社員がいないので・・近々求人を募集しようかと思っていたんです。飯塚さんは日本の社員1人目という事で・・いかかでしょうか?」


「私が・・京極さんの企業の日本での初めての社員・・?」


それは夢のような提案だった。京極から直々の雇用なら履歴書も必要無い。何より・・当然自分の前科を知っている。そのうえでの採用であり、衣食住も提供してくれるなど・・これほど恵まれた事は無い。だけど・・・。


「いいんですか・・・?本当に私みたいな前科者を雇って・・。」


すると突然京極が飯塚の両肩に手を置いてきた。


「飯津さん・・・。」


京極は今まで一度も聞いたことの無い低い声で飯塚の名を呼んだ。


「な、何ですか・・?」


飯塚は京極の突然の態度に驚き、声を震わせ・・その時、初めて京極の険しい表情を見た。しかし、その目はどこか悲し気にも見えた。


(な、何て顔で・・私の事見るのよ・・・!)


すると強い口調で京極が言った。


「飯塚さん・・・いいですか?もうむやみやたらに自分の事を前科者だとか・・卑下するような言い方はしないで下さいっ!貴女は・・刑期を全うしたのです。普通の人たちと何ら変わりありません。もっと・・自分に自信を持って・・・堂々と振舞っていればいいんです!」


「わ、わかりました・・。」


あまりにも今迄とは態度が豹変した京極を見て、飯塚は焦ったが・・それでもこれでようやく自分は一社会人として、仕事を持てたのだと言う事を改めて実感するのだった。


「では、飯塚さん。早速僕と雇用契約を結びましょう。今日中に僕が契約書の書類を作ります。出来上がったら飯塚さんに確認して貰って・・・問題が無ければ雇用契約を結ぶことにしましょう。」


「はい、宜しくお願いします。」


飯塚は頭を下げた。


そしてその後、2人は出来上がったカレーを食べ・・・飯塚が片づけをしている間に京極は契約書を作成し、その後2人で見直し、この日2人は社長と専属秘書とし手の契約を交わすことになった―。




****


 2月―


午前11時―


 早いもので飯塚が京極と雇用契約を結んで1月が経過していた。今日は土曜日で飯塚は食料品の買い物に町へ出ていた。いつものスーパーへ向かう途中、人々が行きかう町中で飯塚は突如足を止めた。


(嘘・・!何でここに・・!)


前方から拘置所で勤務している30代後半の女性刑務官が私服を着て、男性と腕を組み並んでこちらに向かって歩いて来ているのだ。


(折角刑務所での暮らしを忘れかけていたのに・・・!)


その女性刑務官は臼井という名で、受刑者たちに陰で嫌がらせをしていたので恐れられていたのだ。よりにもよって彼女に会うなんて最悪だ。

飯塚はすぐに踵をかえそうとしたが・・・。


「あら?飯塚咲良さんじゃないの!」


よりにもよって臼井は街中で大きな声で飯塚のフルネームを呼んだ。


(な、何て・・・嫌な人なの・・・!)


飯塚は心の中で舌打しながらも振り向くと笑顔で言った。


「こんにちは・・お久しぶりです・・。」


「ほんと、そうよね~・・あれからでも一か月が経つのね?だけど意外だったわ・・まさかこんな近くで会うことになるなんて・・。」


「ええ・・そうですね。」


(当たり前よ!私だって・・自分が入れられていた拘置所の近くになんか住みたくないわよ!)


すると臼井と一緒にいた男性が口を挟んできた。


「おい、恵。誰だ?この子は。」


臼井と同年代とみられる男性が飯塚を見ながら尋ねて来る。


「ああ、この人はね・・・。」


(やめて!私が・・拘置所にいた事を言わないでっ!)


飯塚は臼井が何か言う前に自分から素早く言った。


「わ、私は以前色々と・・臼井さんにお世話になった者ですっ!」


そして俯いた。どうかこのまま見過ごして欲しいと祈りながら―。

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