見なければいけない
大学生の時、ソフトボールのサークルに入っていた。
男ばかりの集まりだった。
サークル内でたまに試合をしては、その後に軽く飲むぐらいの集まりで、私の性に合っていた。
また、試合のたびに人数が足りず、サークル員が知人を呼んだので、新しい知り合いをつくる、良い機会でもあった。
かく言う私も、最初は助っ人で参加し、その後に入会した。
大学の夏季休暇中に、そのサークルの先輩から電話があった。
私は県外の出身だったが、帰郷はすでに済ませており、アパートで日々を過ごしていた。
地元出身の先輩は自宅住まいであった。
遊びの誘いかと電話に出たところ、明日から三日間、家の見回りをしてほしいとの話であった。
謝礼を出すといわれたが、その金額に驚いた。
ひと月分のアルバイト代と変わらなかった。
「急に、家を空けなければならない用事ができたので、慌てて人を探しているのです」
先輩には家族がおらず、いつも頼んでいる人も一緒に出かけてしまうとのことだった。
用事もなく、その先輩にはお世話になっていたので、私は二つ返事で引き受けた。
しかし、家を留守にするからといって、自宅の見回りに大金を出すというのは、普通の話ではなかった。
私のアパートから、自転車で三十分ほどの距離に、先輩の家はあった。
ごく普通の住宅だったが、車庫には高級車が二台並んでいた。
飲み会の帰りにタクシーで家の前を通ったことはあったが、中に入るのは初めてだった。
中も造りこそは普通の家であったが、置かれている調度品は、一般家庭で育った私にもわかるほど、一流のものがそろえられていた。
飾られている壺をひとつ落としただけでも、弁償に苦労しそうだった。
「ここがリビングです。テレビは自由に使ってください。有料放送も見れますよ」
大きなテレビが部屋の壁にかけられていた。
「冷蔵庫の中のものも好きにしていいですよ。置いてあるお酒も飲んでいいですが、酔いすぎないようにしてくださいね」
言い終わると先輩は廊下に出て、二階に上がった。
そして、ある部屋の前で立ち止まった。
「この部屋の中を一日に一度、見てください。それが今回のお願いです」
先輩にうながされて中に入ると、内装がクリーム色で統一されていた部屋には、何も置かれていなかった。
「万全を期して、三日間、この家にずっといてほしいのですが、そこは君に任せます。とにかく、毎日、この部屋に何もないことを確認してください」
なぜ、何もないのに、部屋の中をみなければならないのか?
その事情を聞きたかったが、尋ねられない雰囲気が、先輩から感じられた。
「なにかあった場合は、どうすればいいのですか?」
「なにも起きませんよ。ただの空き部屋ですから」
尋ねた私に、先輩はそう答えた。
念のため、私は三日間、先輩の家に泊まり込み、毎朝、くだんの部屋を確認した。
先輩の言う通り、なにも起きなかった。
私はお金を受け取ると、東北へ一人旅に出かけた。
奇妙な頼み事から半年ほど過ぎたある日の朝、急いで家に来てほしいと、先輩から電話がかかってきた。
手伝ってほしい作業があるとのことで、提示された報酬は、一年間の学費をまかなえるほどであった。
先輩の家へ着くと、玄関から出て来たのは、ジャージ姿の若い女性であった。
ちょっといないぐらいの美人であったが、ひどく冷たい感じがして、民話に出てくる雪女を思わせた。
一言も口をきかない女性に従い、二階の例の部屋へ入ると、室内全体がひどく汚れていた。
その汚れは半年でついたものとは思えず、何十年も放置されていたかのようにみえた。
壁紙をはがしていた先輩が、挨拶もなく、作業の指示を出してきたので、薄気味悪さを感じつつ、私は壁紙に手をかけた。
壁の汚れが取り除かれると、慣れた手つきで先輩が、新しい壁紙を張っていった。
その日のうちに、作業は終わった。
それが十数年前の話で、頼みごとはそれ以来なく、大学を卒業後、私が地元に戻ると、先輩との縁は切れた。
先月、家族旅行で、大学生活をすごした県を訪れた。
先輩の家の前を通ったが、更地になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます