短編集「パワースポット」

青切

星新一に影響を受けている(気がする)作品

パワースポット

 エヌ氏はフリーランスの記者であった。


 ある時、広告代理店の依頼を受けて、都内の化粧品会社へ取材に出かけた。

 事業の内容を聞いたのちに、社長へインタビューを行い、それを記事にまとめる。

 それがエヌ氏の仕事であった。

 エヌ氏の書いた記事を読んでもらい、化粧品の購入につなげるのである。

 報酬が相場の二倍と破格であったため、出版不況が厳しい中、ありがたい仕事だった。



 取材先の社長は、赤いアイシャドウが目を引く美女で、年は三十五歳だった。

 インタビューの間中、社長はエヌ氏を値踏みするような眼で見つめていた。

 社長や成功者と呼ばれる人は得てして、そういう風に他人を見るものだと、エヌ氏はあまり気にしなかった。



 インタビューは問題なく進み、話題は社長の出身地に移った。

 社長を全面に出した記事を作ってくれと、広告代理店から言われていたので、彼女に関する情報を、念入りにエヌ氏は調べていた。

 とうぜん、エヌ氏は社長の出身地だけでなく、名物や観光地など、話のきっかけになる情報も把握していた。



 社長の故郷はありふれた舎町なかまちだったが、さいきんになって町内の神社にご利益がある、パワースポットだということで、観光客が増えていた。

「本当にご利益があるのなら、私も行ってみたいですね」

 エヌ氏が話を向けると、社長が無表情で答えた。

「あの神社にご利益なんてありませんわ。すべて私が町に紹介した、広告代理店の仕組んだことですもの。行っても意味はありませんわ、あの神社には」


 思わぬ暴露にエヌ氏が言葉を継げないでいると、社長が話を続けた。

「でも、私の生まれた町に、パワースポットがないわけではありません。神社の裏の森をまっすぐに進むと、円状に開けた空き地があります。そちらは本物です」

「どのようなご利益があるのですか?」

 社長の顔色をうかがいながら、エヌ氏が尋ねた。

「一言でいえば繁栄ですわ。普段は、その場所に町の者は近づきませんが、一年に一度だけ、お祭りをします。これがかなり珍しいお祭りなんです」

 「どう珍しいのですか」と問うエヌ氏に、社長が笑いかけた。

「それは秘密ですわ。外の者に漏らさないという掟が、町にありますから」

「ここまで話しておいてですか?」

「気になるのならば、ご自分で見に行かれてはどうですか。交通費は私が出しますから」

 微笑を絶やさぬまま、社長は言い終えると、エヌ氏に封筒を差し出した。

 エヌ氏が中をのぞいてみると、半年は遊んで暮らせる金が入っていた。

「その祭りを見たあと、どうすれば?」

「私の指定する出版社に記事を持ち込んでください。今から町長の困る顔が目に浮かぶわ。もちろん、くれぐれも内密にお願いしますわ……。さあ、インタビューを片付けてしまいましょう」



 祭りの前日。

 ハイキングの帰りを装ったエヌ氏は、観光客に交じって神社に着いた。

 日はもう暮れかかっていた。


 他人の目を気にしながら、エヌ氏は境内けいだいの裏手に回り、歩きづらい土の道を進んで、話にあった空き地を目指した。

 明日の祭りに備えて、町の者は身を清めるのに忙しく、遭遇することはないとの話であった。


 歩き続けた先で、エヌ氏は円状の空き地に出た。

 空き地を見下ろせる場所を見つけると、エヌ氏はそこに身を隠して、朝を待った。



 翌日の早朝、エヌ氏は人の声で目を覚ました。

 ビデオカメラ越しに様子を探ると、それぞれ何かを手にした男たちが、空き地に集まっていた。


 やがて一人の男の指示に従い、笛と太鼓の音が響きはじめた。

 音が鳴り響く中、男たちは空き地に四本の竹を立て、四方をしめ縄で囲った


 地鎮祭でも始めるのか?

 エヌ氏が事の成り行きをながめていると、男たちはしめ縄の中へ入り、黙々と穴を掘りはじめた。

 その様子をながめながら、残りの男たちは酒や料理を楽しんでいた。


「こぢんまりとした祭りだな。ずいぶんと掘っているが、何かを取り出すのか。それとも何かを埋めるのか。しかし、これが記事になるのかね?」

 独り言を言い終えたエヌ氏の後頭部に、強い衝撃が走り、彼は意識を失った。



 穴を埋め終えた男たちは、シャベルで土をよく叩いたのち、しめ縄の外に出た。

 その様子を見て、町長が満足そうにうなづいた。


「これで神様にも当分の間、お静まりいただけるだろう」

「そうですね。これで水害に襲われることもなく、来年の作物もよく実ることでしょう」

「準備に苦労の多い祭りだが、十二分に見返りがある。ご利益があるのかないのか分からない、ほかの祭りとはちがう」


 笛と太鼓の音が軽やかに響く中、しめ縄で囲まれた何もない地面に向けて、町長は手を合せながら言った。

「町に繁栄を授けてくれる、最高のお祭りだ」

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