私の過去
@yamashin0908
第1話
読者の皆様には一つ謝罪をさせていただきたい。これからお話しすることは、生涯誰にも話さず墓場まで持っていくと決めていたことなのだが、如何せん文字を綴るということも身の上話をすることも初めてなもので、お見苦しいものになるものと思う。それでも、皆様には太宰の言う『勇気』を持って投げ出さないでいただければと、それが私から皆様へ望む唯一のことだ。理解も同情も憐憫も、もしかしたら賞賛も、私はそれらのものは何一つ望まない。理解されることはないと知っているし、同情や憐憫を向けてもらうだけの価値もない。賞賛されることは言うまでもなく…。つまるところ、これはただの自慰行為に過ぎない。私小説と呼ぶにも拙いものになるが、この文字列を読んで何か感じてくれる方が現れてくれるとするならば、至上の喜び。
さて、私が何故己が汚点を開示しようと思い至ったかを話すことで口火を切らせていただく。
私という人間は大層厄介な精神性を抱いていると自負している。未だ過去に発症した厨二病が抜けきれていないだけという点を否定できないが、それを差し引いても、自分でも時々自分のことをめんどくさい人間だと思うことがある。厄介じゃない人間なんていないという意見に大手を振って大賛成だが、並以上の煩雑さを抱いているという点を前提として話を進めていきたい。何より厄介なのは、そんな自分が決して嫌いではないことなのだが。
当然、天邪鬼の一面を持ち合わせているわけでそれこそが、今回文字に起こそうと思い立った大きな要因であることは自明だった。
そうすることで自分自身を嫌いになれる唯一にして大きなチャンスだったからだと、自分の秘密を敢えて開示することこそが自分をさらに認めてやれる絶対の機会だったと思い至ったからこその今回の決断だった。
長ったらしい自己紹介、誠に申し訳ないが折角話すからには悔いのないよう言葉を尽くしたいと思うのが人情。どれだけ言葉をつくしても意味がないことは重々承知しているが、せめて間違えないように、ちゃんと話して、ちゃんと嫌いになって、その上でちゃんと自分を認めてやれる話をしたいと思う。
登場人物のプライバシーを保護するため、事実と嘘を混ぜながら話を進めていくこと、ご了承いただいきたい。
事の発端は中学生時代。当時、陸上部に所属しており、大したランナーではなかったけれどそれなりに真面目に部活に励んでいた。今でこそこんな性格にはなってしまったものの、中学生の私は教師から生徒会に入ることを望まれていた程度には人望があったと思っている。今思い返せば恥ずかしくもあるものの、当時の自分は自分なりに頑張っていたと思うので未来の自分が過去の自分を裁くのは今は控えておく。
風薫る5月の下旬、部活の大会後、学校で解散し、自転車で自宅に帰る時に事件が起こった。
自宅までは自転車でおおよそ15分かかり、田舎の学校に通っていたため、舗装されてない道を通ることがほとんどだった。田んぼ道以外は道も細く、自転車が2台横を走れるかどうかの道もぞろにあった。もちろん車は通ることはできない。
けれど、そんな通学路が私は好きだった。田んぼに苗が植え始めたら生命の躍動を感じ、草丈が伸び出したら暑くも眩しい陽射しを思い、頭が垂れるほど実ると身体を切る風の涼しさに安らいで、刈り終えて一帯を見通せる田を見ると、悴む指の痛みと時節の廻りが身に染みる。他にも陽の長さや装い、虫たちの音色で季節に思いを馳せるこの時間が好きだった。
しかし、季節に感じ入っていたのか、あるいはただボーッとしたのか、何もない道で自転車がスリップし、単独事故を起こした。車の通りがなく、転倒後に撥ねられるという二次災害がなかったのが不幸中の幸い。けれど、怪我の具合は幸いと言えるほどのものではなく、脱臼骨折というどれだけ骨が外れているんだ、という結果だった。転倒中に目まぐるしく回る視界のおかげで何が起きたか分からない内に骨折したお陰で、痛みを感じなかったことが本当の幸いだったのかもしれないが。しかし、その後搬送された病院では折れた骨のズレを治すため、麻酔もせず折れた状態で骨を嵌められたという地獄を見ることになったが。
その後の入院生活は快適と呼べるほどでもなく、かと言って不快というほどでもなかったが、肩口から入る麻酔注射で腕がどんどん冷えていくような感覚や、自分に行われている施術を見ながら手術台に横たわったり、手の甲に入る点滴注射が意外と痛かったことだったり、骨折してなければ味わえなかった目新しい経験ができたことは、経験しないことに越したことはないと思うが、今もこうして何かしらに繋がっていると見ると良かったのかもしれない。
その後一週間の骨接入院を経て、退院。
退院後に2ヶ月のリハビリを言い渡され、数ヶ月の間固定されて細々しくなった腕を元に戻すための運動が始まった。骨接が進みギプスを初めて外した時、片方の腕の半分ほどの細さになり垢に塗れた腕を見て喜ばしさ半分、見なければという後悔半分で握力を計測しても5kgにも満たない数値が出て、これからのリハビリに暗雲立ち込めていた。長い間固定されていた肘を動かすといった時も、筋肉が固まってしまっていたのか、今まで何不自由なく動かせてた腕が、伸ばそうとした動作だけで痛みが走った。
ただ、何回かそうした運動をこなしていくと徐々に可動域が広がっていくのが人体の凄い所だった。
さて、そろそろ私の話を終わりにして本題に入る。長ったらしく申し訳ない。
入院とリハビリを行っていた病院は地域では一番規模が大きいが人口比的に高齢者の利用者が多かったため、同世代のリハビリ施設利用者は自分以外に見当たらなかった。だからこそ、目についたのだろう。むしろ、何故今まで気付かなかったのか、女の子が独り、部屋の脇に置いてあるベンチに座って、本を読んでいた。見つけた初日は、誰かの付き添いなのかと思っていたが、また別の日にも寸分違わない姿勢で同じ本を読んでいた。このままモヤモヤしたままで終わるのも嫌だと思い、リハビリの最終日、また同じ姿勢で読書に耽っている彼女に、1人ですか?と声をかけた。彼女は声をかけられたことにも気付かなかったのか、何も答えることなく読書を続けた。空いているベンチの横に座ると、ようやく気が付いたのか、驚いたように目を大きく見開いた。こんにちは、と挨拶すると、「・・・・・・」と黙ったまま本に隠れるように縮こまってしまった。申し訳ないことしたかな・・と思いつつ、私もそのまま診察までの時間を潰すため前もって持ってきていた本を開くと、初めてこちらへ向けた反応を見せた。
「・・・その本」その日持ってきていた本は、何らかの偉人伝だったと記憶してるが一体誰に関する内容かは覚えていない。
それが彼女との初めての会話だった。
どうやら彼女も入院患者で重度のアレルギーを持っているようで、検査のためこの病院にいるらしい。年齢も詳しくは訊かなかったが、見た感じ同世代ということもあってリハビリ後も続いた診察で病院を来るたびに、彼女の病室を訪ねるようになった。2人の間の会話は専ら読んでいる本の内容だったり時事問題だったり、いろんな話をしたがお互いのプライベートを質問しないという暗黙の了解が取られていた。いや、勝手に私がそう思っていただけだったかもしれない。ただ、病室で話す彼女は第一印象ほど引っ込み思案ではなく、むしろ朗らかな人だった。入院中とは思えない気丈な笑顔は窓から射し込む日の光も相まって、恥ずかしい話をすると、天使のようだと本気で思っていた。そんな彼女に踏み込んで良いとはとても思えず、この歪な関係が始まった。彼女は非常で理知的で言葉遣いの端々から気品を感じ、私はボロが出ないようになんとか話を繋いでいくのに精一杯だった。そんな中でも、徐々に自然体で話せるようになったのは、彼女の器量のおかげなのだろう。
ずっとこの関係が続いて欲しい。そう思っていたけれど、終わりは前触れもなく訪れる。
骨接の経過も良く、以前より病院に訪れる機会も減ったことで彼女とも次第に話す回数も必然的に少なくなった。彼女は依然入院生活が続いているようで、話したいこと、聞きたいことはもっとあるのに、折れた腕が治ってしまえば彼女とは二度と会えないと不思議と確信していた。
お互いのことは何も訊かないので、電話番号も学校も、もちろん住所なんてわかるはずがない。けれど、今になってそれを訊くのは、彼女との関係を壊すことになるのではないかという恐怖心があった。今思えば、どうあったって、たとえ嫌われようとも彼女のことを尋ねるべきだった。すでに手遅れだが。
そんな懊悩も虚しく、腕の完治の見通しが立ち、最後の診察日が決まった。
それからというもの寝ても覚めても、彼女のために何ができるだろうか・・・。そんなことばかりずっと考えていた。今生の別れになるにしても、何か彼女の心に残るものはないかと。数少ない情報を彼女との会話から得るため必死に振り返り、情報を洗い出す。そんな中で、彼女がよくパンの話をしていたことを思い出した。パンが食べたい、と話していた彼女に美味しいパンを届けることにした。何が好みかまでは流石に分からなかったので複数の種類にパンを、私の最後の診察日に届けた。
夏も終わりに差し掛かり最後の診察も無事滞りなく終わり数ヶ月ぶりにギプスが外れた。
しかし、私の心境は喜びよりも緊張が勝っていた。最後の彼女との対面の方が気がかりだった。最後に何を話そう、何を伝えよう、そんなことばかり頭にグルグル巡り、担当医師との会話は上の空だった。診察室を出た足でそのまま彼女の病室に向かった。彼女の病室に近づくにつれ、心臓の鼓動も高鳴る。病室の番号を確認しながら目的の場所に着いた。逸る気持ちを抑えながら、ノックをして病室に入る。
しかし、その病室に人の気配がなく、無人の部屋にはベッドと窓際に置かれた彼女の本だけが残されていた。一瞬、退院したのかとも思ったが本が残されているということは、彼女も診察か検査中なのかもしれない。彼女が戻るまで居座ろうかと思ったが、知らない男が他所の病室に入っていることが看護師か誰かに見つかると面倒だと思い、買ってきたパンの袋と書き置きだけ残し、帰路についた。
その約一週間後、怪我も快復し登校の準備をしていると、聞き覚えのある病院の名前がニュースに上がっていた。
『***病院で医療過誤が起きました』
その一言で神経が全てニュースの一字一句聞き逃すまいと注意を向けていた。事件内容もまだ何も聞いていないのに、何故か最後に会うことができなかった彼女の顔が浮かんだ。間違えであれ、と願ったが悪い予感とは得てして、よく当たる。
原因が何だったのか、詳しいことは何も知らないしどうでもいい。私の何よりの後悔は、最後に言葉を交わせなかったことなのだから・・・。
私の過去 @yamashin0908
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