おまけ

第42話 醜悪な人間

「だから、そう。僕はあなたを閉じこめることにしたんですよ、王女さま」

「閉じこめる、ですって?」


 その綺麗な人形のような顔をオリガはしわくちゃに歪める。

 オリガはイアンと一緒にいるとイライラしてばかりいる。

 なにせ彼はオリガの王女の立場を尊重しない。


 いや、オリガは今のところ、王女ではないのだけれど。

 それなら、なにとして扱われているのか。

 丁寧な扱いでは、あるだろう。 

 しかし、分からない。


 従僕、ではない。

 むしろオリガの方が、イアンをそう扱っているだろう。彼は甘んじてその扱いを受けているように思える。いや、自分の方が圧倒的に有利な立場にいることを理解しているから、自分に対して偉そうな態度をとるオリガを見下しているのだろう。だからこそ、はいはい、と聞き流せるのだ。


 では、女として?

 考えるのも嫌になるくらい、不愉快だ。


 そう、不愉快なのだ。

 故郷から引き離され、自分に付く従僕といえばイアンの手の内のものばかり。国の情報から一切合切遮断されている。

 国について尋ねると、ニコニコと


「あなたが気にすることではないんですよ」


 とばかり。


 それが気に食わず、イアンに対して一切言葉を発さなくなったのが、一週間も前の話だ。代わりに自分つきの従僕たちには、これでもか、とばかりににこやかに、親切にしてやった。

 ところがイアンと来たら、それでもニコニコとばかりしている。

 相手の余裕ある態度が、余計にオリガの神経を逆撫でた。






 少なくとも、オリガはそう思っていたのだが、もしかしたらイアンも余裕があるわけではなかったのかもしれない。

 旅の連れ合いにつれない態度をとられたら、オリガだってうれしくはないだろう。

 そう、どうやらイアンは怒っているらしい。

 表情こそにこやかだが、その態度はとてもオリガに対するものとは思えなかった。今までうるさいくらいだったのが、急に黙りこくり、そのくせ、オリガをチラチラとまるで珍しい動物でも見るかのような視線を寄越した。


 今までだって、王女に対する態度とは到底言えなかったが、少なくとも人間に対する態度ではあったのに!

 そしてついには、イアンは白壁のまぶしい港町の貴族宅に到着するなり、オリガを客室に閉じ込めたのだ。


「なんのつもり?」


 冷ややかにイアンを睨みつけるオリガとは対照的に、イアンはうれしそうに返事をした。


「ですから、あなたを閉じこめるんです」

「その理由を聞いているのよ」

「あ、そっかあ」


 などと気の抜けるような返事を寄こす。


「だって、あなたは全然僕のことに関心がないんだ。だから、そこに閉じ込めて僕だけを見てもらおうって」

「はあ? 気もち悪い」


 心から湧き出る感情そのままにイアンに告げる。

 イアン相手に感情を隠す意味などない。


 閉じ込められたところで、募るのは憎悪と絶望ばかりだろう。

 だから、閉じこめることも、意味がない。


「そんな身勝手が通ると思っているの」

「あなたが言う筋合いではないですね」


 それも確かにそうだった。


「わたくしに好かれたいのなら、然るべき態度と節度を持って接するべきよ」

「そうしたではないですか。それでもあなたは僕に振り向いてくれない」

「あなたがまるでわたくしのタイプではないのだから、仕方がないじゃない」


 水掛け論になりそうだった。

 イアンもそれに気がついたのか、


「あなたに不自由はさせませんよ。必要なものは僕自ら、すべてこの部屋に運びます。本も、宝石も、望むのならなんだって」


 と嬉しそうに告げた。

 どうやってもそこから動く気はないようだった。


「いやよ」


 ぴしゃりと跳ね除けると、イアンはまるで叱られた犬のように眉を下げた。


「まだ、旅を続ける方がマシだわ」

「旅がお気に召したんですか?」


 意外そうにイアンが言う。

 オリガは頷いたが、内心、自分でも旅が好きかどうか確信はなかった。


 見たことのないものも、食べ慣れない食事も、どこか異質な感じがする。自分が異分子で、本来の居場所はここではないのだと、否応なしに思い知らされる気がする。だけど、それは思ったよりも不快ではなかった。

 少なくとも、あの城で屍の山を築き続けるよりは、健康的な気がする。

 あたたかい太陽にさらされるのも、やわらかな潮風の香りも、自分の人生にはないものだった。それらの事は、きらいじゃない。


 オリガはほんの少し、優しい声を出した。


「もし、この馬鹿げた行いをやめると言うのなら、もう少し歩み寄ってやってもいいわ。そうね、知り合いくらいの距離感でもう一度スタートを切るというのはどうかしら」


 オリガの提案に、イアンは目を丸くし、


「ほんとうに?」


 と喜んだ。

 しかし、それもつかの間、キュッと表情を引き締めると、オリガに一つの条件を持ちかけた。


「では、あなたが魔法でその言葉がウソではないという事を証明してください」






 一人、部屋に残されたオリガは首を振って、ため息をつく。

 そのシミひとつない手の中にあるのは、透明で青く、小さな花瓶だった。


『僕に対する友愛の気持ちを込めると、きれいな花が咲くそうです。それを咲かせてくれたら、あなたの言葉を信じます』


 しれっと要求を上げて、そう言い残したイアンは、どこかに出て行ったのだ。

 オリガはすぐさま花瓶を放り投げて、部屋からの脱出を試みたが、部屋を出る事は叶わなかった。知覚すべてに対しての魔法と、それ以外にもいくつか物理的な魔法がかかっていた。

 オリガはどちらの方が効率的で手っ取り早いかを考え、結局、花瓶に向き合うことにしたのだった。


 まずイアンに対するありのままの気持ちを念じてみたが、これは失敗だった。花が咲くどころか、変な黒い煙が立ち上り、臭気が部屋中に広がった。


 次に、イアンではなく、国にいる父母や友人たちのことを念じてみたが、これも上手く行かなかった。マカロンやクッキーがぽんっ、ぽんっと弾け、飛び出す。なんとなくお腹が減ったような気がして、口に入れるとサクサクとしておいしかったが、必要なのはそれではなかった。


 しょうがないから、ありったけのイアンに対するいい印象をかき集めてみたが、どうも上手く行かない。花が咲くには咲くのだが、どうにも枯れ気味だったり、花弁が一枚もついていなかったりする。


 イアンは『きれいな花』と言っていたのだから、求められているのはまさか、こんなのではないのだろう。

 オリガが元々完璧主義的な性格をしているのも相まって、完璧な花を生み出そうと悪戦苦闘する。しかし、いずれもことごとく失敗に終わるのだった。


 あまりに上手くいかないものだから、寝台に腰掛けて思索に耽る。


「どうして、イアンはわたくしにこんな事をするのかしら?」


 声が揺れた。


 普通、王女ではなくても、好意を伝えるために女性を閉じこめる事なんてしないだろう。多くの人間を知らなくても、それが暴虐で道理ではない事くらいは分かる。しかし、イアンならするだろう、という気もするのだった。


 むしろ、積極的にするかもしれない。

 オリガのイアンに対する印象なんてそんなところだ。


 イアンはどうも人の気持ちに疎いという印象を受ける。オリガが受けた呪いのようなものではなく、たぶん生来の気質なのだろう。なにか、どこかが徹底的にずれているのだ。彼と比べたら、まだオリガの方が普通の範疇に収まる人間だろう。彼の本性は、気味が悪い。


 だから本当に、オリガを部屋に閉じ込めて、自分を見てもらおうとしているのかもしれない。


 それとも他に理由がある可能性もあるだろうか?

 例えば、なにかまずい事が起きていて、自分をそこから隔離したいというような事態に陥っている、とか。


「いえ、ちがうわね」


 心の冷静などこかがその可能性を指摘しつつ、感情の部分がその判断を却下させた。

 感情というのは、こういう時に不便だわ、とオリガはまるで他人事のように思う。

 まだ、感情との付き合い方に慣れていない。


 オリガはどうしたものか迷い。

 それからまた花作りを再開した。



「お嬢ちゃん、怒っているぞう」


 瓶の中の友人が楽しそうにイアンに語りかける。その声はうきうきと今にも飛び立ってしまいそうだ。

 二人は連れ立って(?)、港町の裏路地を歩いていた。白壁が太陽光を反射して煌めいている。空には雲一つない、心地いい、冬の空だ。冬でもアファナーシェフよりだいぶ南下したせいで、温暖な気候である。

 イアンなんて、長袖一つである。


「お前、嫌われたな!」


 ケラケラと笑いだす。

 イアンは浮かべた笑みをますます深くして、


「怒っているって、僕にだよね。嬉しいなあ」


 とうふふふと笑うのだった。

 その途端、瓶の中の友人は口をつぐみ、


「お前、気持ち悪いよ」


 ただ一言つぶやいた。


「そうかなあ。あとで誠心誠意謝るよ」

「それで許せるほど、人間って単純じゃないだろ。お前の致命的な点はそこだな」


 イアンが首を傾げる。


「あの花瓶で本当に花を咲かせる事はできるのか?」


 友人の問いかけにイアンは、意外そうに目を瞬かせて答える。


「もちろんだよ。じゃなきゃ、彼女にバレてしまう。どうして?」

「偽物なら、あのお嬢ちゃんをいつまでたっても、部屋に閉じ込めたままにできる。そうなったらお前に都合がいいだろ?」

「同じ事だよ」


 イアンは楽しそうに笑った。


「彼女が僕のことを好きではないなんて、見ていたら分かるじゃないか。つまり、花を咲かせるなんて不可能だよ。少なくとも、今週中にはね」

「それが分かってて渡したのかよ。うへえ、きもちわるう」


 げんなりとした声にもイアンは意に介さない。


 オリガの性格を考えると、明確に達成するべき目標があると、それにかかりきりになるだろう。そうすると、その間、オリガは逃げ出したいがためにずっとイアンの事を考え続けることになる。

 なんて素敵なことだろう。

 イアンはうっとりした。


「万が一花が咲いたとしたら、それは彼女が僕から逃げ出さないというサインだ。楽しみだなあ」

「うげえ 、趣味わるう」

「あんな魔法。彼女の力でもって逃げようと思えば、逃げられるんだから、ただのお遊びさ」

「あえて逃げ道を残すわけか。お前の方が洗脳には向いているな」


 食傷気味に瓶の中の友人は呟く。

 事の発端は、オリガ王女が行なった人体実験が革新派の連中に伝わった所から始まった。大陸の影響を強く受けた彼らが、騒ぎ始めている。更にどうやら、そのうちの何人かは、暴走を始めたようだった。彼女の『首』を求めている。


「情報のない彼女には、僕が腹いせか何かで閉じ込めたように見えるだろうね」

「伝えればよかったじゃないか」

「分かっているくせに。そんな事伝えたら、国が大好きな彼女は戻ってしまうよ。彼女なら切り抜けられるかもしれないけど、首を切られてしまうかもしれないじゃないか。いや、でも、首だけになった彼女もきっと美しいんだろうなあ」

「キモい」


 もはや何度目かすらも分からなくなった同じ言葉を繰り返す。

 それを受けてイアンは笑った。


「さあ、じゃあ行こうじゃないか。僕の腕の見せ所だよ」

「俺のだろ」


 瓶の中の友人は抗議の声をあげた。

 道の先にいるのは、彼らの敵だった。




« 後書き »

ヤンデレに見せかけて、実は他の目的があり、それはとある別の目的を達成するための物だったという、チェスみたいな話が書いてみたく既に書いたお話にはめ込んでみた。なんか違うかなあ。ソルシエールと赤ずきんでもよかったけど、なんかくどい気がしてやめた。


あんまりこういう手数を踏みすぎると、絡んでくる人数も膨れ上がって、途中で暴走したり目的を見失う人員が発生しそう。

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