第34話 風

 精神の遅滞したものが、善悪の区別もつかず罪を犯したとして、果たしてそれは罰を受けるに値する罪になるのか? 


 イアンはその日中、そんなことを考えていた。

 だとすれば、どこからが遅滞ということになるのだろうか。それに同じ行為をしたものの運命が頭の良し悪しだけで分けられて、はたしていいものだろうか?


 それはただの暇つぶしの思考だった。

 他にすることがなかったのだから仕方がない。暇が彼を取り止めのない思考へと駆り立てる。


 幼児が父親を殺したら、親殺しの法に則り死刑にすべきか?

 それとも、それは幼さを理由に許されるべきだろうか?

 ならば、人はなん歳まで幼くあれるのだろう。

 高貴なるものと、そうでない者の差は?

 法や宗教を超越したイアン自身の尺度での独裁が、脳内で繰り広げられる。

 すべてのものは連続している。それなのに、ここから先は「善」でそれ以外は「悪」となってしまうのはおかしなことじゃないんだろうか。清らかなものと邪なものの間に境などないのだ。


 第一、イアンはこの世に絶対的に清らかなものなどいない事を知っていた。だれもが皆、なにかの犠牲の上に成り立っている。それってつまり、全ての人間が多かれ少なかれ悪人ということになりはしないだろうか。それなら全ての人が死ぬべきか?

 なにもかもなくなれば、さぞかしスッキリした気分になるだろう。でも、きっとすぐに退屈してしまう。この生が面白くなりうるのは、日々のうんざりするような複雑さや煩雑な諸々の手続き上にあるからだ。

 それらのルールを遵守した上で勝つからこそ、ゲームは楽しくなり、それが生を謳歌することにつながる。

 反対に、脈々と続いてきたものを無理やり断ち切るようなことは、最後の手段にするべきだろう。それが人間らしさというものだ。 


「……体調がよろしくないのです。ですから、今日はだれともお会いできないと」


 マナーに則り、申し訳なさそうな素振りを見せる執事に、寛容な態度を見せる。すると彼はホッとしたように息を吐いてみせた。礼を述べて、屋敷を後にする。

 彼のそこにいる友人が、どうでもいい思考をさんざん聞かせられて、彼に文句を言う。


「お前、頭がいいわけじゃないんだから、そんな事考えても仕方ないだろう。それよりも目の前の問題に集中しろよ、アホ」


 さんざんな言われようにも関わらず、彼はにこやかに微笑んだ。


「うふふ、その通りだね。そうしよう、そうしよう」


 そののんびりとした調子に、友人はそういうとこだよ、とため息をつく。


✳︎

 

 夜の街を移動する黒い塊。

 ソルシエールだ。

 赤ずきんの姿をネズミの記憶から読み取ることはできなかったが、これはしようのない事だった。彼がここに来たのが一ヶ月前だ。それから街に留まっていないのならば、忘れてもしまうだろう。その代わり、スミノロフ商会の人間がいると思わしき場所は掴んだのである。

 『スミノロフ商会』の文字を見た記憶があったというなんともあやふやな手がかりだが、それ以上のものが見つからなかったのだからしょうがない。『スミノロフ』というのはこの国ではごくありふれた名前らしく、似たような単語が気が遠くなるほど頻出した。ネズミの脳の容量でも溢れるほど、一般的なのだろう。


 記憶の場所に向かって、ソルシエールは夜の街を駆け抜けていた。

 魔法はおもしろい。

 ソルシエールの足なら半日はかかるような距離も、特定の条件さえ揃えば、魔法で駆け抜けるようにして一瞬で済んでしまう。長く使えないのは難点だけれど、最近出てきた自動車だって、その速さには叶わない。

 これは魔法使いにだけ使える特別だ。特にソルシエールのような魔法使いの専売特許。生身の人間では重すぎて運べない。

 人一人いない夜の街。その小道を滑りゆく。

 街を照らす電燈が、ソルシエールが抜ける瞬間、ほんの一瞬点滅する。

 やがて街外れの商店街に、ソルシエールはたどり着いた。

 荒れている一帯なのか、店が入っていない店舗もまばらにある。

 その中の一つ。元はパン屋だっただろう店舗には、シャッターすら下ろされず放置されていた。ソルシエールが中を覗き込むと、ガラス越しに大きな竃が目に入る。鍵穴を人差し指でなぞり、解錠する。

 扉をそっと開閉し、中に足を踏み入れる。

 室内には、だれの気配も感じない。

 代わりに、外からは風にのせられて、恋人同士の甘い声が聞こえてきた。家族の楽しげな夕餉の声もかすかに聞こえる。

 ソルシエールはネズミの記憶を辿り、そのまま店舗から裏口へと抜ける。先にあるのは塀に囲まれた小さな庭だ。右手側にあるのは物置、左手側には地下へと続く貯蔵室がある。

 不用心にも貯蔵室には鍵がかかっていなかった。

 身を滑り込ませ、中へと降りていく。

 恐怖心はなかった。

 夜の静けさに呼応するように、ソルシエールの心も凪いでいる。むしろ穏やかすぎるくらいだった。

 そう、静かすぎる。

 そのことに、ソルシエールは眉をひそめる。

 地下にたどり着いたソルシエールを待ち受けていたのは、混沌の名残だった。換気口の小さな孔から差し込む月光が、その惨状を照らしている。

 そこは、地下室を改造して事務所として使用されていたのだろう。

 しかし今や人の姿もなく、乱闘でもあったかのように、机や本棚をはじめとした家具はなぎ倒され、床にはガラスやら綿、ペンやインクが散乱している。足の踏み場もないくらいだ。

 反対に、紙や書類は一切見当たらない。

 そしてどこもかしこも埃まみれだ。

 奥の扉が半開きになっている。別の部屋に続いているのかもしれない。

 そちらに向かって進む。

 じゃり。

 ソルシエールの体重で、ガラスの破片が踏みしめられる音がした。

 傷の目立つ壁際に寄る。

 壁には三発、銃痕が残されていた。

 天井にも一発。

 室内で撃ち合いをしたわけではないのだろう。

 壁についている銃痕は全て、入り口から見て右手側についている。おそらく、一方の勢力がもう一方を壁際まで追い詰めたのだ。天井に残っている銃痕は、同一人物による威嚇射撃の痕かもしれない。

 ところどころ血痕が見られるものの、人が死んだにしては量が少ない。少なくとも、この場所で死んだ人間がいるとは考えにくかった。あいにく薬莢は見つからない。


 ソルシエールは弾痕を黒い手袋でそっとなぞる。


 ソルシエールの目には、それが赤ずきんのリボルバーの弾の大きさとはちがうように見える。あくまで素人目ではあるが。

 だとしたら、追い詰められたのは、彼らの方だろうか?

 赤ずきんは兵士ではない。

 けれど、彼は猟師としては一流で、身体能力も高い。

 ましてや一緒にいたのも、おしとやかとは言い難い猟師たちである。

 攻撃されたら、反撃するだろう。


「…………」


 首を振って考えを改める。

 赤ずきんたちがここに来たとは正直考えにくかった。犬ぞりを手配したのなら、おそらくここではなくもっと街の郊外、それこそソルシエールらがしたように、犬舎で落ち合ったはずなのだ。

 なぎ倒された机は、大きな一枚板が使用されている。

 そもそもそれ以前に、この事務所は隠された場所にある。わざわざ潰れたパン屋の貯蔵室に人を呼ぶ理由がない。客用のソファなんかも、見たところなさそうだ。おそらくここは事務処理を行う場所だったのだ。

 表通りに面していないのは、政府から認可されていなかった、つまり『モグリ』の業者だったからだろうか? 観光を隠れ蓑にした犯罪組織の可能性はないだろうか? 

 ならば、もしかしたらこの銃痕は警察によるものかもしれない。


「…………」


 可能性だけならなんだってありうる。

 それこそ警察だけでなく、敵対する組織に制圧されたと考えることもできる。

 そもそも銃痕がいつついたのかすら不明である。

 ソルシエールにできることは、ダメ元で警察に行って逮捕者のリストを確認をすること、犬舎を周ってみることぐらいだろうか。いずれにせよ、明日の朝までまだ時間はあった。


 とりあえず奥の部屋も確認しようと、扉を開けてソルシエールは拍子抜けした。

 そこはただのトイレだった。

 掃除が行き届いていないのか、かすかに甘い香りを含んだいやな匂いが立ち込める。ソルシエールは思わず裾で鼻を覆う。

 それから下を見て、匂いの元に気がついた。





 そこにあったのは、水たまりだった。




  

 それができたのは最近に違いなかった。

 なぜかその中に空の薬莢が一つ、落ちている。

 ソルシエールはそれを拾い上げて、充分に乾いたのを確認してから紙で包み、ポケットに入れた。

 拾った時に、糸を引いたのは見なかったことにした。


 その時。

 扉の外になにかが動く気配を感じた。

 ソルシエールは壁に身を寄せて、外から姿を見えないようにする。

 階段を下る音はしなかった。ネズミの類だろうかと、考えるが、そうではなかった。


「魔女さん。ここにいますよね?」


 なされたのは疑問ではなく、いる事を確実に知っている、呼び掛けだった。

 ソルシエールは物陰から、そっと外を覗く。


「……タチアナさん?」


 そこには、別れた時となんら変わらない格好をした男装の麗人が佇んでいた。


「どうしてここに?」


 まさか尾けてきたのか、そんな疑問に、タチアナはあっさりと答える。


「魔女さんがどこに行くのか気になって。後を追いかけちゃいました。あんな安宿で眠るのはどうかと思いますよ」

「それを言われる筋合いはないかと思いますが。……あなた、何。私の度が過ぎたファン?」


 顔を引きつらせるソルシエールに、タチアナは飄々と答える。


「ファンはファンですが、ストーカーなんてするほどこちらも暇ではありません」

「そう」


 ならなんなんだ、その言葉が喉まで出かかる。


「お困りのようならお助けしようと、」

「君の主人に命じられた?」

「いえ、自分で決めて来ました」

「はあん」


 そうしてソルシエールを舐め回すように見つめる。


「…………」


 ソルシエールはなんとなく身の危険を感じた。

 なんていうか、タチアナのソルシエールを見る目に狂気を感じる。殺気はないかもしれないが、邪気は感じる。

 なにか、怖い。

 丁寧な口調で尋ねられる。


「さっきからどうして顔だけを覗かせているんです? こちらに出て来ては?」


 怖いからだよ!

 ソルシエールはそう思うが、求めに応じて渋々姿を現した。

 見たところ、武器は持っていないようだし、最悪、魔法で逃げてしまえばいい。自分に言い聞かせる。


「どうやって私に追いついたんです?」


 まさか風に追いつく足を持っているとは思えない。

 タチアナが腕を持ち上げる。

 すかさずソルシエールは身構えた。


「君は、魔法使いか?」


 タチアナは首を横にふる。


「そんなに警戒しないでください。攻撃したりはしませんよ」

「なんだか君の視線には邪気を感じるんだ」


 タチアナはソルシエールの言葉にほんのすこし頬を赤らめると、


「気のせいでしょう」


 と言い切った。


「……」

「魔法が使えるのはなにも魔法使いだけじゃないでしょう。たった一つだけですが、魔法を知っているんです」


 そうして手袋を着けた手を、パチン、と弾く。


「『記憶よ、我に従属せよ』」


 指先から、口先から、地下室の小さな事務所に魔法が拡散する。

 それとともに、なぎ倒された椅子や机が元の場所に戻っていく。


「これは……、空間に宿る記憶? 神経を通さない記憶魔法。……こんな魔法、初めて見た」


 ソルシエールが目を見開いて、感嘆の声を上げる。

 タチアナは口元をすこし持ち上げて見せた。


「うふふ、……ほとんどの人間はこの魔法を使えないでしょうね」


 いつの間にか、窓からは日が射し、男たちが姿を表した。彼らはヨレヨレのスーツ姿でなにやら別々に作業をしている。


 すべて、魔法でできた幻だ。

 そして過去の記録だ。


 出入りする人間の数が多くて正確な数は分からないが、おそらくここで実際に働いていた人間は、片手で足りるくらいだったのだろう。


「こうやって道の記憶を辿って来たんです。あなたを見つけるのは、そんなに難しいことじゃありませんでした」


 そんな事をタチアナが言うので、ソルシエールは一歩分余計に距離をとっておいた。

 幻の男の一人が机の引き出しを開けると、安っぽいペラペラな紙でできたフライヤーを取り出した。そこには大きな文字で『スミノロフ商会・白銀の森ツアー』と書かれている。


「ここは、本当に事務所だったんだな」


 ソルシエールはなんとも言えない気持ちになった。


「彼らは魔女さんのお知り合いですか?」

「……いいえ」

「さっきみたいに砕けた口調で話してくださればいいのに」

「……」

「あ、これではありませんか?」


 タチアナが開かれたまま放置されている名簿を指差す。そこには確かにプエル・シャプロンと明記されている。他にもアルチュールらの名前もある。彼らは確かにスミノロフ商会の客だったのだろう。


「日付は一年前だ。他にも予約で埋まっている。随分、人気なんですね」


 タチアナが不思議そうに呟く。

 無認可で営業をしていた商会から、一体、どうやって予約を取ったのだろう。

 ソルシエールは首を傾げて、それから気がついた。

 現在、銃痕がある場所にはコルクボードが掛けられている。そこには沢山の書類がピンで留められていた。

 ソルシエールはそれらをまじまじと眺めて眉を顰めた。

 その中の一枚は間違えようもなく、営業許可証だったからだ。

 つまりスミノロフ商会はモグリでもなんでもなく、政府からも認められた組織だったと言う事だ。


「おや、魔女さん。彼らはこっそり国外の好事家に向けて、白銀の森の動物を売り飛ばしていたみたいですよ」


 タチアナが何か喋っている。

 とても、変だった。

 許可証のないまま営業を続けられるものだろうか?

 従業員はここでないのなら、どこにいるのだろう?



 その疑問の半分は、場所に眠る記憶が答えをくれた。

 ある日突然、黒ずくめの男たちが雪崩のように踏み込んできたのだ。それはもう、なんの前触れもなかった。

 乱暴なやり方だった。そして組織立ってもいた。黒づくめの男達は、銃でもって、ここで働いていた人間を制圧、拘束したのだが、中には抵抗する人間もいた。そういう人間を黒づくめの男たちは銃身で殴りつけた。そして、一人が暴行を加えている間、必ず他の人間が用心深く離れた位置から銃を構えていた。手慣れたやり方だった。

 それから、ほんの十分もしないうちに、ここで働いていた男たちはどこかに連れて行かれてしまった。黒づくめの男たちは、用心深くも、この事務所にある書類を紙くず一つ残さず持って行ったらしい。

 そして、それきり。という訳だった。

 それきり、ここは放置されていたらしい。


「タチアナさん。その魔法で彼らがどこに行ったのかを知る事は出来ますか?」


 ソルシエールの質問に、タチアナは残念そうに答えた。


「あいにく、道は記憶の蓄積が多いので。新しい記憶じゃない限り、むずかしいでしょうね」



✳︎


 赤ずきんが閉じ込められている場所は、大きな塔だった。時々風によって、不安定に揺れる。

 窓の位置が高すぎるせいで、周囲になにがあるかは分からない。

 鉄格子越しの窓の外には相変わらず月が浮かんでいる。

 まるでどこぞの罪を犯した貴人のようだ。

 ずっと気を張り詰めていてはいざという時に動けなくなるので、赤ずきんは豪奢な寝台に身を横たえて眠りにつこうとしていた。

 こんな変な場所にいるせいで、赤ずきんはとりとめもない事を思い出す。

 昔のこと。

 髪を撫でてくれた手。


『誇り高くありなさい』


 声。

 それから、連鎖してもう一つの記憶も想起される。

 この二つはどうしてか、いつも結び付けられている。


『君は、生きなきゃいけない!』


 叫んでいるのはソルシエールだ。

 今にして思えば、普段じゃ考えられないような大きな声を出して叫んでいた。

 赤ずきんが師匠と呼び、慕う魔法使い。

 とても怠惰な人。

 とても頓珍漢な人。 

 旅をするのが好きな人。


 そう、ソルシエールは旅をするのが好きだ。掃除の仕方は知らなくても、普通の人間なら行くのさえ躊躇するような国で行われている小さな村祭りについては知っている。普段は料理するのさえ面倒くさがって生の人参をかじったりするくせに、珍味のためにホウキで何日も飛び続けたりする。


 ずっと旅をして生きてきたのだと、いつしか言っていた。

 それがもう、七年も一緒にいる。

 成長するにつれ、赤ずきんは料理を覚えた。

 魔女が遠くへ行かなくても、珍しい料理を食べられるように。

 掃除の仕方も知っている。

 魔女のあの小さな小屋が帰ってきたくなる場所になるように。

 返すものがないと言って、両方ともめったにやらせてはくれないけど。


 縛り付けるためにやりはじめた訳じゃない。ただの、生活に必要な知恵だ。それでも時々ふとした瞬間にそうした考えが頭に浮かぶことがある。

 次の家事の約束を取り付け続ければ、師匠はずっとここにいてくれるかな。

 そんなつまんない考えも。

 狩人なら捕まえにいかんかい!と、彼の祖母なら叫びそうなことである。


 赤ずきんがソルシエールに大事にされていることは、赤ずきんも分かっていた。

 だから普段はそんなこと頭に浮かびさえしない。でも、いつまで経っても雨がやまない時や、暮れていく夕日を眺めたりするとき。ふいに心配になる時がある。それだけのことだ。


 閉じ込められて自分の精神が不安定になっていることを赤ずきんは自覚した。代わりに、別のことを考え始める。

 ちゃんと師匠は三食食べているんだろうか。

 とっさに頭に浮かんだ疑問は、それはもうイヤなものだった。一気に冷静になる。おそらく適当な食事をして過ごしていることが察せられたからである。雑多なもので散らかった家は、ソルシエールに言わせればそれも『趣』なのだそうだが、赤ずきんから見ればただ乱雑にものが散らばっているようにしか見えない。

 そういえば前回会った時もソルシエールが風呂に入っていないせいでひどかった。あまりの臭気に咄嗟にえずきそうになるのを堪えるのが大変だった。自分の五感が鋭いからではあるものの、きっとあの匂いは普通の人でもムリじゃないかな、とも赤ずきんは思っている。


 眠りにつこうとしていたはずが、返って目が醒めてしまった。


「…………」


 あれ、なんでおれはこんな足しげくあの家に通ってたんだっけ?

 ふと、赤ずきんは自問自答する。

 これは実に正当な疑問だった。

 あんなキノコの生えた家、いっそ焼き払ったらスッキリするんじゃないだろうか。

 そんな気さえする。

 そうしたらソルシエールはうちで寝泊まりするだろう。

 家事の手間も省けて、万々歳じゃないか。

 うんざりして、ごろりと寝返りを打つ。


 ばあちゃん、おれのこと心配してるんだろうなあ。


 ソルシエールは鈍いから赤ずきんの失踪に気が付いていないかもしれない。しかし、メジーはいつまで経っても家に帰らない赤ずきんを、心配しているだろう。もしかしたら怒っているかもしれない。

 それより泣いてなきゃいいけど。

 祖母は案外涙もろい。

 剛毅で優しい祖母が泣いていると、なにかしなきゃ、とたまらなく寂しく切ない気持ちになるのだ。

 赤ずきんはメジーを尊敬していた。

 彼女は立派な祖母で、立派な猟師でもある。

 その祖母を泣かせてはいけない。

 その気持ちは強くあった。

 どうしてこんな事態になったのか、赤ずきんにはまるで分からなかったが、なんとしてでも国に帰らなければいけない。


 


 逃げよう。

 眠りに落ちる直前。

 最後に思ったのはそれだった。

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