第12話 密約
「では…、すこし、城の見回りをしてきます」
部屋の結界を強めたのち、この興味深い現象に魔女はそわそわしだした。
赤ずきんを連れて部屋の外に出ようとする。
しかし、後ろから声がかかった。
「あの、魔女さま。着いていってもいいでしょうか?」
キッチンにいたメイドの一人だ。
金の髪を結い上げた彼女は、腕の前で祈るように手を組み合わせていた。
「あなたは…」
「メイドのマーシャさんだよ、師匠」
赤ずきんが耳元で教えてくれる。
「マーシャさん、ここにいた方が安全ですよ。呪いがかけてありますから」
「そうよ。マーシャ、ここにいましょうよ」
今にも泣き出しそうな幼い声がマーシャを引き留める。先ほど台所にいたもう一人のメイドだ。
彼女の手がマーシャの袖の裾を握りしめる。しかし、当のマーシャはきっぱりと首を横に振った。
「で、でも…、ソフィ。なにかしていないと不安なのよ。あんたはここにいればいいわ。あたしは行く」
魔女もマーシャと呼ばれた少女も、すこし身を引く。
それを見て取ったのだろう、聡明そうなメイドは気丈にも微笑んでみせた。
「……それに魔女さまと一緒にいたら心強いわ」
押されたソルシエールが彼女の同僚たちの方を盗み見ると、メイド長だという女性もちょうどこちらを見ていた。彼女の険しい顔と目が合う。しかし、視線はすぐに視線をそらされてしまった。
代わりに、その側、なにやら老執事と話し込んでいるピエールが一瞬、ソルシエールに目配せをした。かまわない、という合図だ。
「…お好きなように。身の安全は保証しませんが」
「それでも、いいです」
オーギュスターブとアーノルドも合図をし、
「自分も一緒に行きましょう」
アーノルドが名乗り出た。
彼の眼差しに、しぶしぶソルシエールは頷く。
「…どうぞ」
こうして、一行は広間を出発した。
応接間からホールへつながる扉が、ぎいいいと音を立てる。
✳︎
「どこに行けばいい、師匠?」
「印がある場所、それからエラ嬢が最後にいたという部屋に行こう。赤ずきんに見せようと思ってたんだ」
「何があるの?」
「うーん」
こうして列になって出発した一行の道中は、異常事態とはいえ、なかなか穏やかなものだった。ついてきた女中のマーシャの性格が朗らかだったこともあるかもしれない。
「マーシャさん、この辺りでは珍しいお名前ですね」
魔女の問いかけに、
「ええ、東の出なんです」
もともと勝気なたちなのか、マーシャははきはきと話をする。
「出稼ぎに来たところ、この館に拾っていただいて」
「へえ、怖くなかった?」
「いいえ、ちっとも! はなやかな国として有名だったこの国に来るのって、あたしのひそやかな夢だったんだもの」
「おねえさんの国って、どんなところなの?」
「とても寒いところよ…! 冬には寒さで道が真っ白に凍って、雪が降り積もるの。だから食事も脂っこいものが多いわ。でもそれがおいしいのよね」
会話の最中、こっそりとアーノルドが近づいてくる。
「ソルシエールさん、いいでしょうか?」
「なんでしょう」
アーノルドと魔女が数歩分遅れをとり、話を続けた。
「ここは警察官としてしっかり、人々を守りつつ、犯人も見つけ出します! と言いたいところですが、…我々では力不足です」
「そうでしょうか?」
「イノシシの件といい、立て続けに怪事件が起きています。警察は圧倒的に魔法に関して知識が不足しているんです。魔法にわずかなりとも関心を寄せているのは、警部くらいなものだ。だから、先の状況も見極められない。最悪の事態になってからでは遅い。お願いです、協力して切り抜けませんか?」
「協力?」
協力。
耳慣れない単語に魔女は眉をひそめる。
「そうです。自分ら警察は力仕事ぐらいはできる。この異常事態です。手を組みましょう。いえ、力を貸してください」
周囲を警戒しながらささやくアーノルドに、魔女もささやき返す。
「そうですね…、もともと敵対するつもりもないですが…。確かにここから脱出するのなら、手はあるに越したことはない。下手したら永遠にこの空間をさまようことになるし」
気の抜けた風船みたいにゆるい声。
紡がれた煮え切らない言い方に、アーノルドは不安そうな顔をした。
「では…、」
でも、と魔女は淡々と続ける。
「それは私には関係のないことです。私の受けた依頼はエラ嬢の捜索および発見です。見つけたら終わり。ジュリー嬢およびその他は、べつだん解決する必要のないことなのです」
「しかし…!」
言い淀んだアーノルドに魔女は首を傾げた。
あえて試すように、ゆったりとした口調で喋る。
「そうですね、利己的です。あなたは先ほど私を『良い人』だと言いましたが、これでは『いい人』の行いに含まれないかもしれませんね。残念ですが」
「……」
薄暗い廊下。
魔女は横目でアーノルドをそっと伺う。
アーノルドは顔をキュッと引き締めていた。そうすると優しげなゆるい顔も、いくばくか精悍に見えなくもないのだった。怒っている、というよりも、思案している。
しばらくして、アーノルドが再度、ソルシエールに持ちかけた。
「それでは、取引をしませんか?」
「それはつまり、私と契約を結ぶということで?」
「そうです」
「どうしてそこまで?」
「自分らは警官です。市民を、つまりここにいる人々を守らねばなりません」
魔女は心底不思議な気持ちになって、質問をした。
「非常事態だというなら、そんなもの、やめてしまえばいいのでは? 守るべき法の適用外のこの空間で、社会的立場はどれほどの意味を持つのか。もし、のちに裁判沙汰になったとしても、人々はあなたに対する同情を惜しまないでしょう」
「…その通りですね。しかし、人々の同情を買えるかどうか、必要かどうかは自分にとって、問題ではないんです」
「ではなぜ?」
アーノルドはきっぱりと言い切った。
「自分が警官でありたいのです」
「……はあ、そうですか」
目玉をぐるりと回してみる。
言われたことを反芻してみたが、やっぱり意味は分からなかった。
そんなソルシエールに構わず、アーノルドが畳み掛ける。
「契約をしてください」
「オーギュスターブ警部はどう思うでしょうね」
「警部ならわかってくれるはずです」
「…………あなたは子供時代、家庭教師からなにを教わっていたんですか?」
唐突な話題の転換に、アーノルドは面食らったようだった。
「え、……それは、ごく一般的な、数学、化学、古典、詩歌などですが。どうして?」
「いえ。警部に同情しただけです」
それから、ふうとため息をついた。
「出口を開くことを約束しましょう。……それで、あなたになにを差し出してもらいましょうか」
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(おまけ・その10)
「どういうことなんですかね?」
相棒が疲れを少しでも発散させようと、大きく伸びをする。
本部へ帰る道中だ。
「どういうことだろうな」
「住んでいる場所も、仕事先もばらばら。共通点なんてありませんよ。誘拐だとしたら、通り魔的に犯行に及んだと考えた方がしっくり来ます」
「どうかな。住居と仕事以外に共通点があったのかもしれない」
この言葉に不満そうに、うーん、と返事が返ってくる。
「納得できないかね?」
「それは一体どこなんだか」
共通点の見えない行方不明者たちだが、彼らになにかあるような気がしてならない。
しかし、住んでいる場所も、仕事先も関係がないとしたら、それは一体なんだろうか。
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