何かしらの死

 仕事で海外に行くことが多く、一月から半年ほど、家を空けることが多い。

 子育てをはじめとして、家のことは妻に任せきりであったが、不満ひとつ言わずにやってくれている。


 ただ、ひとつだけ、長期の海外出張から帰り、自宅の玄関を開ける際、気が重くなることがあった。

 妻の顔である。


 帰るたびに、彼女の顔が変わっているのだ。

 私が出張で日本を離れたあとに整形外科へ行ってしまい、結婚して十年になるのだが、出会ったころのおもかげは薄くなっていた。

 もともと整った顔立ちであったが、さいきんは、それが行き過ぎて、かなり不自然なものになっている。


 テレビを見たり、街角を歩いていたりすれば、自然と、女性の姿が、私の目に入ることがある。

 そういう時に、横にいる妻が、「いまは、ああいう女がいいの?」と、抑揚なく聞いてくると、やっかいであった。


 たまたま目に入っただけ。

 タイプではない。

 そういった文言を、冷静を装いながら、答えなければならない。

 必死になって反論をすると、ろくな結果にならないことは、過去の経験からわかっていた。

 あくまでも、なにをばかなことを聞いてくるのかという態で、かつ、妻の顔がいちばん好みだということを伝えなければならなかった。


 この説得に失敗すると、出張から帰って来た時に、妻の顔が、その女性に近づいたものになってしまう。

 ただし、彼女が気にかける女性は、自分に似たタイプの顔ばかり、それはつまり、私の好みの顔ばかりなので、私が出張から帰って来て、妻の顔がまったくの別人になっていたことはない。


 十年をかけて、少しづつ、出会ったころから変わっていき、いまとなっては、当時の面影はかなり減じている。

 手術をするたびに、むかしのおもかげから離れていったわけではなく、離れ戻りを繰り返しながら、徐々におもかげをなくしていた。


 一度、精神科につれていこうとしたが、強く抵抗されたため、周りの者はすでにあきらめていた。

 どうしたものかと思っており、もちろん、できればやめてほしいのだが、耐えられないほど嫌かというと、それほどでもない。

 今度、三人目の子供が生まれる予定だ。

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