真実の駝鳥
今日も仕事を終えた男は疲れ果てた体で帰宅した。ドアを開け靴を脱ぎ、明かりのついたリビングへ向かう。
「ただいまー」
「おかえり」
家では結婚して二年目の妻が男を待っていた。
だが今日はいつもと少し様子が違う。ソファに座り振り返りもせず声にもどこか不機嫌さが漂っていた。
男は鞄を椅子に置きジャケットを脱ぐとそのままソファへ足を進めた。
「どうした?」
そう声をかけながら肩に手を伸ばし顔を覗き込む。そんな男の顔を女の剃刀のように鋭い視線が睨みつける。
「え? 何?」
気圧された男は思わず手を離し少し顔を引いた。
「あんた昨日何してたの?」
最初よりも更に不機嫌さの増した低い声がそう尋ねた。
「何って……。昨日は会社の飲み会って言ったじゃん」
「ふーん」
女は見透かしたようにそう言うとテーブルに置いてあったスマホを手に取る。そして女は何度か操作をした後にその画面を男に向け突きつけた。
「じゃあこれは何よ!」
そこに映っていたのは男と別の女が並んで歩いている写真。
「えっ? 何だよこれ?」
「昨日、友達がたまたま見たって送ってくれたの!」
「いや、誤解だって。これはただ家まで送ってるだけ。ほら、この道って街灯とか少ないから女性一人だと危ないかもしれないじゃん。だから送っただけだってば」
だが男は焦ることなく写真について説明した。
しかし女の疑うような目は依然と男を睨みつけている。
二人の間に流れる居心地の良いとは言えない沈黙。
「――ほんとに?」
その沈黙をまだ勘繰る女の声が破った。
「ホントだって。俺が裏切るわけないじゃん。俺が愛してるのはお前だけだって」
男は言葉を並べながら女の目を見つめ手を優しく握り締める。
「じゃあアレで証明してよ」
その提案に男は何かを言いかけるが口を閉じた。
「出来ないの?」
そんな男を追い詰めるように女は問いかけた。
「そんなことないよ。いいよ」
「じゃあちょっと待ってて」
女はスマホをソファへ投げるように置くとどこかへ行き少ししてから戻って来た。一枚の羽根を持って。
「さぁ、やるわよ」
無言のままの男。
「早く手ー出して」
男は若干渋々と言った様子で器を作った両手を出した。その手の上に女は持っていた羽根をそっと置く。
少しすると両手を横断するように置かれた羽根は独りでに宙に浮きふわりひらりと床へ舞い落ちて行った。
そして床に触れた羽根は一瞬にして一羽の駝鳥へと姿を変えた。駝鳥は黒い目で男を見つめ、また男も駝鳥をじっと見ていた。
「早くやりなさい」
女の声に男は駝鳥の体に触れると大きく息を吸った。そしてゆっくりと吐き出す。それから言葉を口にした。
「俺は妻の事を一番に愛していて、浮気なんてして――ません!」
緊張感を含んだ静けさの中、駝鳥は依然と男を見ていた。男も駝鳥に触れたまま動かない。
すると突然、駝鳥は大きく口を開け男へ顔を伸ばした。嘴は何の容赦も躊躇もなく男の胸に突き刺さる。血は出てないものの男は途轍もない激痛に襲われた。
だが男がその場に崩れるより先に駝鳥は嘴を胸から抜き取った。駝鳥から手を離しその場で片膝を着く男。駝鳥の嘴には一定のリズムで脈打つ心臓が咥えられていた。駝鳥はそれを上空に放ると上に向けたままの口を大きく開け心臓をひと呑み。最後は鳴き声を上げその姿を消した。入れ替わり駝鳥の居た場所に残ったのは羽根一枚。駝鳥が消えても尚、胸を押さえそこから全身へと広がる激痛に耐える男。
そんな男の前で近づいて来た足が止まる。男は表情を歪めながらも顔を上げた。
「やっぱり浮気してたんじゃない!」
女の怒鳴るような声と共に振り下ろされた手が男の頬を叩く。男は胸の痛みに加え頬に強烈な痛みを感じながら床に倒れた。
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