性別の無い国

 姿見鏡の前に立った私は自分の服装をチェックした。この前買ったワンピースが良い感じ。それに髪型も良い感じだしメイクのノリもいい。思わず口元が緩んだ。


「デート日和じゃん」


 鏡の中の自分に良かったねと言うように呟くとスマホで時間を確認した。


「そろそろ出ないと」


 家を出た私は待ち合わせ場所の駅前へ向かった。

 待ち合わせ場所の定番である駅前の銅像前ではすでに雅人が待っていた。

 少し鍛えた男体に今日はシャツを着ていて、可愛い物よりカッコいい物とかオシャレな物が好きで、恋愛対象は女性。

 彼はだ。


「ごめん。もしかして待った?」

「いや。今来たとこ。それに別に時間も遅れてないよ」


 雅人は手に持っていたスマホで時刻を見せる。約束時間丁度だ。


「なら良かった。それじゃいこっか」


 私は彼の腕に抱き付いた。そして歩き始めようとしたその時。


「あれ? 雅人じゃん」


 彼の名前を口にしながら一人の女性が近づいて来た。黒髪ショートに黒スキニーと革ジャンというカッコいい感じの服装。左右の耳ではいくつものピアスが陽光を受け輝いている。


「美紀じゃん。久しぶり」

「知り合い?」


 私は親し気に返事をする彼に尋ねた。


「中高の同級生」

「吉川美紀です。初めまして」


 その人は私の方を向くと丁寧に自己紹介をしてくれた。最後に浮かべた笑顔は可愛らしくて少しドキッとしてしまう。


「は、初めまして。長谷部夏美です」

「でも雅人にこんな可愛い相手がいるなんてねー」

「嫉妬してるのか?」

「そりゃねぇ。ちょっとぐらいアタシが隣だったとかは思うかな」


 美紀さんはどこか恥ずかしそうにそう言うと私の方へ顔を戻した。数秒見つめ合うように目が合うと美紀さんの手がスッと私へ伸びる。指の長いその手は優しく頬に触れた。


「だってすごい可愛くてタイプなんだもん。もしかしたら今まで付き合ってきた女の子の中で一番かも」


 少し紅潮させた顔を近づけ、まるで口説かれてる気分だ。私は嬉しさと気恥ずかしさで同じように頬を染め言葉は上手く口から出てこなかった。


「はいはーい! ストーップ。やめろってお前」


 でも彼が割り込み美紀さんは私から離れた。胸が落ち着きを取り戻すには少し時間がかかりそう。

 だけどそんな心臓は置いておいて私は改めて彼女へ目をやった。カッコいい服装で身を包んだ華奢な体にショートヘア、耳のピアスと少し膨らんだ胸元のネックレスが良く似合ってる。かっこいいけどどこか可愛らしさのある美紀さんの恋愛対象は女性らしい。

 美紀さんはなんだ。


「口説こうとするな。しかも俺の目の前で」

「ごめんって。まぁアタシと勝負したら雅人は負けちゃうからねー」

「う、うるせーな。茉奈のことはもういいだろ」


 茉奈? 何があったんだろう? ちょっと気になるな。

 そう思った私が彼に尋ねようとした時。


「おまたせー」


 片手を軽く上げた男性が合流するように私たちのとろこへ歩いて来た。


「待った?」

「いや、全然」


 美紀さんが返事を返したところを見ると彼女の知り合いらしい。背は私と同じぐらいで金髪のモテそうな顔つきをしてる。所謂イケメン。


「あれ?美紀。お前って女好きじゃなかったっけ?」

「人を女たらしみたいにいうな。でもそうだよ。アタシは生まれた時から可愛い女の子だけが好きなの。夏美ちゃんみたいなね」


 その言葉でついさっきのことを思い出し少しドキッとしてしまった。


「止めろって」

「そう心配するなって。さすがに泥棒猫みたな真似はしないから。彼は友達。しかも雅人も知ってるね」

「え? 俺も?」


 意外な言葉だったんだろう彼は少し大きな声を出した。そしてその男性をまじまじと見つめる。


「ほんとに言ってる?」

「ほんと。ほんと。でも分からにのも当然だよね。だって……」

「雅人君。久しぶりだね。俺は由香改め今は翔」

「あぁー。由香だ。はいはい。確かに面影はある気がする」


 彼は納得だと言うように何度も頷いていた。


「お前、昔からいつか男になるって言ってたもんな。めちゃくちゃかっこよくなってるじゃん」

「ありがと。雅人君もカッコいいよ。昔もカッコよかったけどより一層」

「まじ? さんきゅー」


 うんうん。雅人はかっこいいよね。分かる分かる。私は静かに心の中で頷きながらそんな彼と付き合っているということが誇らしくも感じていた。


「それじゃあ、俺らそろそろ行くわ。これからデートだから」

「そうだったね。足止めしちゃってごめん」

「んじゃ行こうか」

「うん」


 彼の言葉に私は笑みを浮かべて返事をした。


「じゃまた今度飲みにでもいこーね」

「そうだな」

「夏美ちゃんもまたね」


 美紀さんは笑顔で手を振ってくれた。それに対して私は少し控えめに手を振り返す。

 それから私と彼はデートを楽しんだ。そのデートの途中で寄ったカフェで私はさっきの二人や昔のことを色々と話してもらった。

 あのイケメンな翔さんは昔から男性に性転換したかったらしく、今日久しぶりに会ってみて念願の男性になれてたことを知ったらしい。でも男体にカッコいい服装をした翔さんの恋愛対象は昔から変わらず男性だとか。

 翔さんはなんだ。

 色々と話を聞けたおかげでなんだか雅人のことをもっと知れた気がする。嬉しい。

 それからカフェを出ると次はどこにいこうかなんて話しつつ街を歩いていた。


「ねぇあの人見て」


 私は彼の肩を叩きながらふと目に留まった人を指差した。だけど指は失礼だと思いすぐに引っ込めた。


「あの電柱の所に立ってる人?」

「そうそう」


 二人分の視線が向けられていたその人は少しガタイのいい中年ぐらいの男性。彼はロングスカートのコーデをしていた。メイクなどはしてなかったがバッグもスマホケースも可愛い。

 あの人はらしい。


「あの人の穿いてるスカート可愛い」

「夏美ああゆうの好きだよね。実際、似合うし」

「えぇー。いいなぁ。どこで買ったんだろう。思い切って訊いちゃおうかな?」

「それはさすがに。変人って思われない? あぁ。でもその服いいですね。どこで買ったんですか? って訊かれるのってちょっと嬉しいかも」

「でも私人見知りだからなぁ」


 そんなやりとりをしている間にその人はどこかへ歩き出してしまった。


「あぁ。行っちゃった」

「じゃあこれから近くのお店でも覗いてみようか。もしかしたらあるかもしれないし」

「うん。ありがと」


 雅人の提案に私たちは近くのお店を調べてそこに向かって歩き出した。

 私は昔から可愛い物が好きだった。服もバッグもネイルも何もかも。それらを見るのも身に付けるのも好き。だからそれを可愛いって褒められると嬉しかったしいつしか自分自身ももっと可愛くなりたいって思うようになったのを今でも覚えてる。私は幸せだ。今は思う存分可愛いを満喫出来てるしそれを可愛いって褒めてくれる彼もいる。本当に女の子に良かった。

 私は

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