【ショートショート 800文字~4,000文字】

本屋の歩き方

 僕は本が大好きだ。僕は本屋が大好きだ。

 読み切れないほどに並んだ本と静かな雰囲気。本屋に居るだけで心が落ち着く。それにこの場所には幾千もの物語が、膨大な知識が、大量の言葉が、数多の世界が存在している。沢山のワクワクが詰まった場所。それが本屋。

 だから僕は本屋が好きだ。


              * * * * *


 この日もイヤホンを付けるとマフラーに口元を沈め、少し遠いけど大きな本屋へ向かった。それなりに人はいるがいつも通り静かな本屋。一歩中に入るだけでもう既に心は躍る為の準備運動を始めていた。そんな胸を抑えつつ早速、まだ見ぬ物語や知識や言葉や世界に会いに行こう。

 僕は決まったルートという訳ではないが毎回最初に足を運ぶ場所がある。それは小説棚。平積みへ適当に目をやりながら入り口から小説棚まで向かう。料理やヨガ、筋トレ本の表紙を見流ししながら歩いていき何列もある小説棚の一番手前で足を止めた。

 まず平積みされたハードカバーへ視線を落としタイトルと表紙をじっくりと見てゆく。

『52ヘルツのクジラたち』

『むかしむかしあるところに、死体がありました。』

『月まで三キロ』

 ……

 様々なタイトルと表紙のデザインはどれも魅力的でついつい手に取り近くで眺めてしまう。

 表表紙は言わば顔だ。読書は表表紙に始まり表表紙に終わる。読み終わるまでに何度も顔を合わせるし、読み終わった後にも最後は裏表紙から表表紙へ戻りタイトルをもう一度読む。少なくとも僕はそうだ。

 だから僕にとって表表紙は顔で背表紙は後ろ姿。タイトルが名前なら、じゃあ裏表紙は? 分からない。こういう時、僕が小説家ならもっといい表現を思いつていたのかもしれない。だけど僕には欠陥ある表現しか思い浮かばなかった。でも個人的には気に入ってるからそれでいい。

 だからこの表現で言うと、僕は人混みの中で君の顔や後ろ姿に目を引かれて思わず手を伸ばす。そして外見(帯と表紙)を見た後、ちょっとした話(あらすじ)を聞いて君の大まかな人となり(物語)を知る。ミステリアスだったり、ロマンチストだったり、友達想いだったり、面白かったり……それは色々。そして君のことをもっと深く知りたくなれば内側へ目を通していくだろう。そうやって僕は君と出会うんだ。

 たまには一目惚れ(ジャケ買い)をすることだってある。だけど君は高確率で素敵な想い出をくれる。それを知っているから本を見て回るだけでも楽しい。子どもがお菓子コーナーで迷いながら目を輝かせるように、ファッションが好きな人がコーディネートを考えながら服を選ぶように。ワクワクが止まらない。あれもいいし、これも楽しそう。悩んでる時間すら尊い。

 そんな時間を終始味わえるのが本屋だ。だから最初の平積み何てほんの序章に過ぎない。

 僕は手に持っていた本を戻し二つの棚に挟まれた通路へ足を踏み入れた。左右にずらりと並んだ本棚。その真ん中辺りではこれ見よがしに表表紙を向け置かれた本たちが堂々と座っておりその上下には沢山の背表紙が並んでいる。

 僕は紙の本が好きだ。もっと言えばハードカバーが好きだ。あの大きさ、あの質感、あの重さ。手に持ったり膝に乗せながら物語を読みページを捲る。紙の触感も捲る音も黒いインクで書かれた文字も。全てが本を読んでるって感じさせてくれるんだ。あと太陽の心地よい光と緩やかな音楽にコーヒーとおやつがあればもう言うことなし。僕は何時間でもそこで本を読んでられる。きっと楽園というのはそういうことが出来る場所の代名詞なんだろう。

 もちろん文庫本の方が安いし小さく取り扱いやすいっていうのも分かるし。もっと言えば電子書籍の方がタブレットやスマホ一つで沢山の本を持ち運べたりできて楽というのは事実だし否定する気はない。むしろ文庫本でも本は読む。電子書籍は読まないけど。

 でも読書はハードカバーでするのが好きだと声を大にして言いたい。どれだけ時代が変わり便利になっていこうとこも読めるものはハードカバーで読みたい。レコードで音楽を聴くことが配信やCDとは一味違うように本も電子書籍や文庫本で読むのとハードカバーで読むのとじゃ一味違うんだ。気持ち的な違いかもしれないけど確実に違う。

 だからこそハードカバーが並ぶ本棚に挟まれたこの道は、僕にとってレッドカーペットにすら引けを取らない輝きを放っている。

 しかし僕は左右の棚を流すように見ながら時折立ち止まる程度でサクッとその道を抜けた。そして次の文庫本の棚に挟まれた通路へ。そこもサクッと見るだけですぐに抜け次。更に次。次……。

 僕はあっという間に小説棚をざっくりで見終えた。もし一緒に本屋に来ている人がいたらきっとこう言うだろう。


「おいおい。本が好きとか言いながら全然見てないじゃないか」


 安心してほしい。平積み同様にまだ序章の途中だ。これから第一章が始まる。

 僕は時間が無いもしくは疲れてない限り本屋のほぼ全て回るようにしてるんだ。あとお店があまりに広くない限りっていうのも付け足しておくね(何階もある本屋だと流石にだから)。

 話を戻すけど小説はもちろんのこと学術書や自己啓発本、コミックや写真集やイラスト集もチェックする。他の雑誌とかもほぼ全ての棚を回るんだ。ほぼだからもちろん見ないところもある。それは赤本とかドリルとかそういうのかな。

 だから僕は最初にとりあえず小説棚を軽ーく見て回り次の棚へ行く。

 勇気だとか幸せだとか努力だとかそういう自己啓発本が置いてある棚を見て、経済やら法律やらが置いてある社会棚を見る。それからコンピューター関係だったり理工関係だったり、医学関係だったり宗教関係だったり、漫画・写真集やイラスト集、雑誌……。興味のあるなしに関わらず棚の前を歩き適当に目を通していく。


「何で興味ないのに見るの?」


 棚に並んだ本を見ながら歩いているとそう言う質問が言われなくても聞こえてきた。でも確かにその疑問はもっともだと思う。興味もないジャンルのしかも難しそうな物とかを見て回るのは時間の無駄だって。僕だってそう思わなくはない。

 じゃあなんでそんなことしてるのか? あるんだよ。そこには唐突で意外な出会いってやつが。

 音楽でも聴きながら何となく歩いているとタイトルが目に留まって立ち止まる。そして本を手に取って中を軽く見てみれば意外と面白かったりするんだ。自分でさえ興味がないと思っていたことが意外にも面白そうだったり、そもそも存在すら知らなかったモノと出会えたり。意外と意外が転がってることがある。そんな出会いの為に僕は色々なジャンルの棚を見て回ってるんだ。まるで突然落ちる恋のように、未知との出会いは突然に。それを探している。

 だけどそういうワクワクがあるからほぼ全ての本棚を回ることは楽しい。

 さて、本屋内を一通り回るここまでが僕にとっての第一章だ。そして第二章は再び小説棚に戻り今度はゆっくり丁寧に向けられた背表紙や表紙を見ていく。

 ミステリーやサスペンス、ファンタジーやSF、恋愛や現代ドラマ、ホラーや歴史……。

 書籍化されただけでもこれほどの物語が存在するのにネットやまだ頭に眠ったままで文字という体を得ていない物語たちも含めれば、一体どれほどの物語がこの世には存在するのだろうか。もしかしたらその数はこの地球という星の生物という枠組みに分類される生き物を全て合わせても太刀打ちできない程にあるのかもしれない。

 そんなことを考えながら本棚に目を通していく。僕は基本的に小説棚は二~三週する。見ているようで見てないこともあるし、さっきも見たはずなのになぜか目に留まることもあるから。だから最低でも二週はする。

 そして小説棚を見終われば第三章。それはズバリその時の気分。イラスト集が見たければそこに行って、コミックが見たければそこに行く。そこから新たな発見を期待しながら関連にもざっくり目を通す。

 そして満足するまで色々見て回ったら最終章。見て回った時に買いたいと思った本を取りに行ってレジへ。


 ―――これが僕の本屋の歩き方。


 自分の好きな物語に、自分が予測も出来ない物語に、沢山の物語に出会える。自分も知らない未知の興味や知識に出会える。時に励まし、時に支え、時に奮い立たせてくるような言葉と出会える。数多の世界と出会える。そんな本屋が僕は本当に大好きだ。

 さて、次はどんな出会いが待っているのか。今からすでに楽しみだ。

 そう思いながら僕は本屋を後にした。

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