現代勇者は海兵隊

 二十一XX年十月二十一日、十四時二十七分。最前線軍事基地。


 俺は今から行われる作戦について考えながら首に提げられた一発の弾丸を指で弄っていた。


「俺の手にこの世の命運がかかっている。フッ。まるで漫画や映画の世界だな」


               * * * * *


 全ては三年前から始まったのかもしれない。

 考古学者のハルバート博士がとある場所で遺跡を発見した。それ自体は普通の遺跡。だがそこには隠された部屋がひとつ存在した。四畳程度の小さな部屋。

 そこには剣の刺さった台座があり奥の壁には古代文字が書かれていた。

 ハルバート博士の解析によるとその古代文字はこう書かれてたらしい。


『私は勇者として魔王を打ち破った。はずだった。しかし魔王は死んではいない。再び力を蓄え戻って来るだろう。それがいつかは分からない。だが必ず姿を現す。その時の為にこの聖剣をここに残しておく。もしその時が来たのなら抜ける者を探せ。この場所が必要ないことを願っている』


 この文字が解析された時は魔王とは災害か何かかと考えられていた。だがこの遺跡の発見から丁度一年後、俺たちは残されたこの文字が文字通りの真実だと知る。


               * * * * *


 二十一XX年一月八日、二十二時。

 突如、世界各国上空に巨大な生命体が現れた。それは人型ではあるが確実に人ではない。更にその生命体は映像のようだったが限りなく実物に近い俺たちの技術では説明できないようなものだったとのちに専門家が語っていた。

 そしてその生命体はこう続けた。


「久しいな愚民共。以前は油断したが今回はそうはいかん。次こそ吾輩はこの世界を我がものとする! 吾輩の力が溜まりきるまであと一年。精々恐怖に怯えて過ごすがよい」


 勝利を確信したような笑い声と共に生命体は消えた。

 そしてその日の夜。一夜にしてチュニジア国内のサハラ砂漠に巨大な城が出現。

 次の日、各国のメディアが集まり世界中の注目が注がれていたその城から何の前触れもなく化物が姿を現した。幸い軍によって周辺が封鎖されていたため迅速な対応ができ怪我人は出なかった。

 チュニジア政府はこの問題を解決しようとまず対話を試みる。だがあちらからの応答はなく再び化物が湧いただけに終わった。

 そして後日、各国首脳が集まりこの問題についての話し合いが行われた。話し合いの結果、各国協力のもとこの生命体の排除することが決定。

 そしてそのための準備がすぐに始まった。

 地球外生命体の侵略。始めはそう言われていた。だがハルバート博士が遺跡の壁に書かれていたことと関連付けたため、あの生命体を『魔王』――化物を含むあれらを『魔王軍』そう呼称された。

 ハルバート博士は遺跡の文字通り魔王を倒す為には台座に刺さった剣を抜ける者を探す必要があるとした。だが政府は耳を傾けようとしなかった。

 そして政府は空爆、ミサイル攻撃……。あらゆる手段で破壊を試みるも化物だけにしか効果がなく城は無傷。この事実に政府は頭を悩ませた。

 そして成す術を無くした政府は藁にも縋る思いでハルバート博士の仮説を試すことにした。

 だが約七十八億人もの人間からたった一人を探すなど砂漠から特定の一粒の砂を見つけ出すのに等しい。その方法はすぐに話し合われたがそう簡単に答えは出なかった。しかし時間は無駄に出来ない。その間にテストも兼ね軍関係者が一人ずつ聖剣とやらを抜けるかどうか試すことになり俺は今ここに居る。


「次」


 台座に刺さった一本の剣。俺はその前まで足を進めると所属と名前を伝えた。


「それじゃあ試してみて」


 白衣を着たその人はどうせ無理だと思ってるんだろう。だがそれも仕方ない既に何百人以上も試してダメだったのだから。それに随分と疲れているようにも見える。


「どうした?」

「あっ。いえ」


 この人の為にも早く終わらせよう。俺は柄を握った。そして全力とまではいかなくとも力強く上へ引いてみた。

 するとまるでシャンパンの栓を抜くように聖剣はすっぽり抜ける。


「はい。つ――えっ?」


 多分、この場にいる誰よりも俺が驚いていると思う。

 俺はこの瞬間から勇者となった。


               * * * * *


「おい。そろそろ出発だぞ」

「あぁ。分かった」


 仲間に呼ばれた俺は銃を手に取り聖剣を背負いテントを出た。忙しなく動き続ける基地の人々。全員が一刻も早いこの事態の収拾を願ってる。

 そしてそれが出来るのは俺だけ。そう考えると錘のようなプレッシャーが体にずっしりと伸し掛かる。だけど同時にやる気が全身に漲るのを感じた。


「よし!」


 一人静かに気合を入れると仲間の待つ本部テントへ。

 そして作戦を確認した後に各部隊に分かれてついに魔王城に向かった。魔王城周辺には城を守る為に溢れ出た魔物との戦いが既に激化していた。そんな戦場から外れた場所を抜け俺たちは一気に魔王城まで忍び寄る。

 仲間たちが十分注意を引けているのだろう俺たちは魔物に襲われることなく魔王城へ辿り着くと素早く突入。一階から順にクリアしていき最上階を目指す。


「この静けさが逆に怖いな」

「何もないにこしたことはない」

「このままちゃちゃっと魔王倒しちまおうぜ。なっ! 勇者様よ」


 今までいくつかの戦場を共にした彼が俺の肩を組んだ。彼の陽気さに今まで何度救われたことか。


「おい。気を抜くなよ」

「りょーかい」


 それからも俺らは最大限の警戒をしながら上へ上っていった。

 だが階段を上がりすぐに大広間がある階で俺たちは足を止めることになる。そこでは大広間を埋め尽くす程の悪魔が待ち構えていた。


「どうしますか? 一旦引きますか?」

「いや、この作戦に次はない。ここは我々で押さえるお前は先に行け」

「――はい」


 一緒に。そう思いもしたが魔王を倒せるのはこの聖剣だけ。そしてそれを扱える俺だけ。隊を思うなら人類を思うなら行くしかない。

 俺は一人上へと上った。階段を駆け上がると真っすぐ伸びた廊下とその先に見上げる程に大きいドア。


「ここか」


 それは一目で分かる程に魔王の間入り口。気合と覚悟を決めた俺は走り出し勢いに任せて蹴破るようにドアを開けた。


「よく来たな。愚かな人間よ」


 趣味の悪い王座に深く腰掛けた明らかに人ではない者――魔王は既に勝ち誇ったと言うように余裕な笑みを浮かべている。


「その生に対する執着心は褒めてやろう。儂はそういうのが大好きでな。その無駄に足掻く姿は実に滑稽で最高だ……」


 魔王は堪えきれないというように大きな声で笑いだした。


「お前はここで俺が倒す」


 内側で正義感とでもいうのだろうか。何かが熱く燃え上がるのを感じた。自然と背中の聖剣へ手が伸びる。


「いいだろう。貴様を倒しこの世界を絶望で彩ってやる。絶望に満ちた世界はさぞ美しかろうに。だが貴様は拝めないがな」


 依然悠々と王座に腰かけたままの魔王。俺は心の中で再度気合を入れると一気にその距離を縮め始めた。


 それからどれほど戦っただろう。俺は剣術の先生の教えが染み込んだ体とこれまでの経験を合わせ持てる全てで戦った。

 だが相手は魔王。そう簡単に事が進む訳もなく苦戦を強いられた。それでも戦え相手に後れを取らなかったのは正直に言ってこの聖剣のおかげだろう。この凄まじい魔王を倒すことに全てを注いだ聖なる剣。これが無ければ俺はとうの昔にやられていたのかもしれない。

 しかし俺はまだこうして戦えてる。それだけじゃない。魔王もかなり消耗しているようだ。あれから何度か形態を変えたがもうそろそろ限界だろう。


「はぁはぁ……。人間如きが、調子に乗りおって。だがこれで終わりだ」


 魔王はそう言うと魔剣を床に突き刺し頭上に魔力の塊を作り出した。それは徐々に巨大化していく。『やばい』それはまだ成長途中だとしてもそう感じる程に凄まじかった。

『逃げられない』そう思った俺は聖剣を強く握り締める。

 そして俺は聖剣に最大限の力を溜めた。


「しねぇぇぇい」


 気球のように巨大化した魔力はゆっくりそして真っすぐと俺目掛け飛んできた。その圧に本当に大丈夫かという不安が過るが今更、逃げる事はできない。

 俺は聖剣を振り上げ意味があるかは分からない(恐らくない)が強い気持ちと共に振り下ろした。ぶつかり合う光と闇。聖剣はまるで大きな建物を相手にしているかのように重い。


「こんなところで――」


 負けるわけにはいかない。その想いが叫び声となって口から飛び出す。

 そして辺りが爆発したような強い光に一瞬包まれたかと思うと巨大な魔力の塊は消えていた。だがホッとしたのもつかの間、その陰から魔王が手にした魔剣を振り下ろす。咄嗟に体が反応したおかげで何とかその一撃は受け止めたがあまりの衝撃に聖剣は俺の手から離れた。そして俺自身の体も後ろへ大きく飛ばされてしまう。

 床に背中から着地し仰向け状態で痛みに顔を歪めた。だがすぐに顔を上げ魔王を見遣る。魔王は既に魔剣を構え直しトドメを刺すと言わんばかりに走り出そうとしていた。

 俺はすぐさま聖剣を探した。聖剣はドア付近まで飛ばされている。もう一度魔王を確認すると既に走り出しその距離を縮めていた。聖剣までは間に合わない。そう判断した俺は腰から拳銃を取り出した。普通の銃弾の効果は不明だが少しでも足止めになればという思いで引き金を引く。連続で鳴り響く銃声。だがその一発として効果らしき効果は見られない。


「くそっ!」


 思わず苛立ちが零れる。もうこれでお終いなのか? ここでやられれば全ての人に会わす顔が無い。眉間に不甲斐なさが皺を寄せた。

 だがその時、俺はあることを思い出し胸に首元に手を伸ばす。そして首に提げていた銃弾を引き千切りネックレスチェーンをすぐさま捨てた。


『これは聖剣を研究する際に削り取ったモノを埋め込んだ銃弾だ。役に立つかは分からないが一応持っていくといい』


 博士に渡された銃弾を急いで装填する。すぐ目の前まで迫った魔王は魔剣を振り上げ勝ちを確信した笑みを浮かべていた。


「これで終わりだ人間よ」

「それはこっちのセリフだ」


 振り下ろされる魔剣。額へ向く銃口。

 俺は願うように引き金を引いた。


               * * * * *


「こうやって今日という日を過ごせるのも君のおかげだ」

「いえ。仲間の援護が無ければ成しえないことでした」

「よくやってくれた」


 まさかこうやって大統領から直接お褒めの言葉を貰い握手を交わす日が来るとはな。今じゃすっかり英雄扱いだ。正直に言ってこういうのはあまり好きじゃないんだが。

 でもとりあえずこの後に博士へお礼を言いに行かないと。その後はインタビューにテレビ出演、あとはなんだっけ?

 はぁ、折角救った世界でこんな苦労をする羽目になるなんてな。

 ――まぁいいか。

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