ヘビィラブ・バレンタイン!

譚月遊生季

青山さんの場合

「好きです! 付き合ってください!」


 綺麗に包んだチョコレートを、虚空に向けて差し出す。


「うーん……やっぱり違うな」


 これでイメージトレーニングした数は129回目。

 だけど、どうしてもしっくり来ない。


 なんせ、明日行うのは一世一代の告白なのだ。

 チョコレートは31種類のレシピの中からより美味しく感じた試作品を選び、53個作ったうちからより見た目が整ったものを選び、145種類の包装紙の中からより見栄えが良く、なおかつオリジナリティを感じさせるものを選んだ。ちなみに、すべて兄と妹に協力させている。


 チョコレートの方の準備は万端。……あとは、どこで、いかに告白し、「彼」のハートを掴み取るか……それにすべてがかかっている。


「……やるしかない……」


 テスト範囲をある程度暗記すればどうにかなる試験とは違い、告白は相手がこちらを好きになってくれなければどうしようもない。

 私が彼と同じクラスになってから10ヶ月と1週間の間、ありとあらゆるスキンケアやヘアアレンジ、制服のコーディネートを研究して、四方八方から噂が聞こえてくるほどの美少女に上り詰めていたとしても、彼の気持ちが私に向かわなければ意味が無い。


 ……正直、怖い。

 好きな人に私を好きになってもらいたいけれど、人の心は正解が見えなさすぎる。


 だけど、告白すら出来なければそれまでだ。

 体育祭、文化祭、クリスマス……あらゆるイベントを勇気を出せずにスルーしてしまった今、チャンスはもう限られている。


「頑張れ、妹よ! 余ったチョコレートは俺が全部片付けておいてやるからな!」


 選ばれなかった試作品のチョコレートを嬉しそうに食べながら、兄も応援してくれている。

 妹はというと、胃もたれを起こして床に転がっていた。


「あ、友チョコの分は残しておいてね」

「……時に、『念の為』を考えて数を増やすつもりは無いか、妹よ」

「どんだけ食べたいの? 自分の学校の女子から貰って?」

「お前……! バレンタインの恐怖を知らないのか! 大半の女子はチョコレートに髪か爪か血を入れるぞ!!」

「いや、それどこ情報?」


 ……とはいえ、血を入れようかちょっと迷った節は私にもある。ほんの一滴ならバレないようにも思えるし。

 それこそ発想だからやめたけど。

 それに、クラスでは別の「おまじない」が流行っていたし……。


「頑張れ……おねえ……あっ、あたしも何個か友チョコに使っていい……?」


 床でプルプル震えながらも、妹はちゃっかり試作品をいくつかカバンの中にしまっていた。




 ***




 さて、バレンタイン本番。

「彼」に渡すチョコレートを忘れていないか何度も確認し、学校へ。


 電車の中でも、徒歩の最中でも、やたらと心臓の音がうるさい。学校が近付けば近付くほど、期待と不安と恐怖が増していく。

 これだけ準備して、もし当たって砕けてしまったら……どうしよう。立ち直れるかどうか……。


「あ! おはよう、青山さん」


 しかも、まだ心の準備ができていないのに、靴箱のところで「彼」と鉢合わせしてしまった。


「……おはよう」


 思わず、素っ気ない挨拶が口から飛び出る。

 うわぁー、やってしまった。嫌われたらどうしよう……。


「今日はバレンタインだね」


 待って。なんでそういうこと言うの。

 心の準備、全然できてないんだってば。


「……そうだね」

「青山さんは、誰かにあげるの? チョコ」


 にこりと微笑み、「彼」……坂下くんは、首を傾げる。何とも可愛らしい仕草で、人気が出るのも納得出来てしまう。


「さぁ?」

「連れないなあ」


 苦笑する坂下くん。ついつい「あんたにだよ!」と言いそうになったけど、我慢する。

 ……さて、いつ渡そうかなぁ。




 ***




 渡すタイミングを逃したまま、放課後になってしまった。

 他の男子たちと共に談笑する坂下くんのカバンには、既に数え切れないぐらいのチョコレートが入っている。


 ど、どうしよう……。でも、ここで躊躇っていたら、下校時間になってしまう……!


 渡さなきゃ。

 それで、告白するんだ。

 家で、何度も練習したはずだ。

 何度も、何度も、虚空に向けて。

 やることは単純だ。チョコレートを差し出して、「好きです! 付き合ってください!」って言うだけ。……そう、それだけ。


 それだけなのに。


 足が動かない。

 あれだけ準備してきたのに、一歩も踏み出せない。


 ああ、坂下くんがカバンを持った。帰ってしまう。

 渡せないまま、バレンタインが終わってしまう。

 勇気が出ないまま、何も伝えられないまま……?


 ああ、もう、どうして勇気が出ないんだろう。

 クラスメイトとして、今朝みたいに話せなくなるのが怖い。気まずくなるのが怖い。


 拒絶されるのが、怖い……。




 結局、友人と楽しそうに語らいながら帰っていく坂下くんの背中を、じっと見つめることしかできなかった。


 はぁ……このチョコレートケーキ、どうしよう……。


 迷いに迷った結果、「本番」に使ったクリームにだけ、刻んで粉にした髪の毛をこっそり混ぜちゃったんだよね……。だって、噂の「おまじない」でそうした方がいいって聞いたから……。

 やばいかなとも思ったけど、おまじないなら、ほら……仕方ないし……? 神頼みすらしたい気持ちだったわけだし……?


 まあ……そもそも渡せなかった以上、何もかもが無意味になってしまったのだけど。

 うう、無念……。

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