羊肉の日、ナポリタンの日


 ~ 四月二十九日(木祝)

   羊肉の日、ナポリタンの日 ~

 ※行雲流水こううんりゅうすい

  なるようになるさ流・奥義。

  頑張らずに流される生き方。




「にょーーーーっ!! ラムチョップ、やば!!」

「うま……。先輩、やば」

「にゅば」

「そこまで喜ばれると嬉しいぜ。ほら、もっと食え」


 にゅを、一文字分進化させた程の。

 俺自慢のラムチョップソース。


 マーマレードに白ワイン。

 そこにめんつゆをたっぷり足すのがポイントだ。


 こいつにじっくり浸したラムチョップを。

 離した炭火の上で時間をかけて炙れば。


 がつがつ食うタイプのにょですら。

 一口ひとくち味わいながら食う程の。

 絶品グリルの完成だ。


「うめえ……。なんだこりゃ、神のくいもんかよ……」

「神が普段どんなもん食ってるのか知ってんのかよ。ご近所さんか」

「そのたれ、どこのスーパーで買ったの!?」

「市販じゃねえ」

「ててっ、手作りだと!? あんた……、なにもんだよ……」

「どこにでもいる可愛いコックさんだ」


 おそらく日本中のどこにでもいる。

 主に、小学生のノートにな。


 ……休みだってのに。

 こいつらを家まで招いて。


 隣の駐車場でバーベキューをしている理由は。


 まあ、何と言うか。

 小さな送別会って訳だ。



 ゴールデンウィークには合宿を予定している部がちらほらあって。


 そんなビッグイベントに参加するには。

 今日のうちに入る部を決めて。

 明日には入部希望を出さなきゃならない。


 部活探検同好会によるお節介も。

 昨日で最後って訳だ。


 そんな送別会を。

 ちょっぴり楽しみに。

 そしてちょっぴり寂しい思いで迎えたこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 でも、そんな複雑な心境を。

 これっぽっちも感じない今日のバカげた格好は。


「何のつもりだ……」

「あ、憧れがあるのだチョフ」

「…………北西の方に向けて大々的に謝罪しろ」

「ごめんなチャイコフスキー」


 コサック帽被って。

 右手にマトリョーシカ。


「あと、それをどうして欲しいんだ?」

「あ、揚げてほしいのレンコー」

「ロシアじゃ揚げない方が普通なんだ」


 おそらくピロシキとおぼしき。

 揚げる前のパンを左手に持って。


 ガーンとショックを受けるこいつは。


 ロシア人になりたい。

 舞浜まいはま秋乃あきの


「なぜロシア人」

「プラチナブロンドに真っ白な肌……」

「ダリアさん、綺麗だもんな」

「うん。また遊びに来てくれないかな……」


 でも、そんなダリアさんが。

 フランス人ハーフの美貌を持つ秋乃の事を羨ましがっているってことは。


 なんとなく。

 内緒にしておこう。


 さて、本題に入らねえと。

 俺は危険なほど鋭利に研がれた肉包丁で。

 ロースの塊肉をスライスしながら拗音トリオに聞いてみた。


「お前ら、入る部活決めたのか?」

「え?」

「ん?」

「にゅ?」

「いや、合宿行きてえとか言ってたろ。今日中に決めないと間に合わんだろうが」


 薄くそいだ牛ロースを。

 濃い目のフルーツソースにじっくり漬けて。


「……ほい、取り皿。にゅからまわせ、一瞬で焼けるから」

「にゅ……?」

「ああ、卵黄だけ入れてある。肉は濃い味付けにしてあるからそいつをからめて食え」


 そして網に広げた薄切りロースが。

 一瞬で縮んだ所を摘まみ上げて。


 四人の器へほいほいと投げ入れる。


「うんめええええ!!」

「なにこれ、すげえ」

「にゅえ」

「感想はいいから。どこに入るか話し合えよお前ら」


 駅の喧騒から距離を置いたこの辺り。

 耳に入るのは、ピーチクパーチクさえずるヒバリとこいつらの声ばかり。


 美味いもん食いながら。

 どの部に入るか話し合ってもらおうと思ってたんだが。


 料理出す都度、うめーうめーにゅめー騒ぎやがって。


「しょうがねえなお前ら。ロースはとっとと焼いて、もう締めのパスタ出しちまおうか」

「パスタっ!! ぼく、大好き!!」

「凄く楽しみだ。先輩の料理、かなり好き」

「にゅき」

「料理終わらせねえと、肝心の話も出来なそうだしな。……よっと」


 焼き肉用の網を外して。

 代わりに鉄板を炭火にかけて。


「すげえ跳ねるから。こいつでブロックしろ」


 今日は出かけてる凜々花が大好きな遊び。

 半透明のビニールシートを頭からすっぽりかぶせて。

 めちゃめちゃ跳ねるソースを散々浴びせてやる。


 オリーブオイルはたっぷり目。

 千切りにしたニンニク入れて香りが立ったら。


 ピーマン玉ねぎマッシュルーム。

 ニンジンソーセージをざっと炒めて。


「にょーっ!! 跳ねる跳ねる!」


 そこに缶ごとクラッシュのホールトマトを投入。


「うわ! 跳ねる跳ねる!」


 バターとコンソメとケチャップ入れて。

 鉄板から零れないように真ん中に寄せて。


 ガスコンロで茹でておいた太めのパスタをドーン。


「にゅー!」


 あとは、ソースが程よくドロドロになるまでよく炒め絡めて。

 皿によそれば。


「ほい。秋乃が散々文句言い続けて進化に進化を重ねた鉄板ナポリタンだ」

「「「にゅーーー!!!」」」


 残りの二人まで、にゅと化した拗音トリオが。

 口の周りをベッタベタにしながらがっつきだす。


 だが、他の料理は何でも喜んで食うくせに。

 ナポリタンについては一家言あるこいつ。


 秋乃が上品に一口食うと。


「……その顔、まだまだってことか?」

「これじゃないのニコフ」

「いつもと違ってむかつくなそのかっこで言われると」


 そんな俺たちのやり取りをよそに。

 未だにぎゃーすか大興奮の三人組。


「これ、大好きー!」

「うん! 大好きー!」

「にゅきー!」

「甘いばかりでコクが足りなスキー」

「それどっちなんだよ」


 まあいいや。

 また研究しよう。


 俺は、三人が一瞬で空にした皿を集めて。

 鉄板を洗いながら再び聞いてみた。


「さて、それじゃ話し合い始めろよ。どの部活に入りたいんだ?」


 そして始まる静かな時間に。

 いぶかしんだ眼を向けると。


「いや、もうずいぶん前から決まってるんだけど」

「うん」

「にゅ」

「なんだ、そうだったんだ。どこに入る気なんだ?」

「部活探検同好会」

「………………え?」


 予想もしていなかった返事のせいで。

 今度は俺が、静かな時間を開始する番。


「あれ? ダメだった?」

「いや、ダメなんてこと無いんだが…………、一つ聞いて良いか?」

「どうぞ」

「どこが気に入ったんだ?」


 いろんな部活を体験できるってメリットはあるけど。

 何かを極めたり没頭するには向いてない。


 一体何がこいつらの心に響いたのか。

 真摯な気持ちで訊ねてみれば。


「ぼくは、ラムチョップ」

「私はロース」

「にゅ」

「うはははははははははははは!!! ぜんぜん前からじゃねえじゃねえか!」


 なにそれ、今決めたの?

 しかも、部活探検関係ねえ!!!


 呆れて笑う事しかできなくなった、俺の視界の隅っこで。


 秋乃に抱き着かれた三人が。

 いやいやながらも。

 ちょっぴりだけ嬉しそうにしていた。


「みんな、大スキー!」

「あ。舞浜先輩はちょっと距離とって下さい」

「おおむね同意」

「にゅ」

「なんでなのニコフ!?」



 ……やれやれ。

 そういうことなら。


 会長として。

 最初の活動を決めねえといけねえな。



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