小説集
惚狭間(ぼけはざま)
あなたがために
「僕は小さい君が好きだったんだ」
夕日を背に、少女が少年に告白し、返された言葉はそれであった。
その少女は元々フェアリーであった。
それはすなわち妖精であり、大きさとしては人間の手のひらサイズほどで、とても小さな体であった。
そのフェアリーは女性であったから、それはつまり女の子であり、それはつまり乙女であり、そしてその心には恋心が灯っていた。
少女は人間の少年に恋をしていた。
フェアリーと人間の住み場は分けられていて、両族が交流を共にすることはほとんどなかったのだが、たまたま住み場を離れた時に出逢えたその男の子に恋をしてしまったのだ。
なんてことはない普通のその少年は、なんてことはない普通であるがゆえに、彼女とは明らかに不釣り合いなサイズをした真の人間だった。
自分の好いている者と抱き合うことも、同じ大きさの唇を重ね合うことも叶わないことに、フェアリーである彼女は苦悩した。
そんな日々のある時、図書館で『一寸法師』という人間文明の本と彼女は出会った。
フェアリーが営む図書館は、人間のものと比べると小さい。
フェアリー文明と人間文明では文字も違うため、お互いの本を読み合うには翻訳がなされたあと、両文明に見合うサイズの本となって輸入されるので、人間文明の本は輸入がされにくかったのだ。
ゆえに、フェアリーの図書館では人間文明の本はとても人気でもあり、手にすることは困難を極めていた。彼女が『一寸法師』の本を手に取れたのは幸運としか言えなかった。
その本の中には打出の小槌という道具があった。
小さいものを大きくする魔法の小槌は、一寸法師を見事人間の大きさに変えて、ヒロインの女の子と幸せになっていた。
フェアリーの彼女にとっては夢のようなアイテムであった。
それを知ってからというもの、彼女は打出の小槌を強く望んだ。
というのも、それは打出の小槌が魅力的な道具であったからではない。いやそれも確かに魅力的ではあるが、最も重要なのはそこでなかった。
本の中で、一寸法師は娘と同じ大きさとなって幸せになる。
人間文明が描いてるその本は、そのようなハッピーエンドで幕を閉じていたのだ。
つまりは、人間にとって、小人と幸せになる形とは『そういうもの』しかないのだと彼女は思わせられた。
それが人間にとっての最も嬉しい結末なのだと。
彼女は強く強く打出の小槌を願った。しかしそんなものは絵空事の世界のものだ。
願おうと叶うものではない。
次第に彼女は、願いの向かう先もなくなっていき、諦めにも似た感情を覚えていた。
そんなある日に人間文明で、ものを大きくする薬が開発される。
実験的なものらしく、その験体になれば、その薬を無料で使わせてくれると聞いて、彼女は志願した。
実験は成功し、フェアリーの彼女は人間の女の子になった。
けれどもう元には戻れない。寿命も大きく縮んでしまった。
フェアリーの家族たちと離ればなれになることは悲しいことではあったが、彼女にとっては少年こそが求めるものであったのだ。
人間になれた少女は少年に出会い、告白をする。
「フェアリーの私は、大きな貴方に恋をしたの」
夕日を前に、少女は少年に、そう告白をしたのだった。
その少年は人間であった。
それはすなわち少女とは異なっていて、普通には触れあえないということであり、つまり彼の恋は実らないということであった。
少年も、フェアリーの少女に恋をしていたのだ
ある図書館で、少年は一つの本を目にした。
『恋の実』と書かれた本は、フェアリー文明の本であり、その内容は人間とフェアリーの恋を描いたものであった。
ある木の実を食べた人間がフェアリーとなって恋が実り幕を閉じるそのお話は、少年の心を陰らせた。
少年の恋は、自分がフェアリーにならなければ実らないということをそ
の本がこれでもかというほど表してたからだ。
けれどそんなことは現実的にできるわけがない。
次第に少年はその恋を忘れようとしていった。
そんなある日に、ものを小さくする魔法がフェアリー文明で開発された。
その魔法は人をフェアリーにするが、受けたが最後元には戻れず、寿命すらも短くなるものだった。
けれど少年はその魔法を受けることにした。家族と離ればなれになるのは寂しかったが、少女を忘れられなかったのだ。
そうして『フェアリーとなった少年』は少女に告白をした。
「僕は小さい君が好きだったんだ」
「フェアリーの私は、大きな貴方に恋をしたの」
そう言い合ったフェアリーであった少女と人間であった少年は、互いの姿に笑いあう。大きくなって、小さくなった二人で。
きっとこの終わりは、めでたくなんかないけれど、しかし不思議と安堵した気持ちで二人はいた。
きっとそれは『あなたがために』いれたからなのだろう。
あなたがために、いたからであろう。
夕日が綺麗だ。
きっと夜も綺麗だろう。
お互いがお互いになった二人ではきっともう普通には触れあえないのだろう。
それでも二人は笑いあえると思い、ただただお互いを見つめあっていた。
小説集 惚狭間(ぼけはざま) @siroryuu
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