千歳が感じた不穏な空気2

「上手く行ったら臨時収入なんだから、気合入れろよ!」


「えー。そしたら何買おっかなー!目ぇ付けてたヘルメスのバッグ、あれ買っちゃおっかなー?」


「おう!なんでも買ってやるよ」


「わーい!」


キャッキャしながらバカ2人が話しているのを聞いて、アタシの腹わたは煮えくり返っていた。

今にでも胸ぐら掴んで引っ叩いてやりたいけど、ここはグッと抑えた。

本当に実行するかどうかも分からないし、冗談でした、と言われてしまえばそれまでだ。


(だからこれは、念の為……)


アタシは携帯をギュッと握る。


「あ、もうこんな時間だよぉ!映画始まっちゃう!」


「お、ヤベ!行こうぜ!」


そう言ってバタバタと二人はお店を出て行く。

アタシは顔を見られない様にサッとメニュー表を開き、顔を隠した。


「お待たせしました。ランチのAです。……三嶋さん?」


国枝さんがアタシの顔を見て、眉を寄せている。


「どうしたんですか?顔色悪いですよ?あ、氷、多かったですか?」


アタシが飲み干したアイスコーヒーのグラスを指さしてあたふたしている。

国枝さんはアタシが氷を好んで食べる、と思っているらしく、いつも冷たい飲み物には氷を多めに入れてくれていた。それが多過ぎて体が冷えた、と思っているのだろう。


でも、それは要らぬ心配だ。


大げさでもなんでもなく、今のアタシの体温は確実に2度くらいは上がっているはずだから。


「……ううん。なんでもないの。氷も多くなかったし、もう少し多くても問題なかったわ」


一呼吸置いてアタシが微笑むと、国枝さんもホッとしたのか


「あ、じゃあお冷に氷を多めに入れてお持ちしますか?」


と、空になったお冷のグラスを持ち上げて言った。


「ええ、ありがとう。貰えるかしら」


「はい」


国枝さんが小走りにカウンターの奥に走って行く。


多分、アタシの顔は凄い事になっていたと思う。奥歯を噛みしめていたから、もしかしたら青筋くらい出ていたかもしれない。


アタシは掌で一度顔を覆い、深呼吸をした。


国枝さんが氷をなみなみと入れたお冷を持って戻って来たので、笑顔でありがとう、と言うと、国枝さんもごゆっくりどうぞと笑顔を残してまたカウンターに戻って行った。


アタシはその氷を勢いに任せてバリバリと噛み砕く。


このクセっていつから付いたクセだっただろう?


もちろんそうじゃない時も氷を食べているんだけど、特にイライラしている時に氷をガリガリ噛み砕くと、なんだかすごくスッキリして、それがいつの間にか氷があると噛み砕く、と言うクセになってしまった。


無心に氷をガリガリ噛み砕き、最後の一個になる頃には気持ちも大分落ち着いて来た。


はぁ、と一つ息を吐き、ランチを食べ始める。


テーブルの上に置いてあった携帯に手を伸ばし、画面をタップしてオンにする。画面下に表示されている四角のボタンを押して、オフに戻し、そのままバッグに閉まった。


「さ、これでゆっくり食べられる」


ふいにグラスに目をやると、残り一個の氷が寂しそうにこちらを見ている。


その氷を口に含んで、コロコロと口の中で転がし、溶かして飲み込んだ。

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