酔って失態
広い部屋にベッドが一つ。
そのベッドの上で一人、ボーっと寝ぼけ
「……ここ、どこ?」
さっきまで私は、確かに千歳と馴染みの居酒屋で飲んだくれていたハズ。それなのに、なぜベッドの上で目を覚ましたのだろう?しかも、私のベッドと比べ物にならない位、デカい。
「頭痛い……」
かなりの量を飲んだせいか、考えるのに頭を使うと余計に頭痛が激しくなってくる気がした。
「もしかして私、やっちゃった……?」
覚えていないけど、酔った勢いで大変な事をしでかしてしまった?でもホテルって感じはしないし、それに酔った私を放っておくような事を千歳はしないだろう。服もちゃんと着ているし、しでかした感覚もない。
「じゃあ、ここどこ?」
そう呟いてガンガン響いている頭を抱えたら、カチャっとドアが開く音がして私は咄嗟に身構えた。
「……うそ、なんで?」
ゆっくり開かれたドアの先には、トレイを持った課長が立っていた。
「調子はどう?」
「え?あ、大丈夫です……」
本当は全然大丈夫じゃないけど、そう答えた。
こちらに近づいて来る課長を、目で追う。
「あれ、じゃあこの薬、要らなかったかな」
カチャっとベッド脇のダッシュボードの上に置いたトレイの上には『二日酔いに効く!』と書かれた薬の箱とお水が乗っていた。
「……いえ、頂いていいですか?」
この様子だと明日確実に二日酔いだし、飲んでおいた方がいいかも。
「うん。どうぞ」
「ありがとうございます」
手渡された薬を、水で流し込む。お酒でフワフワしていた体に、冷たい水が心地良い。
ふう、と息を吐き、なんでこんな状況になっているのかおずおずと課長に尋ねた。
「あの、ここは課長のご自宅ですか?私、なんでここにいるのでしょう?」
「全く覚えていないのか?」
課長が目を丸くして、信じられない、と言った顔をする。
「……はい」
「まあ、あれだけ酔っていたら覚えていないか。三嶋くんから電話があったんだ」
「千歳から?」
「ああ。『中条が酔って潰れてしまい送って行けません。課長、引き取りに来てくれませんか?』って」
「マジですか?」
「うん。マジ」
千歳~!!放置されるよりは確かに良いよ?でもよりにもよって、なんで課長に連絡を入れるかな~!
「さっき、彼氏と会うと言ってウチを飛び出して行かなかったか?それとも三嶋も一緒だったのか?なんで彼氏に送って行って貰わなかったんだ?」
うっ。質問攻め。まあ、そりゃそうか。あの勢いで飛び出して行ったら、普通は彼氏と会っているもんだと思うだろう。てか、そう言ってここを飛び出したし。
課長は無邪気な顔で私の返答を待っている。
仕方ない。私はこれまでの経緯を話した。
*****
「ふむ。ドタキャンとは酷い彼氏だな」
恥ずかしい。
あんなに息まいて出て行ったのに、結局ドタキャンなんてされた哀れな女。と思われたかも。
課長が、ヒョイっと空になったコップを私の手から取り、片付けてくれる。
「あ、申し訳ない。人の彼氏に対して失礼だったかな」
「あ、いえ、いいんです。あんなヤツ、そう言われても当然ですから。会いたい、とか、不安、とか、私ばっかり、で……」
あ、ヤバい。自分で言ってて泣きそう。
涙を必死に堪えていると、急に目の前に「猫じゃらし」がにゅっと差し出された。私はなんの事だか分からなくて、キョトンとしてしまう。
「あ、やっぱダメか?」
「……なんですか?」
「いや、元気がないみたいだから、猫じゃらしで遊ばないかな?と思って」
課長が恥ずかしそうに笑う。
「私、本物の猫じゃありませんよ」
「うん。分かってるんだけど……」
今度は苦笑いを浮かべる。なんなんだ?
……あ、もしかして?
「慰めて、くれてるんですか?」
私は恐る恐る聞いてみた。
「え?う、う~ん。そう、かな?」
課長が照れながら頭をガシガシ掻いた。
「課長、それ慰めになってません」
「やっぱり?」
「はい」
なんて慰め方なんだろう。こんな変な慰められ方は初めてだ。
でも、なんだろ。ちょっと元気になった。
「これ、私の為に買ったんですか?」
だって、ルイちゃんに関するものは全て捨てたって言ってたよね?
「いや、引き出しの奥に引っ掛かって残ってたんだ」
「そうですか」
普通なら引いちゃうのかもしれないけど、今の私にはそんな気持ちが一切なかった。
私も毒されてしまったのかな?
「あの、中条?」
「はい?」
ピンクの猫じゃらしを摘まんで遊んでいたら、課長が時計を指さした。
「帰るなら送って行くけど、どうする?」
もう深夜の2時だ。さっきまでの私だったら這ってでも帰ろうとしたんだろうけど、だけどなんだかこのまま帰りたくない。
「……お礼」
「え?」
「お礼に、ルイちゃんやります」
「え」
私の申し出に、課長が目を丸くしている。
「借りを作りたくないんで」
「ほ、本当に?」
「はい。あ、でも今日だけです。明日からはしませんよ」
そう言うと、課長がニコニコしながら嬉しそうに首を縦に振った。
「じゃあ、どうぞ」
と言って頭を差し出したら、課長がいきなりベッドに潜り込んで来た。
「か、課長!?え?え!?」
頭を撫でられるだけかと思っていたから、私はパニックになった。
パニックになっている私なんてお構いなしに課長はゴロンと寝転がり、グイっと私の手を引いた。
「わ、わ!」
ズルズルズル、とベッドに引っ張り込まれ、すっぽりと抱きすくめられる形になる。
「か、課長!さすがにこれはっ!」
「ん?だって夜寝る時はいつも、ルイは俺の腕枕で眠っていたから」
「いやいや!ルイちゃんはそうだったかもしれませんが!」
「え?だって、中条は今『ルイ』なんだろ?さっきそう言ったじゃないか」
「い、言いましたけど……」
「じゃあ問題ないな」
そう言って、頭を優しく撫で始めた。
いやこれって、完全にアウトじゃない?てか、心臓がヤバい。破裂する。
しかし課長はと言うと、ご機嫌に鼻歌を歌っている。なんでこんな平気な顔してられるのだろう。
(あ、そうか……)
課長には下心なんて一切なくて、本当に私をルイちゃんだと思って接しているから。
(まあ、最初にそう言っていたけどさ。こっちはそうは行かないっての!)
あいかわらず、課長は私の頭を撫で続けている。
(あ~でも、眠くなって来た……)
撫でられる心地よさと酔いも手伝って、瞼を開けていられなくなって来た。考えるのも面倒になって来たので、もう寝てしまおう。
「課長」
「ん?」
「ありがとうございました……」
「ああ。おやすみ」
「はい…おやすみ……なさい……」
私はそのまま眠りについた。
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