二人の生活は脅かされそうになっている 前編

第27話

 「出陣だ、バカ息子達を連れ帰るぞ!」


 遂に準備が整ったリンドブルム軍はエドガーの父、ウォルバート・フォン・リンドブルムの一声と共に息子を連れ戻す為に進軍を開始した。


 だが、そんな軍の動きを国家間を行き来する商人達に気づかれない訳がない。

 その為、商人達から徐々に広まったその噂が、昼に差し掛かろうとする頃にカラカスの町中に広まっていたのは自然な事だろう。

 

 「どうすれば……」

 「兄上……」


 しかし、そんな結果がエドガーにとって喜ばしいはずもなく、現在エドガーとアレクの二人はカフェの中で向かい合って座り、真剣に対策を考えている。


 「まさかリアナさんがお出かけとは……。 力を借りようと思ったのに……」

 「タイミングが悪かったでありますな……」


 否、二人で考えざるを得ないと言うのが正しいだろう。

 と言うのもリアナは「せっかく良い天気だし、日頃助けてもらっているお礼をしたい!」と思いついたミーナにより、半端強制的に連れ出された為、本日は留守。


 なお連れ出される際、リアナが非常に嫌そうな顔を浮かべていた事はアレクしか知らない秘密であり、それは実の兄エドガーの事を思えば語られる事もないだろう。


 「しかし、まさか軍を動かすとは……。 余程僕が殴った事に怒り心頭なのだろうな」

 「そうかもしれないでありますな……」


 二人はため息混じりにそう口にする。


 気持ちは重たい、まるで心臓を握られているかの様。

 それは二人の表情を徐々に暗くしていった。


 「あっ、エドガーお兄ちゃんだ! エドガーお兄ちゃんだよレイチェル!」

 「ホントだ! エドガーお兄ちゃ〜ん!」


 そんな時、ネルブの子供であるレッカーとレイチェルに見つかった。

 そして二人は子供らしい無邪気で容赦のない一撃を放つのである。


 「エドガーお兄ちゃん!」

 「ん? うわっ!?」


 レイチェルが胸へと飛びつき、その衝撃でエドガーは椅子から落ち、背中を軽く打ってしまう。


 「エドガーお兄ちゃんっ!」

 「ぐえっ!?」


 更にそんなエドガーの上に飛び乗ってきたレッカーのお尻は、レイチェルの後ろとエドガーの腹部の上にある空間に着地し、エドガーは苦しそうな声を出すのであった。


 (はっはっは、子供の無邪気さの前では兄上は無力でありますな〜! ……凄く羨ましいでありますな、何をやっても許される子供達が……)


 羨ましそうな表情を浮かべるアレクに見つめられながら……。


 「ふ、二人ともどうしてここにいるんだい……?」

 「レイチェルと探偵遊んでたんだ!」

 「そうなの、レッカーと遊んでいたの!」


 さて、弱々しい声のエドガーと違い、レッカーとレイチェルは元気いっぱいだ!

 その様子は二人の笑顔からも十分感じられるだろう、しかし。


 「「お兄ちゃんどうしたの?」」


 子供の純粋な感情と言うのは、他人の心の迷い等を感じやすいのだろうか?

 先程までとは打って変わり、心配そうな表情を浮かべている。


 「……実はね二人とも、お兄ちゃんはお父さんと喧嘩して家を出てきたんだ。 その時お兄ちゃん、お父さんを叩いちゃって、お父さん怒っているみたいなんだ……」


 その時のエドガーはわらにもすがりたい思いであった。

 だから彼は僅かな希望からその様に告げたのだ。


 「おかーさん、よく言ってるよ、相手叩いちゃったら『ごめんなさい』しなさいって!」

 「レイチェルも、レイチェルもそう思う」

 「…………」


 二人の答えに、エドガーはぐうの音も出なかった。

 そして彼は無意識にガッカリした表情を浮かべてしまう。


 「どうしたのお兄ちゃん? ガッカリしているみたいだけど……?」

 「な、何でもないよ〜レイチェルちゃん〜! お兄ちゃん、ガッカリしてないよ〜、悩みが解決して嬉しいよ〜」

 「……ホントなの?」

 「ほ、ホントだよレイチェルちゃん……」

 「嘘だよね……」

 「ほ、ホントだってばレイチェルちゃん!? お兄ちゃん、ホントに嬉しいんだからね! だから、悲しそうな顔をしないでほしいなぁ……」


 エドガーは上手く誤魔化しているつもりであった。

 しかし、第三者アレクからの視点で見れば真逆の評価である。


 (兄上、隠しきれていないであります……。 目が凄まじく泳いでいるでありますよ……)


 ただ、アレクも大好きな兄のピンチを黙っている事は出来ない。

 だから彼は、レイチェルへ近づくと、右手をポンと右肩に乗せ、腰を曲げて視線を合わせ、優しい笑顔を浮かべ、話しかけるのである。


 「レイチェルちゃんでありましたな?」

 「ん? お兄ちゃん誰?」

 「お兄ちゃんはアレクお兄ちゃんであります。 さてレイチェルちゃん、エドガーお兄ちゃんはガッカリした表情を浮かべたのには訳があるのであります」

 「訳って?」

 「エドガーお兄ちゃんはお父さんが怖いのでありますよ。 だから兄上はガッカリした表情を浮かべたのであります。 レイチェルちゃんも、お母さんが怒った時は怖いでありますよね?」

 「怖い怖い!」

 「そうでありますよね? エドガーお兄ちゃんも同じであります。 お父さんが怖いんでありますよ」

 「なるほど〜」

 「だからエドガーお兄ちゃんを悪く思わないで欲しいであります。 分かったでありますか〜?」

 「分かった〜!」


 アレクの言葉は、レイチェルの表情を明るくする事に成功し、それによってたすけらるだエドガーは、『ありがとう、ありがとう』と口を動かし、声無き感謝をアレクに送ったのであった。


 「……アレクお兄ちゃんだっけ?」

 「そうでありますよ〜、どうしたでありますか〜レッカー君?」

 「……何で鼻血がタラタラ垂れているの?」

 「あっ……」


 だがその行為兄の感謝はアレクに。


 (あ、兄上が感謝を口ずさんでいるであります! うひ、うひひひひ……)


 っと興奮させ、結果彼の鼻から赤い体液がタラタラと流れてしまっている。


 「……もしかして、ロリコン?」

 「ち、違うでありますよ!?」


 だがそれはレッカーの誤解を生んでしまった。

 当然アレクは、両手をブンブン動かし、それを必死に否定する。


 「これは兄上の感謝の口パクが嬉しすぎた結果出た、興奮の証であります! だから決してロリコンでないでありますよ!」

 「嘘だよね?」

 「嘘じゃないであります!?」


 しかし、必死さが強すぎた。

 だからそれは嘘くさく感じさせ、レッカーの疑いを増幅させただけ。


 「レイチェル、行こう!」

 「あっ、うん、バイバイ!」


 そしてレッカーはレイチェルの手を握ると逃げる様に去っていく。

 そんな二人の姿を見たアレクは悲しそうな声を周囲に響かせるのであった。


 「ろ、ロリコンしゃないでありますよ〜……」

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