第5話 食中毒事件発生!?

「薬学研究科の目標は当然ながら、新たな魔法薬を作ることにある。そのために必要な手法は多く、この間、初めてやった魔法と試薬の反応というのは基礎の基礎だ。これは理解しているな」

 須藤は俺の心を読んだかのように、今日から入る次のステップについての解説を始めた。手伝いの先輩、雅に口を開く隙さえ与えない早さだ。

「魔法薬というのは、摩訶不思議な薬ばかりでなく、医療に使われるものも含まれるんですよね」

 すかさず佳希がそう訊ねると、よく理解していると須藤からお褒めの言葉が飛んでくる。

「そう。魔法と付いているからといって、総てが怪しいものではない。その昔、科学がこの世界を支配していた頃に作られていたような薬もまた、我々が考察する範疇に入ってくる。それはなぜか、藤城、解るか?」

 急にびしっと指差され、俺はびっくりしてしまう。

「ええっと、使われていた薬草も隕石の影響で魔力を得て、成分が変わってしまっているから、でしょうか」

 何とか答えを捻り出すと、須藤はよろしいと頷く。

「だが、その答えでは半分しか答えられていない。生薬由来の薬ばかりではないからな。では、何故か。池田、答えろ」

「うへっ」

 旅人は一体どういう理由だよと、おろおろとして俺を見る。が、俺だって知っているはずがない。

「駄目だな。昨日までに書き写させた教科書にも載っていただろ。竹内、どうだ?」

 次は胡桃が指名される。

「ええっと、化学式がそもそも使えなくなったから、でしょうか。魔法がどんなものにも作用してしまうため、化学式を新たに発見する必要があると、教科書に書いてありました」

 その胡桃はしっかり予習していて、はきはきと答える。

「その通りだ。隕石が壊したのは物理法則だとよく言われるが、それに付随して化学もまた根本から考え直す必要が出来たというわけだ。その分野を担うのがこの薬学研究科だぞ。いいな」

 須藤はそう言うと、黒板にさらさらっと化学式を書き始める。H2Oという、その昔は当たり前に使われていた水を示す化学式だ。

「これが昔の化学式。これが今では魔法を挟むようになった――原子と分子の間に働く電磁気力が魔法の影響を受けたせいだな――によってHm2mtsOというように記されるようになった。この発見だけでも二年を要したというから、物理法則の変化の大変さを実感するな」

 須藤は感心しているが、間にごにょごにょと挟まったそれらが何を意味するのか、俺はまださっぱり解らない。いや、mが多分マジックから来ることは解るが、tとsは何なのやら。

「まだ習ってない内容だよな。あれ」

 俺は思わず旅人に確認すると

「うん。でも、魔法科学の教科書に書いてあったぞ」

 習ってはいないが教科書にあったと教えられてしまった。

 くっ、まだ俺はあの図鑑級の太さの教科書をさほど開いていないというのに。同じレベルだと油断していると、こういうことがあるから困る。

 ちなみに魔法科学の授業は週三回もあって、すでに二回も授業を受けている。が、これが難しくて、俺は卒業できる気がしないと思ったものだ。これも総て名前がカッコイイという理由だけで選んだ結果だが、なんか魔法薬学研究科だけ難しいような気がする。

「いや、でもアンデッドの栽培とかしたくねえしな」

 だったら他の科に移るかといえば、この三日間でそれはないと思ってしまう俺だ。もしもこの研究科を諦めるとなると、他地区の魔法学院を受験する以外に道はない。魔法科は全国共通だが、他の研究科は地区ごとに違うものがあるのだ。

 だが、それも面倒なので、俺はいけるところまでこの魔法薬学研究科にいるしか道がない。

「はあ。俺、やっていけるのか」

 思わず溜め息を吐いてしまった時

「すみません。須藤先生はいらっしゃいますか?」

 廊下から大声が聞こえて須藤を呼んだ。何やら緊急事態っぽい、切羽詰まった声だ。

「ここだ。平岡、ドアを開けてやれ」

「はい」

 実験室のドアを開け、叫んでいる人を雅が招いてやる。すると、ジャージ姿の女性が姿を現した。

「おや、動物科の田中先生じゃないか」

 須藤は現われた女性を見て驚いている。

 が、俺も驚いた。可愛らしい雰囲気満点で、ジャージどことなく似合っていないこの人が、動物研究科の先生だって。あれでは二階建てくらいある牛に負けるだろ。

「授業中すみません。実は集団食中毒が起こってしまって」

「何だって」

 須藤だけでなく、俺たちも驚いた。食中毒なんて、そう簡単に起こるものではないだろう。というより、さっさと治癒魔法が使える人を探すべきではないか。

「まさかそれ、動物が起こしたのか?」

 しかし、そうではなく須藤を探したというのは、相手が人間ではないからではないか。須藤の確認に

「そうなんです。一体何で起こしたのか、薬学科で突き止めてもらえませんか?」

 田中はお願いしますと、須藤だけでなく俺たちにも頭を下げる。

「ほう。これは丁度いい。一年どもはまだ具体的に薬学を理解していないようだからな」

 それに須藤は俺をがっつり見ながらそう言った。

 うっ、語感だけでここを選んだことがバレている。俺は首を竦めるが、横の旅人も首を竦めていたので、こちらも睨まれたと思ったようだ。

「よし、今から動物科に行くぞ。平岡、石野と江川を呼んでこい」

「はい」

 こうして急遽、実験実技Ⅰの授業は動物科の食中毒事件の検証に変わってしまったのだった。

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